39.告げられた真実
M3の作品が思わぬところで楽しくなってしまいました。
今後は、書け次第、不定期更新の形になります
辺りを見回せば同じようなカプセルに収納された自分自身の姿にアベルは目を疑った。アベル・バートンは自分しかいないはずなのに、と。
弾かれるように走りだすといくつも並ぶカプセルの中身も同様に確認する。
薄い緑色の液体で満ちたカプセルの中には自分と同じ姿のナニカが眠っていた。台座にはやはり名前と先ほどとは変わり、Ⅻの数字が刻まれていた。
アベルは信じられないといった表情のままカプセルの中にいる「自分」を見つめた。
信じられない。信じられないがこれはまさしく自分自身だ。そう何かが告げていた。
「これも、これも、これも……全部俺だ……そして……」
「そして残りは私、ですね」
突然背後から投げ掛けられた言葉にアベルは驚くことなくゆっくりと声のした方へ向きを直す。
そこにはにやりと猫のように口元をゆがめながら楽しげに笑うカインの姿があった。
カインはゆっくりと目線をカプセルの方へ向けると、複雑そうな表情で中身を見つめた。
「どうです?後悔したでしょう?アベル・バートン」
「これは、なんだ」
間髪入れずにそう問いかければカインは不思議そうに首をかしげた。なぜわからないのか、そう言いたげに。
「見てわかりませんか?複製してるんですよ。私とあなたを」
「なんで……なんのために」
重ねて問いかける。
カインは少し悩んだ様子を見せたがやがて、またいつもと同じように笑った。
「なんのため……そうですね、私の目的のために、ですかね」
「目的……?」
「えぇ、目的。まぁ教えませんけどね」
ケタケタと笑うカインを横目にアベルはカプセルの中の自分を見つめた。複製品という割には劣化が見られない。このカプセルの中の「俺」はあまりにそっくりすぎる。
アベルは目に留まったカプセルの台座に目を落とした。先ほど見た時と同じように文字が並ぶ。
「アベル・バートン。NO.Ⅻ……」
声に出てしまっていたのだろう。カインがすっとんきょうな声をあげるが状況を理解したのかまたにやりと笑った。
「あぁ、その個体ですね。なかなか使える良い子ですよ?あなたと違って」
「その一言は余計だろうが」
「あら、なにか間違ったことでも言いました?」
何も言い返せぬままアベルはふいと目線をそらした。
バートンファミリーはいまだ先代の権力が強い。すでに故人となっていようが関係などないのだ。傘下のファミリーたちもアベル自身を慕っているわけではない。アベルの背後に見える先代の力を慕っているのだ。
アベルはいまだ、バートンファミリーを細部まで支配しているとは言えなかった。
何も言えないままそらした視線の先にまた違う文字列を見つけ、アベルはまた目で追った。
「カイン・トラグス……No.Ⅴ……?」
並ぶ文字は最高でもⅩに満たない。20を超えるほど大量に作られているアベルとの違いに思わず言葉をこぼした。カインは一瞬反応を見せたが、すぐさま何事もなかったように笑った。
「私は作りづらいんですよ。どうやら遺伝子が他と変わっているらしくてね」
「遺伝子が他と変わってる?どういうことだよ」
アベルが吠えるも、カインは困ったようにため息をついた。
「説明してもいいけど、貴方にそれが理解できるとは思えないなぁ。時間の無駄になりそう」
「無駄にって…」
はぁ、とため息をつくとカインは目をそらしながら淡々と説明を始めた。
「遺伝子。つまりDNAの配列が通常の人間と異なってるんですよ、私は。一般的には先天性疾患を持っていると染色体の数が変わると言われているけれど私の場合はそれは変わらない。ただ、病気になりやすい遺伝子配列があるようにクローンを作りにくい遺伝子配列が私の中に存在するってだけですよ」
「遺伝子配列…?」
眉を寄せ、顔をしかめたアベルを見てカインはホラ見たことかと肩を竦めた。どうせお前には今の短い説明の半分もわかっていないのだろうと言うかのようだ。
「バカには説明しても無駄だったようですねぇ」
「ば、ばかにすんな!」
反論するアベルに呆れを隠すことなくカインは再度ため息をつくと呆れを隠すことなくジトっとした目でアベルを見つめた。
「バカにもわかるように言ってあげましょうか。この部屋の中にあるの、全部、複製なんです」
「これが、全部……複製?んなこと知って……」
「複製です。クローンです。この部屋の中にある全てが。」
「全てってどういう……説明しろ!カイン・トラグス!」
吠えるアベルの姿を見ながらカインは今まで見たことがないほど醜く笑った。
それは知るべきではないことを全て知ってしまった人間の絶望の味を堪能する悪魔のようにも見えた。
