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ノドの地  作者: 音切萌樹
第三章 トラグスの研究所
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40.脱出

 遠くで爆発の音が響き始めた。ここもいずれ爆発に呑まれるだろう。

来た時と同じ道を全速力で逆走するが壁の一部が壊れ始めている。最下層であるここはもう何時壊れてもおかしくない。


「ロキ!次は!!」

『右!そのあと左右の順番!』


 最低限の言葉だけで足を進める。今、悠長に会話をしている時間などない。

言われたとおりに角を曲がる。まがった先は確か来た時には鉄製の扉に鍵がかかっていたはずだ。


「ロキ、ここは鍵が……」

『開いてる!蹴破って!』

「無茶ぶり言う、なっ!」


 走りながら鍵があるであろう場所に二、三回鉛弾をブチかまし、走ったその勢いのまま扉に蹴りを喰らわす。本当に鍵が開いていたのか扉は簡単に開いた。アベルは態勢を崩さぬように体をひねりながら勢いを殺し、指示されたほうへ走り出す。


「ロキ、カルマへ繋げ!」


 乱暴に通信機に声をかければロキは返事もせぬままアベルとカルマの通信を繋ぐ。

通信の先では暢気そうな声が響いた。


『はいはーい。ボス、もう着くの?』

「あと少しだ。遅れるなよ」

『りょうかぁい』


 たったそれだけ告げると通信機が切れる。こんな緊張感のなか暢気なものだと思わざるをえまい。


『ボス、次を左に。そこでカルマと合流!クロナ、カルマに通信!』

『は、はい!』


「ロキ、カルマに走り出せって伝えろ!」


『もう伝えてる!』


「流石!!」


 勢いを殺さぬように角を曲がればすでに崩壊が始まっていたのか壁の一部が壊れていた。だが、通れる隙間はある。アベルはその隙間めがけて飛び込むと地面に転がるようにして衝撃を殺す。崩壊している割には地面に危険物が少ないようだ。アベルはそんなことをちらりと考えながら素早く立ち上がるとほんの少し先にカルマの背を見つけ追いかけるように走るスピードを上げた。



「お、ボスと合流~大丈夫だった?」

「ああ、お前も無事で何よりだ。それと、隙間を開けてくれて助かった」

「ボスなら問答無用で隙間に飛び込むと思って。あっててよかった~」


 アベルとカルマ。ともに隣に並び走り続ける。へらへらと笑っているがその指先が擦り切れ、土と血で汚れていることなんてわざわざ指摘などしないけれど。


「ボス、次はD地点だからユダのはずだけど問題がありそうだよ」

「何があった」

「クロナ曰く大規模な崩壊が起きてるって。場所によっては地面がないってさ」

「脱出経路に変更は?」

「ない。このまま突っ切れってユダが言ってたらしい」


 その返答にアベルは思わず笑いが零れた。崩壊していようが突っこめなど正気の沙汰ではない。

だが、それができなきゃアザゼルに名を連ねることなどできないだろう。


「わかった。面倒ごとは頼むぞ、カルマ」

「ボスの仰せのままに」



 * * *



 そこに一人で佇んでいた。何もしていないわけではない。何もできないのだ。


「さて、どうしましょうかね……」


 一人呟き、はるか上空を見上げる。上空にはぽっかりと穴が開いていた。

分かりやすく言い直そう。崩落とともにユダはこの穴の中へと落ちたのだ。自分がいた場所よりも深いここはおそらくアベルがいたといわれる最深部の近くだろう。だが、当のアベルはすでに脱出に向けて動き出している。ここで救出を待つのも手だが、そんな悠長なことをしている時間はないだろう。

そして幸いなことにこの穴の中、改め部屋の中にはまだ道があった。


「……仕方ありませんね。クロナ、私の道案内と三人へ伝言を頼んでもいいですか?」


 刀の鞘を握り直し、ユダは通信機越しの音声を頼りに走り出す。

まあ、何とかなるでしょう。とこれから奈落越えを待っている二人の姿を想像しながら。



 * * * 



 絶句とは、この状況のことを言うのだとカルマは初めて知った。

 目の前に広がるはまさしく穴。

まさか通り道となっている部屋一室が三等分するように綺麗に分かれ、さらには中心部には穴が開いているだなんて誰が想像しようか。

 通信係のクロナ越しにユダから「穴が開いているから気を付けろ」と伝言を受け取ったのがD地点到着のほんの数分前。伝言を受け取った時はアベルとカルマの二人とも気楽に考えていたものだ。


