プロローグ③
「……アカウント、ロック……?」
送られてきた資料に書かれていたのは、被害者全員のアカウントがロックされた――ログイン出来なくなったという事実。
NoAにも当然利用規約があり、それに違反すればアカウントの利用に制限がかかる。
しかし、今回のアカウントロックには不可解な点がいくつかある。本来アカウントがロックされるまでいくつかの段階があるはずなのにその段階を踏まずにロックされている。
「そう。なんともまあ不思議なことに、被害者全員が自殺する直前に何の警告もなしにアカウントがロックされるという現象が起きているんだよ。規約違反にあたる行為は確認されていないのにアカウントがロックされるなんて起こるはずがない。運営の依頼としてはこちらが表向きだね」
「そりゃ確かに一大事やな。何の理由もなく垢BANされたらたまったもんちゃうやろ」
「……でもこれって、削除までは……されてない、よね……?」
「そこが不幸中の幸いですかねー。ま、被害者からすれば削除も凍結も変わんないと思いますけど」
「まあ原因不明だって言うならハッキングかなんかでしょ。内的要因にしろ外的要因にしろ、運営からすれば信用問題に関わる一事案でしかないだろうけど」
「ま、そういうことだね。ということで今回の依頼は謎のアカウントロック事件の調査及びそれに関連するユーザーの連続死亡事件の調査ということだけど……今回参加できる人」
リアさんの言葉に挙手したのは僕とねねんさんの二人。
ナツメちゃんはファンタジーエリアで明日から始まる新しいイベントへの参加、カルハスくんは大学の課題。ナツメちゃんはともかくカルハスくんは仕方ない。また留年だけはしたくないだろうし。それはそれとしてナツメちゃん。思い切り私的な理由だが。
「今回だけはどうしても無理です」
「人の生死が関わってるわけだけど」
「人の生死がどうのこうので動く人がここにいます?」
「それはそうだね」
「納得するんかい」
NoAのユーザーが倫理観を現実に置き忘れているなんて周知の事実だ。それがNoAアンチを加速させているとも言う。
理想の実現はあまりにも現実からかけ離れすぎていて、どうせ現実とは別物なのだからと倫理観のないユーザーがちらほらと。NoA内で人が死んだって気にしたりしない。自分がそうなっても。どうせ生き返ってまた新しい人生を謳歌するんだから。そろそろNoA運営はアカウント作成に関してもっと真面目に対策を講じた方がいいと思うがまあただの一般ユーザーである僕が何を言ったところでだ。
さて、では今回の事件の調査に乗り出すのは僕とねねんさんの二人ということになる。リアさんは別。リアさんはこれでもギルマスという立場なので運営との連絡役だったり、一人別ルートで調査したりとまあそれなりに忙しい人なのだ。正直僕らとしてもリアさんと一緒に行動するのは動きの制限がややこしくなるから遠慮したい。それはリアさんもわかっている。
「それではひとまず解散。ナツメちゃんはイベントが終わって余裕ができたら合流してくれたまえよ」
「はーい。イベント終了までに解決してくれるのが一番ですけどー」
「あんまり長引かせてもいいことないしなぁ。俺も課題とか片付いたら合流するわ」
「良い心がけだね。一応二人にも逐一情報は共有するから頭の片隅にでも入れておいてくれ」
では、とリアさんが手を打つ。それが解散の合図。
ナツメちゃんはそのままエリア移動。カルハスくんはログアウト。場に残った僕とねねんさんはどうしたものかと首を傾げる。
いくらなんでも情報が薄すぎる。とりあえず今しがたリアさんから貰った情報を二人で精査する。
これまで原因不明のアカウントロック被害に遭ったのは四人。そのどれもがユーザーランクカンストのNoA廃人。人柄はおして知るべし。
共通しているのはファンタジーエリアに常駐していて、コミュニティエリアにいることは稀ということ。まあNoA廃人なんてほとんどがファンタジーエリアでの活動を目的としている人が主だろう。理想の中でくらい夢を見ていたい。そう願うからこそ、ファンタジーエリアなんて非日常空間がNoAで一番人気なのだし。
このユーザーたちだが、さらに共通点がある。全員リア垢を持っていない。現実での交友関係を完全に断ち切っているか、別のツールを使って連絡をしているか、はたまた。まあおそらくは現実には友人の一人もおらず、普段から外出もせず一人孤独な生活を送っているんだろう。誰一人欠けることなく、全員が。
交友関係はNoA内のみ。NoA内のフレンド数は一般ユーザーにしてみればかなり多い。コミュニケーション能力がどれほどのものかは知らないけれど、アカウントロックでこのアカウントを使えなくなったとしたらこれだけの友人が一度に消える。NoAでの顔しか知らないのであれば、他の連絡先なんて知らないだろうから。
「石井、くん……。ユーザーランクの、カンストって……大体どれくらいの……お金と時間、かかる……?」
「そこは人によると思いますけど……。ファンタジーエリアをメインにして尚且つ一日中張り付いていたとするなら二年以上の年月とほぼカンストする程度のCrt.があれば……。まあ普通のユーザーはそこまでしないし、Crt.を使ってまで経験値ブーストしたりしないからユーザーランクのカンストが難しいって言われてるんですよね。ユーザーランクなんて普通、十あればいいんですから。Crt.のカンストとかみんな桁数も知らないですし」
「だ、よね……。ユーザー経験値、三桁超える、と……途轍もない、もんね……」
冷静に考えたらそれだけの労力を割いて到達したカンスト報酬が数十万程度の現金というのもなんだかなという感じだが、カンスト到達なんて趣味もいいところ。報酬が与えられるだけマシだろうか。というより運営もカンストするユーザーが現れることを想定していなかったんじゃないか。いやまあ今はそんなことどうでもいいんだけど。
「長い時間と、お金……と、友達……。それが、全部一気になくなっ、たら……自殺しても、おかしくないよ……?」
「それはそう。僕もそんなことになってねねんさんと会えなくなるのは嫌ですね」
「わ、わたし、もっ……」
同意の意を示すねねんさんの表情は真に迫っていて、いくら仮定の話でもするんじゃなかったかと思ってしまう。お願いだから泣かないでほしい。僕らの中でねねんさんの涙に勝てる人はいないんだから。
そう考えると今回の自殺に関してはさもありなんといったところか。自殺というのは冷静な思考では行動に移すことはない衝動的なものであることが多い。負の感情の累積による衝動的行動。今までの人生が全てなかったことになればそんな衝動に駆られてもおかしくない。おかしくない、が。
「違和感あるんですよね……」
「違和感……?」
「自殺するしないはともかく、なんか引っかかる……。リアさん、情報これだけですか?」
「ん? それはあくまで概要だからね。自殺したユーザーの詳細に関しては運営に問い合わせないと貰えないんじゃないかな。アカウントデータ自体はまだ残っているから、いろんなログも見られると思うよ」
「と、いうことは急ぎ本局行かないといけないやつですか……」
「そういうことだね。話は通しておくから行ってきなよ。私はちょっと別の調べ物をしてくるから、何か分かったら連絡してくれたまえ」
そう言ってリアさんはログアウト。
残された僕たちを顔を見合わせて肩を落とす。
NoA運営本局。僕たちに依頼をしてくる大元で僕らと協力関係にあって、一癖、二癖も通り越して三癖もある。まあなんというか、とても素晴らしい運営様だ。




