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第2章:不器用な選択肢

自動ドアが開くたび、冷たい空気と一緒に消毒液の匂いが鼻をくすぐる。

「自提サービスセンター」――通称、ジサス。

そこは、自ら命を絶つ代わりに臓器を提供する「自提」の手続きや、その後の処理を行うための無機質な施設だった。

高校2年生の結衣(ゆい・17歳)は、友達関係に完全に疲れ果て、うつむきながらそのロビーを歩いていた。

その時、すぐ横を一人の少年がすれ違っていった。

どこか世界から浮き上がったような、独特の虚無的な雰囲気。

結衣は思わず振り返った。

それが、家族関係に苦しむ同い年のハル(はる・17歳)との、最初のすれ違いだった。

その後も、通学路の駅前や、賑やかな交差点で、二人は幾度となく奇妙にすれ違った。

お互いに言葉を交わしたことはない。

名前も知らない。

けれど結衣は、夜の公園のベンチに、あの少年――ハルがぽつんと座っている姿を、何度も見かけていた。

彼はいつも暗闇の中で、世界のすべてを拒絶するような背中をして座っていた。

しかし、ある夜は違った。

今度は結衣の方が、学校のグループから完全に無視され、孤立してしまった孤独感に耐えかねていた。

いつもの公園のベンチ。膝を抱え、今にも消えてしまいそうなほど激しく落ち込んでいた。

その姿を、今度はハルが見かけることになる。

ハルは、いつも遠くから自分を見ていた彼女の異変に気づき、近くの自動販売機へと走った。

カサリ、と落ち葉を踏む音がして、結衣が顔を上げる。

そこには、あのベンチの少年――ハルが立っていた。

彼の両手には、買ったばかりの缶コーヒーと、コーンポタージュの缶が握られている。

「……どっちがいい?」

ハルはぶっきらぼうに、二つの缶を結衣に差し出してきた。

結衣はかすれた声で、小さく首を振る。

「どっちも嫌」

「しいて言うなら、どっち?」

ハルは引かなかった。食い下がるハルに、結衣は少し怪訝そうな目を向ける。

「……なんで、その二つを買ったの?」

ハルは少し視線を落とし、ぽつりぽつりと話し始めた。

「昔さ……俺が家に帰れなくて、この公園に一人でいたんだ。その時に、近所のおじさんが俺に気付いてくれてさ。この二つを出して、選ばせてくれたんだよ」

ハルの言葉に、結衣は胸を突かれた。

彼が抱える家族の悩みの深さが、その短い言葉から静かに伝わってきたからだ。

「へえ……」

結衣はハルの横顔を見つめた。

「それで、君はどっちにしたの?」

「俺? 俺は味なんてよくわからなかったけど……缶にコーンの絵があったから、コンポタにした」

ハルのその話を聞いて、結衣は少しだけ表情を緩め、ハルの手元を見た。

「……じゃあ、私はコンポタ」

結衣がそう言ってコーンポタージュの缶を手に取ると、ハルの手元には缶コーヒーが残った。

ハルは手の中の缶コーヒーを見つめ、カチリとプルタブを開けて、初めてそれを口にする。

「うわ……苦っ」

眉をひそめて顔をしかめたハルは、結衣を見て少しだけ笑顔になり、ぽつりと言った。

「初めて飲んだけど……これ、めちゃくちゃ苦いな。昔、コンポタを選んで大正解だったわ」

ハルの苦笑いにつられるように、結衣の凍りついていた心が、ほんの少しだけ解けていくのを感じた。

温かい缶を両手で包み込みながら、結衣の口元にも小さな笑みがこぼれる。

その夜をきっかけに、二人は夜の公園のベンチで、お互いのことを少しずつ話すようになった。

学校でのこと。

家でのこと。

放置され、否定され、誰からも無視されてきたこれまでのこと。

お互いがジサスに通う「自提者」であるということ。

「君も、自提なんだね」

「うん。でも、これで誰かが助かるなら、それでいいかなって」

同じ絶望を抱え、同じ「自提」という選択をしたからこそ、二人は誰よりも深く共感し合えた。

夜の冷たい風の中で、温かい缶を握りしめながら話す時間は、いつしか二人にとって、世界で一番愛おしい時間になっていく。

(生きて、この人とずっと話していたい)

胸の中に芽生えた確かな恋心。

しかし、二人はそれを口にすることができなかった。

お互いが「もうすぐ死ぬことを決めている自提者」であるがゆえに、この思いを切り出すことは、相手の決意を揺るがす我が儘のように思えてしまう。

共感できるからこそ、言えない。

そんな切なさが、夜の公園に静かに積もっていった。

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