プロローグ②
ネットカフェの奥、複数人で利用できるブースの壁を人には言えない方法でぶち抜いて軽く三ブース分のスペースを確保したそのブースにはぼくとナツメちゃん以外に三人いた。どこのハッカーだと言いたくなるような多数のモニターを睨んでいるその人たちに声をかけると全員一斉にぼくらへと向き直る。一度に動くなちょっと怖いだろ。
「やあやあ中島くん。ちょっと遅かったんじゃないのかな」
振り向いた三人、その真ん中に位置している女性がニヤニヤと笑う。青色を基調とした衣装が特徴的なアバターの彼女はリアさん。ぼくたちのサークル……所謂ギルドのリーダーを務めている人だ。年がら年中NoAにログインしているNoA廃人。数少ないユーザーランク最高位のユーザーの一人。
リアさんの言葉に、事前に送られていたメッセージと時計を照らし合わせて、現在時刻が予定の時間通りなのを確認してからスクリーンショットに保存して送信する。
「時間通りでしょ。あとそのユーザーネームもう使ってないです」
「君いい加減にコロコロとユーザーネーム変えるのやめたまえよ。今の名前は?」
「石井です」
「じゃあ次は小川だね」
なんで全国の苗字ランキング覚えてんだよ。こっちはわざわざ調べてんのに。
「あ、あの……なかじ……えっと、石井くん……。ランクマ報酬、何もらえた……?」
「現金50万相当のCrt.とアバターガチャ最高レア確定十連チケット五十枚。あとは運営が提携してる飲食店の割引クーポンやら優待券がいろいろと。そうだ、ねねんさんガチャチケいる?」
「い、いる……! わーい、今引くすぐ引くちょっと待って」
長い前髪で隠れた瞳を輝かせながら、アイテム交換で手に入れたチケットをすぐに消費した彼女がねねんさん。ユーザーネーム登録時に手が滑って『n』を押しすぎたから余計な一文字がついたとかなんとかかんとか。
そんなねねんさんは端的に言えばガチャマニア。ついでに言うとコミュ障。アバターを着せ替えること自体も好きらしいが、それはそれとしてガチャを引きたい回したい。ぶっちゃけガチャが引けるのであればピックアップが当たろうが当たらまいが、天井しようがしまいがどうでもいいらしい。ソーシャルゲームに一体今までいくら課金したのだろう。彼女がガチャを回すのを何度も見守っているが、その結果と追加されたガチャ専用アイテムの数を考えるだけでも恐ろしいものを感じる。
視界の端でナツメちゃんと楽しそうにお着換えを始めたねねんさんを見守りつつ、空いていた椅子に座って先ほどまでリアさんたちが睨んでいた画面を同じように睨ませてもらう。一体何を真剣に見ていたのやら。
「……株かよ」
「大事な時だったんよな」
「あえて聞くけど、どうせリアさんの一人勝ちでしょ」
「そうなんよなぁ。ちなみにめっちゃ大損したのは……俺や」
「せやろな」
ドヤ顔でCrt.の増減をまとめたグラフをモニターに表示させたのがカルハスくん。好物は某駄菓子。ドヤ顔をしてはいるけれど負けたのがよほど効いたのかほんの少し涙目涙声だった。可哀想に。
カルハスくんはちょっと休憩、とマットレスに横になると、そのままリアルディスプレイ――空中に映し出すタイプのタッチパネル――で動画サイトを開いた。ネットカフェなんだから備え付けのパソコンを使えばいいのにと思わないでもないが黙っておく。
ぼくらの溜まり場であるこのネットカフェ、百科事典なんかの検索機能自体は無料で使えるけれど現実のネットカフェよろしくパソコンでゲームしたり動画見たり、はたまた漫画を読むには利用料がいる。しかもこれにはCrt.ではなく、現金で支払う必要がある。そのせいもあってかこのネットカフェひいては電脳エリアの利用者はあまりいない。そもそもNoAの基本システムの中に動画サイトの閲覧は含まれているし、わざわざこの仮想空間で外に出ればパソコンの中ないし机の前に並んであるようなゲームをプレイするような人もいない。ちなみにここにいるぼくら五人はマイノリティなのでここの利用料を月額プランで支払っている。これでも溜まり場だからね。ちゃんと筋は通すよ。
「そういえば、今日わざわざ呼びつけたのなんでなんですか、リアさん」
「ああそうだそうだ、忘れるところだったよ」
株――実際の市場取引ではなくあくまで模したゲーム――で得たCrt.を現金に換金する手続きをしつつ、リアさんは回転椅子をクルリと回す。
モニターを背景にしたリアさんの正面にぼくたち。
ぼくたちの正面にモニターを背景にしたリアさん。
店内の照明が一段と暗くなり、落ち着いた店内BGMも消える。こう言う時はろくなことが起きない、と理解してしまうのは経験則に基づいている。
「では諸君、最近このNoAの隅々で噂されている話を知っているかな」
「このサイト噂しかないんですけどー」