「そうですよ……これが!すべてっ!!貴方の!!ふふっ……私たちはクローンだ。ねぇ、アベル・バートン。どうです?みるべきではなかったでしょう?この場所」
カインはそう言い放つとふらりとカプセルにもたれかかるようにすり寄り、中にいるクローン体を見つめる。その表情はどこか恍惚としているようだった。
それを目にしたアベルはどこか既視感を覚えた。が、それと同時に恐怖を覚えた。
「……っ、きもちわりぃ。イカレてるよ、お前」
「お褒めにあずかり光栄でぇす」
カプセルから離れ、大袈裟に優雅に礼をしたカインにアベルは不快感を隠すことなく舌を出した。
「褒めてねえよ」
「あら残念」
「心にも思ってねぇくせに」
「バレました?」
普段と変わらぬような受け答えをするが、アベルはいつも以上に気を張っていた。今の会話の前で気を抜くと一瞬にして首を持っていかれる。なぜかそんな気がしたからだ。
カインはそんなアベルを楽しそうに見つめながらふと思い出したように一度、手を打った。
「ところで、そろそろ脱出しないと危ないですよ?」
「は?何言って……」
その言葉は最後まで紡がれることはなかった。
突如、この施設全体に響き渡るほどの爆音で警告音が鳴り響いたからだ。
よくよく聞けば施設爆破へのカウントダウンも始まっている。まさか、とカインは目線を移すが当の本人はニヤニヤとこちらを見て笑い続けていた。
「ほら、早く逃げなよ?じゃないと君、仲間もろとも死んじゃうよぉ??」
どこから出したのかいつのまにかその手には懐中時計が握られており、残り時間が爆発までのカウントダウンだということは容易に察せた。時計の示す時間から考えても今走り出さなければ巻き込まれることは安易に想像がついた。アベルは至って冷静を装いながら急いで通信機のスイッチを押し、全員に向けて通信を開始する。
「バルドル!カルマ!ユダ!すぐさま脱出しろ!俺もすぐに出る!!」
あくまでカインから目は離さない。
通信機の向こうからはそれぞれが自爆放送に慌てた様子を隠そうともせず混線していた。
『ボス!?何言ってやがる!この施設全体が範囲だ。お前を置いて行けるか!』
『そうだよ無茶だっ!ボスどこにいるっ!今迎えに行く!どこだ!』
バルドルもカルマも声を荒げている。どうにもボスの命令を聞かない部下たちだ。
チッ、と舌打ちを一つ打ち、再び通信機に向けて叫ぶ。
「いいから先に行け!お前らのおかげで道は開けてるはずだ。急げ!」
『だけど……』
『了解しました』
ユダの返答にバルドルとカルマが通信機越しに叫んだ。何を言わせるまもなくユダが続ける。
『バルドル、カルマ。ボスの退路を確実に確保しつつ後退。ロキからデータは受け取っていますね?A地点、D地点、E地点で合流が可能です……時間ギリギリまでボスを待ちますよ』
アベルのいる最深部からの最短脱出ルートはA・D・E地点を経由する。何事もなければカルマ、ユダ、バルドルもそこで合流できるはずだ。残党や緊急放送でルートがつぶれていなければ、だが。
「てめぇら……」
思わず言葉が零れる。部下だったとしてもまさか自分のためにギリギリまで命を懸けてくれるとは思っていなかったからだ。直属の部下であるアザゼルであっても、いずれ自分を裏切る。そう思っていたから。
しばらく黙っていると申し訳なさそうにカルマの声が通信機から響く。
『すみません、ギリギリまで待つので頑張ってください、ボス』
あ、どうせだったら金目の物があったら拾ってきてくださいね!なんて声も響く。馬鹿か、なんて呆れながら聞いているとまた別の大きなため息が聞こえた。
『……了解だユダ。ということで早く来いよボス!』
音声に続いてドカッと大きなものを置く音が聞こえる。すでに合流地点のいるのだろうかおそらく大型武器を置いた音だろう。
「こいつらは、本当に……」
自分の部下ながら馬鹿ばかりだ。そう思いながらも思わず笑ってしまった。
それが嬉しいだなんて、絶対に言ってなどやらないが。
そんな思いに耽るアベルを急かすようにロキからの通信が鳴り響く。
『順路はこっちで指示を出すから!ボス、早く!!』
一向に現在地が動いていないせいだろう。ロキの声にアベルはカインを目の前にしながら走り出そうとする。カインはそんなアベルを見てもなにもせずただ懐中時計を左右に振っていた。
何もしてこない。直感がそう告げていた。アベルは堂々と背を向けて扉のほうへ向かうと途中の机に束になった資料が落ちていた。思わずそれに目をとられてしまう。
「なんだこれ……ジューダス計画?」
『ボス!もう本当にヤバいよ!』
「あ、ああ!!今行く!」
カルマに再度急かされ、アベルはとうとう走り出した。
次第に揺れ、爆発を始める研究所の中、カインだけはひっそりと笑っていた。
「さぁ、始めましょうか。すべての始まりを、終わらせましょう」




