1話-NoA本局
NoA運営本局。二十四時間年中無休でNoAを管理運営する総本山。社員数は数千人だか数万人だかと噂されているが公表されているわけではない。まあこれだけの規模のネットワークを構築して常に管理しているともなればそれくらいいるかもしれない。
加えてぼくたちみたいな運営公認の非公式サークルがいくつもある。必要最低限の契約を結んだ非正規雇用。実際に利用することで運営の目の届かない不具合をいち早く発見できるという利点がある。
と、実情をよく知っているぼくだからこう言えるのだけど、何も知らない一般ユーザーはそんな噂があるらしいよで終わる話。そんな噂が再生数が伸び悩んでいるまとめ動画でよく話題に上がってるのを目にするのは、再生数が多い動画の投稿者はNoA運営と何らかの契約を結んでいることが多いからとも言う。新機能のステルスマーケティングやらプロモーションやら、そうして社内の人間ではなく社外の人間を効率よく運営は使っている。運営の最適化に必要なのは人海戦術。いつだったか運営の人からそんな話を聞いた。まあこれに関しては他所でも同じか。
閑話休題。ぼくとねねんさんがやってきたのはNoA内部にある運営本局が入っているビル。改めてみてもこんなに高いビルを作る必要があるのだろうか。都市部のランドマークよろしく遠くからでもよく見えるそのビルは地上五十階に地下五階。一体何のための部屋がいくつあるんだと常日頃思わないでもないがまあ運営には運営の考えがあるんだろう。エリアをデザインしたのも運営なのだからデザインの一環ですと言われてしまえばはいそうですかとしか言いようがない。
そんな超高層ビルの地上四十八階。運営本部と書かれたプレートと受付ロボが出迎えるフロア。受付ロボにあらかじめリアさんから送られてきた通行許可証をスキャンさせて部屋の中に入る。運営本部と言ってもここにいるのは数人の役人だけ。現場はもう少し下の階層にある。こうして上の人間は現場の声から遠いところで優雅に構えているんだろうなと他人事ながら現場の皆さんに同情の念を抱いてしまう。
フロアの中でも最奥。如何にもな社長室――ではなく、管理局長室と書かれた部屋に入室する。受付ロボに通行許可証を通した時点で部屋の主から入室許可を得ているようなものなのでいちいちノックはしない。この部屋の主相手に礼儀とか知らん。
「電脳都市探偵倶楽部、来ましたよ」
「ずいぶん早い到着ですわね。欲しい情報の精査はできましたの?」
開いたドアの向こうで優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいる少女の姿に思わず深く息を吐く。この部屋ひいてはこのフロアにいる人間が仕事らしい仕事をしている姿を見たことはそうそうないがここまで優雅だといっそ尊敬する。
NoA運営でユーザー情報の管理を行う管理局。その局長がこのアフタヌーンティーを嗜んでいる少女――烏丸なずな。少女というのは彼女のNoAでのアバターなだけで実年齢は三十に届かないくらいだったか。まあこの世界において実年齢はどうでもいいので置いておく。なずなさんもティーカップをソーサーに置いた。
「それは道すがらしてきました。このまま直接取りに行くので一応報告だけしに来たんですよ。でなきゃわざわざ来ませんから、こんなところ」
「ずいぶん寂しいことを言いますのね……。まあいいですわ、通行許可証にアクセス権限を付与しましたのでそちらを使ってご自由にどうぞ。一応局員に通達はしておきますわ」
「それはどうも。じゃあ行きましょうか、ねねんさん」
ぼくの背に隠れるように様子を窺っていたねねんさんに声をかけると絵に描いたように肩を揺らして目を開く。長い前髪の隙間から覗いた瞳があっちへこっちへと忙しなく動き回る。
何か言いたいことでもあるのか、それとも言いたくないのか。ねねんさんの意思を尊重するべくしばらく待てば、ねねんさんは小さく口を開く。
「きょ、うの……晩ご飯、は、ロールキャ、ベツ……、です……」
「あら、そうなんですの?」
それはそれは、と今日の給食を発表された小学生のように楽しそうに、けれど優雅に笑うなずなさんにねねんさんは満足したように小さく笑っている。ねねんさんは言いたいことは言えたのか、ぼくより先にフロアを出ていった。まあここでの作業はねねんさんが主体になるだろうから先に行って進めておいてもらった方が早いだろう。ぼくには専門外の分野だし。