「これが穴……?奈落の間違いだろ」

「あらぁ、ユダってば落ちたから穴の大きさまで考えられてなかったのね……」

「これを飛び越えろと?」

「まあ、いけなくはない、かなぁ。とりあえず先に行きますよボス」


 少し下がり勢いをつけ、カルマは穴を飛び越えた。危なげもなくその足は対岸へとその身を飛ばす。どうやら足一足分の余裕はあったようだ。周囲の足場の強度を確認するように踏み鳴らすとカルマはアベルのほうへと顔を向けた。


「よし、ボス!大丈夫ですよ!」

「……おう」


 短く返事を返し、アベルも助走をするために少し下がる。

別にカルマのほうが身長高いから余裕なんだろうな、とかあんな風にスタイリッシュに決められたら女性にモテるんだろうな、なんて絶対に考えていない。

 ある程度の距離を取ると穴のほうへと身を正す。穴の直径はかなり大きい。カルマは足一足分余裕があったが自分はどうかわからない。その思いが一瞬アベルの頭をよぎる。

カルマとの身長はたった六センチしか変わらない。が、されど六センチ。


「六センチを笑うものは六センチに泣く、だっけ?東方には変なことわざがあるもんだな」


 いつか側近の一人に教えられた言葉を呟く。そうだ、この研究所から無事に出られたら自分の仕事を倍にして押し付けようと決めた。

 短く息を吐き出し、足に力をいれ蹴り出す。スタートダッシュは良好。あとは飛び越えるだけだ。


「アベル!足元!!!」


 カルマの声に一瞬気をとられる。どうやら先ほどのカルマのジャンプで踏切りを想定されていた位置の地盤が緩んでいたようだ。なんとか空中へ体を投げ出せたものの、力のすべてが伝わったわけではない。

スタイリッシュに、などと気が抜けるようなことを言っている場合ではない。アベルはなるべく遠くまで行けるように手足を数度振り回すとカルマのほうへその手を突き出す。カルマもその手を取るように手を伸ばすが、あと数ミリ、届かない。


「アベルッ!!!」


 落ちる。落ちてしまう。自分がその手を掴めなかったせいでこのファミリーが瓦解する。

それでも、無駄だとしてもこの手を伸ばすことをやめられない。


「――上出来です、カルマ」


 その言葉とともにカルマの視界の端を何かが横切る。伸ばしていたカルマの腕をなにかがつかむと一気に二つ分の重力がかかった。カルマ自身も落とされないようにと力を込めてその場に踏ん張る。

 一方そのころ遥か下方、奈落の中では珍しく顔を真っ青にし、無様な様子を晒しているアベルと呆れたようにため息をつくユダの姿があった。無様なのは無駄に四肢を振った結果ユダの手を掴めず、足にしがみつくしかなかったからだろう。


「し、しぬかとおもった……」

「私とカルマがいてそう簡単に死ねるわけないでしょう」

「ユダさぁん?」


 ようやくしっかりと姿を確認したカルマがそう呟けば、当の本人が「ええ、ユダです」と言葉を返す。

ユダは足にしがみついているアベルを一瞥するとすぐに目線を上げ、こちらを見た。


「カルマ、もう少しだけこのまま頑張ってください。道は切り開いてきたのですぐにバルドルが到着します」

「いや、あの、さ……もうだいぶやばいというか……もう、無理……っ」


 そう言い終わるか否かのタイミングでカルマの体制が崩れた。が、それ以上落ちることはなかった。

カルマとユダの手を纏めて掴むように大柄な人の手がカルマの横から伸びていたのだ。


「うっし……間に合ったな。ユダといいお前らは穴に落ちんのが好きなのか?」


 口角だけを上げて笑う男にカルマは珍しく呆けた顔のままだった。


「バルドル……」

「おうカルマ!テメェは補佐にまわれ!さっさと上がってもらわねえと流石に時間がやばいからな!」


 ほら、ユダ手を貸せ。ともう片方の手を差し出し、ユダの手を掴み最初に掴んだほうの手を離す。二人分の体重がかかってはいるもののそれをものともせずバルドルはゆっくりと二人のことを引き上げていく。