「それもそうだ。しかしまあ、その噂たちに実害はないだろう? らしいよ、とかみたいだよ、って語尾につくタイプのやつ。信憑性の欠片もないとも言ったりするね」
「あー、NoAの都市伝説百個調べてみた、とかいうやつやろ」
「再生数が伸び悩んでいるタイプの動画だろうねそれは。それではなく」
「あの……その言い方、だと……、りぃちゃんの言ってる噂って……実害、出てるの……?」
「ああそうそう、その通り。賢いねねちゃんには後でガチャチケあげようね。で、まあそういうわけで、これ以上被害が出ないように調査してほしいってことだよ」
「いやそもそもぼくらはどんな実害出てるかもどういう内容の噂かもわからないんですけど」
「情弱かな、可哀想……」
「いい加減にしばくぞアンタ」
思わず口が悪くなってしまった。
……リアさんが言うにはこうだ。
――最近、NoAのヘビーユーザーが立て続けに不審死を遂げている。その主な死因が自殺。
自殺と断定されている以上、事件性はないがそうは問屋が卸さない。大事なのは死因ではなく、自殺したのがNoAのヘビーユーザー……すなわち俗に言うNoA廃人だったということだ。理想と現実のギャップに苦しみ現実へ絶望したからだとか、NoAが脳へ悪影響を及ぼした結果だとかそういうあらぬ噂が立つ可能性がある、と。
しかし死人に口なし。見つかった遺体の部屋に遺書らしきものは見つからず、死亡推定時刻の前日にも元気にNoAにログインしている姿を確認されている。衝動的なものとも言い難く、ましてや前々からそういった現実への絶望だとかを大っぴらにしていたわけでもない。そんな人間が突然自殺などするだろうか。いやまあ人間の感情というのは人それぞれだから、断定するわけにはいかないけど。
しかしNoAが原因だ、と詰られてしまうと運営としてはこれを見過ごせない。だからこのニュースが大々的に報道される前に原因究明と早期解決及び被害の拡大を防いでほしい、という話。
さて、どうしてそんな話が一介のNoAユーザーであるリアさん、そしてぼくたちに来たのか。その理由を解説するためにはぼくたちのサークルを詳しく説明する必要がある。
電脳都市探偵倶楽部。小学生が名付けたようなネーミングセンスではあるが、これでも一応運営公認のサークルだ。簡単に言えば、NoA内で起きたトラブルを解決するための組織。バグが発見されればすぐに該当箇所を調べて修正する。そういうのは運営の仕事ではあるけれど、それはそれこれはこれ。人の手が足りていないというわけではないが、実際にゲームとして遊んでいるユーザーだからこそわかるものもある、というのが運営の見解。確かに現場を見ていない上層部に何を言われても、と世の現場仕事に携わる人間なら誰しも思うだろう。
運営公認の非公式サークル。ただそれだけのことで、サークルの活動内容は運営にとっては二の次。ぼくたちもたまたま運営から打診されて契約を結んだだけ。少額とはいえ運営からこうした依頼と一緒に報酬ももらえるので利害の一致とでも言えばいい。調査という手順は踏むがぼくたちは運営からお小遣いが貰えて、運営はぼくたちを通じてバグに対応できる。まさにWIN‐WINの関係。
正直ぼくたちのサークルもいつか噂になって都市伝説になって再生数が伸び悩んでいるタイプの動画で紹介されたりするのだろうか。その時はコメント欄を盛り上げてみるのも一興かもしれない。絶対しないけど。
「早期解決の中には犯人の特定含むんですよね」
「そうだね」
「でもそれって、次の被害者でないことには逆探知とかもかけられんやんね」
「もっと言っちゃえば、被害者が首吊るなりする瞬間に立ち会った方がいいまでありますよねー。防止もできて被害者に何が起きたかすぐにわかりますし」
「そんなピンポイントな状況……。特定、できる、かな……?」
「はいはい、きみたちの言いたいことはわかってるから話は最後まで聞くように」
この情報はそもそもまだ報道されていない。あくまで被害者――という位置付けさえできない――が勝手に自殺しただけで、事件性はないから仕方ないが。自殺も全てが自室で首を吊ったというのだから飛び降りだとか飛び込みだとかで不特定多数に迷惑をかけたわけでもない。自宅の管理者にとっては迷惑だろうが。
加えて全員がNoA廃人という肩書きを得ているならNoAアンチにとってはNoAを攻撃するためにちょうどいいネタだし、NoAが関わっていないと言いたいのなら報道規制の1つや2つかかって然るべきだろう。
逆に言えば、報道されていないだけで犯人につながる手がかりないし被害者が死亡した直接的な理由を警察かNoA運営は手に入れている可能性もある。おそらく、警察はこの件に事件性はないものと見ているからNoA運営がそうだろう。
ぼくの想像通り、リアさんの手元には運営から送られてきた資料がある。全員に目を通してほしいとサークルチャットに資料が送られてくる。