「では石井くん、今日の晩ご飯に間に合うようになるべく早めに作業を終わらせてくださいましね?」
「ああ、はい……、善処します」
そう言えば、ねねんさん――烏丸ねねの姉である彼女は満足そうに微笑んだ。
一足先に管理局に向かったねねんさんを追いかけて転送装置から地上二十六階にまで移動する。なずなさんから預かった社員証を同じように受付ロボにスキャンさせて部屋の中に入る、とそこに広がっていたのは局長室に負けず劣らず仕事を放棄した社員の皆々様の姿だった。
「何してるんですか、仕事してくださいよ」
「お、石井っち。いやー、ねねちゃんが遊びに来てくれたからみんなついつい遊びたくて」
「働けよ」
人だかりから少し離れた席でコーヒー片手にそれを眺めていた顔見知りの社員さん――トールさんに声をかければあの人だかりの中心がねねんさんだと察する。それはいいけど働けよ。
なんとかねねんさんを呼び戻して、全員を仕事に戻らせる。なんで部外者のぼくが仕切ってるんだよ。
「で、調べたいことってなに?」
「え、っと……このユーザーの、ログイン履歴、とか……その他諸々……」
「ふむ……。アカウントロックかかって利用停止してるアカウントねぇ……。なにゆえ?」
「電探関係なので守秘義務があります。で、調べていいですか?」
「調べるのは構わないけど、このユーザーって確か亡くなってるよね。死亡届来てたからもうすぐユーザーデータ消すんだけど」
「だから消される前に来たんですよ」
原則、ユーザーデータは最終ログインから五年経過すると消去されるようになっている。もちろん、本人の同意は必要だから警告として一報を入れるようにしてある。けれど、そこまでログインを放置するユーザーはまれだから、所謂死垢なんてものはNoAには存在しない。
だけどそのルールが適用されない場合がある。それが現実で死亡した場合。現実で死亡すれば、警察や役所から死亡したという報告が運営にも届けられ、それに基づいてユーザーデータが消去される。
ただし、死亡から消去までほんの少しの猶予はある。
それが、遺族からデータ消去の許可を得るまでの時間。NoAにおいてデータは命だ。それを消去すれば何も残らない。遺族とのやり取りも、今までNoAで積み重ねてきた軌跡も、何もかも。だから念のために遺族にデータのバックアップを取る時間を与えている。それが終わり次第ユーザーデータの消去を行うように、というのが規則だ。
「でもねー、このユーザー全員、遺族がなんのコンタクトも取ってこないんだよね」
「……人となりはおして知るべし。まあ、そんな気はしてました」
「ああ、ランクマユーザーって八割そうだしまあしゃーない。一応猶予期間は通知してあるから、それまでになければって感じだね。しっかし、死んだら本当に何も残んないんだよね。リアルを捨ててこっちで生きてきたなら尚のこと」
NoAで生きるということはそういうことだ。NoAを世界の基盤にすることに反対している人間の主張の大半がそんな正論で構成されているのもさもありなんといったところだ。
誰とどこに行ったとか。誰と何をしたとか。今日の予定は。明日何をする予定だったか。あの日の思い出は。好きだったものは。大事な記念日は。人にとって大事なものをNoAに永遠に保存できるわけじゃない。NoAを中心にすることで起きる弊害は、確かに手放しに肯定できるようなものではない。難しい話だ。
仮に遺族がバックアップを取ったとしても、遺族以外にそのバックアップが共有されるわけではない。現実での繋がりがあれば、遺族側から何らかの申し出はあるだろうがNoAの中にしかない繋がりではそのデータを共有してもらえないかもしれない。ある日突然親しくしていた友人のアカウントが消えてしまうなんてことよくある話だ。退会ではなく、死亡。運営の規約にも、ヘルプページにも詳しく記載されているそれが、NoAの異質さを表していた。
「逆にそれがこういうユーザーに受けてんのかもね。何も残らないから、って」
「事前同意とか出来るんでしたっけ」
「一応ね。手順が面倒だし、自分の人生全部データ化して死んだらそれ全部消しますって思いきるやつそうそういないけど」
「そうですか。ちなみにトールさんは」
「しとらんしとらん。事故死でもない限り寿命以上に生きるつもりよ」
「ははは」
豪快に笑うトールさんに、ぼくは乾いた笑いで応えた。