先にユダを、とは思ったがユダのほうから「足元のチワワをどうにかしてくれ」と言われてしまい半笑いながらも補佐に回っていたカルマを主体に先にアベルを救出。続いてユダも穴から引き揚げた。

 二人が穴から出た時点でまた数度爆発音が響いた。もう、時間はないだろう。


「時間がねぇな。ボス、お前ら急ぐぞ」

「急ぐったってこの先もだいぶ崩壊してるんだろう!?」


 バルドルの言葉にカルマが反論するように吠える。穴を超える直前、最後にした通信では脱出経路はだいぶ崩壊が始まっていると言っていた。この大穴のあるD地点でこうならばもう出入り口付近は埋まっていると考えていても仕方ないだろう。


「大丈夫です、いきましょう」

「ユダ!?だけど向かった先の道が埋まってたら……」

「大丈夫です。全て切り開いてきたので」


 一瞬、時が止まった。


「……ユダ、なんだって?」

「だから、切り開いてきたんですよ。文字通り」



 * * *



 通信機から届く声の指示に従いただひたすら走っていた。落ちてきた先はどうやら他と比べて崩壊が酷い。使えたはずの道も土砂によって埋まり使えなくなっていた。


「……駄目ですね、こちらの道もふさがっています」

『こちらもダメとなると……ユダさん、だいぶ遠回りになってしまいます』


 クロナの言葉にユダはわかっていたとばかりに息を吐き出した。

 本来指定されていた脱出ルートはすでに"掃除"と計算を終えた道だ。

道の状況や設置物の有無をはじめ、どのように走れば早いか、どのルートを選べば脱出までの時間を短縮できるかすべての道を後方支援部隊が計算しつくしたあとなのだ。

その校本支援部隊が「遠回り」というからにはだいぶ時間がかかるのだろう。

 ユダは少し考えこむと通信機と愛刀の鞘に手を伸ばした。


「クロナ、この先の状況はわかりますか?」

『この先ですか?えっと……瓦礫や崩壊しているところが多いですけど通れなくはないです……ってユダさんまさか!?』

「ええ、いきましょう。全て切り捨てます。クロナは合流ポイントまでの最短距離で指示を出してください。途中何があろうと構いません。行きますよ」


 鞘と柄をしっかりと握りしめ、鯉口を切る。通信機の向こうで慌てているクロナの声など聞こえない。

 深く息を吸い、そして吐き出す。なんてことはない。いつも通り、障害は切ればいい。


「圧し切る!」


 通信機越しに何かが破壊された音が後方支援部隊の待機している部屋に響いた。

突然の爆音に驚いた面々をよそにクロナはその時のことをこう語った。


"もう二度とユダさんのオペレータはやりたくない"と



「とまあ、こんな感じで全て切り開いてきたので最低限バルドルが通った道までは全て切り開かれています」


 走りながらの会話にユダ以外の面々が思わず頭を押さえた。

つまりなんだ、目の前のこいつは邪魔になりうる瓦礫を全て切ってきたというのか。

 おおよそ想像できない説明に呆れを含んでいると「ユダ」とまっすぐ前を向いたままバルドルが声をかけた。

他の面々もこの脳筋が何を言うのかと息を呑んだ。


「お前さ。頭いいけどバカだろ」


 カルマとアベルはその発言に思わず噴き出した。バートンの脳筋と呼ばれるバルドルにそう言われてしまえばもう終わりだろう。笑いながらも走るスピードを緩めないあたりマシなのかもしれない。


「ば、バカとは失礼な!純粋に障害を除去しただけです!」

「それを脳筋って言うんだよ、ユダ?」

「脳筋じゃないです!」


 何度も違うと否定するユダに他三人は同時に目を合わせ、ほぼ同時に


「いや、脳筋でしょ?」

「いや、脳筋だろ」

「いや、脳筋だな」


 と告げれば流石にこの行動がいかに脳筋行動だったのか悟ったのかユダはがっくりと首を落とした。

カルマはともかくアベルとバルドルに言われたことが思った以上にショックだったらしい。

 ゆるりとした時間が流れたが、急かすように通信機が鳴る。


『調子乗ってるのはいいけど、崩落まであと数分だよ』

「急げ野郎ども!!全速力だ!!!」


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