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ノドの地  作者: 音切萌樹
第三章 トラグスの研究所
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38.後悔しますよ

 真っ暗な廊下を反響する音を頼りに進む。しばらく歩き続ければ目も慣れてきた。どうやらただの長い廊下のようだった。

だが、気を抜いてはいられない。どこで何が起こるかわからない。ここは敵陣の中なのだから。

 しばらく歩き続けると少しだけ開けた場所に出たようだ。


「ここは……いや、ここがトラグスの非正規研究所、か」


 思わず声が漏れる。反響の具合を見てもここは広間程度の大きさはありそうだ。

一歩、また一歩と足を踏み出す。その時、アベルの耳にペラリと髪を捲る音が飛び込んだ。

瞬時に懐から銃を抜き、音がしたほうに構える。

既に目は暗闇に慣れてはいるが、何がいるかまでは見えなかった。

ゆっくりゆっくりと足を進めればまたペラリとページをめくる音が飛び込む。


「そこにいるのは、誰だ」


 アベルがそう声をかければページをめくる音が途中で止まる。その反応から誰かがそこにいるのは明白だった。暫し沈黙が続く。その沈黙を破ったのはよく聞いたあの声だった。とても嫌いで、頭に残るよく聞いたあの声。

その声の主は面白いおもちゃを見つけた子供のように声を弾ませた。


「おやおや・・・・・・いったい何の用かな?なんでトラグスの敷地にバートンが足を踏み入れているんだい?」


 その声にアベルは盛大にため息を零したくなった。頭をよぎった苛立ちをぐっと胸の奥にしまい込もうとしたが少しだけ苛立ちが言葉に乗ってしまったようだ。


「・・・・・・いたのか、トラグスのクソ野郎」


 言葉尻に滲んだ苛立ちを感じ取っただろうがカインは一切意に介していないというようにまた先程と同じようにページを進めた。

アベルがにじり寄り、その姿を確認すればどうやら椅子に座り、古びた書物を読んでいるようだった。とてもじゃないが研究資料のようには見えない。

 こちらをうかがっているのが知れたのだろう。カインはなにか?とアベルに声をかけた。


「べつになんでもねえよ、つかなんでお前がここにいるんだよ?ここがお前の研究所だからか?」

「えぇ。ここはトラグスの研究所だからね。ところで、何度も聞くけど・・・・・・ここに何の用?」


 どうせいつものようにのらりくらりとかわされるのだろうと考えていたアベルの考えが真っ向から否定された気分だった。まさか、自分からこの場所がトラグスの研究所だと暴露するとは思っていなかったのだ。


「用って・・・お前分かってんのか?この研究所は違法だ。俺たちバートンとお前らトラグスの間で交わした約束を破る気か?」

「約束、ねぇ・・・重要なことを忘れているあなたには言われたくないなぁ」


 また一枚、ページが捲られる。


「忘れてる?俺が?何を言ってんだよ」

「忘れているならそれで構わない。どうせその重要なことすら思い出せないだろうしね」

「んだとテメェ。バカにするのもいい加減にしろよ」

「バカにしてるのはどちらかしらね。それで、再三聞くけど何の用があってここに?」


 何度目かになる同じ質問にアベルもいい加減腹が立ってきていた。だがそれ以上に「重要なことを忘れている」カインに投げられたその言葉が何度も頭の中をループする。俺が忘れていることなどないはずだ。

虚勢を張るように鼻を鳴らし余裕があるようにカインを睨み付ける。それくらいしかいまのアベルにはできなかった。


「ハッ、用なんて特にねぇよ。ただ気に食わねぇ研究をしているトラグスの非正規研究所があんだ。潰す理由にはそれで十分だろ」


 この言葉にカインはどこか不快そうに顔をしかめ、ゆっくりと深く息を吐き出した。


「・・・野蛮。本当バートンは野蛮人が多いね」


 また一枚、ページをめくる。

紙が擦れるその音すらもいまのアベルには不快音に聞こえてしまった。


「るせぇよ。つ―かそこを退けよ」

「退けとは失礼な。私は元々ここを塞いでなどいませんが?行きたければどうぞ。ただし、後悔しますよ?絶対に」


 警戒するアベルとは対照的にカインは変わらずに椅子に座り古書を読み続けていた。

カインの言葉にアベルは少しだけ引っ掛かるところがあった。まず敵対している組織のトップがこんな誰にでもこれる場所でたった一人でいることがおかしい。本来ならばトラグスファミリーの幹部である護衛騎士(ネフィリム)の一人でもいないといけないはずだ。そしてこの場所。光の一切届かないこの場所でこいつは一体何を読んでいるのだ。今やこの場所が戦場になっていることなど知っているはずだ。それを知ってなおこの場所に留まり続けている意図がわからなかった。ロキの言った通り罠、その可能性も考えられたがこれまでにもう大分時間を使っている。罠ならばもう周囲をトラグスの人間に包囲されていないとおかしいはずだ。

 とここまで考えてアベルは思考を放棄した。考えることは元から性に合っていない。


「……テメェが素直だときもちわりぃんだよ。後悔?んなことあるか。俺は行くぞ」

「…どうぞ、ご勝手に。私は忠告しましたよ?行ったら後悔する、とね」

「……知るか」


 最後に悪態を付くことを忘れずにアベルはカインを放置し、先に進んだ。途中までは背後からの奇襲を警戒していたが、一定感覚で捲られる紙の音に警戒を解いた。こいつは好きなものにはずっと集中しているタイプの人間だったはずだ。

 そんなことを頭に浮かべながらアベルは無意識にため息をついた。


「なんなんだあいつ、後ろから奇襲をかけてくるわけでもない。かと言って俺を止めるわけでもない。ほんとなんなんだよ」


 ほぼ無意識で言葉を溢していた。いつものカインならばあの場で喧嘩(と書いて戦闘と読む)が起こっていてもおかしくなかったのに。不思議なこともあるもんだと自分を無理矢理納得させ、先に進めば目の前に壁が現れた。


「……ん、壁?いや、扉か?材質はさっきの扉と一緒……ってことはここが隠したいナニカってことだよな。明らかにここでナニカしてます、って感じ醸し出してるしな」


 アベルはニヤリと口角をあげて笑うとその豪奢な扉に手をかけるとドクンと心臓が高鳴った。

この向こうに何があるかという好奇心から鳴ったのかはたまた開けてはいけないというカインの警告を受けたこの体が無意識のうちに鳴らしてしまったのか。そんなことはもはやアベルにはどうでもよかった。


ただこの扉を開ければいい。それだけが頭を占めていた。


 豪奢な扉は見た目に反し軽く、簡単に開いていった。もちろん大きな扉ではあるが重さがない分完全に開ききるにはさほど時間はかからなかった。


 部屋の中にはいると証明はついておらずうっすらとナニカがあるといった印象しか受けなかった。足を踏み出し踵を鳴らせば先程カインと出会ったところよりも大きく音が反響した。とても広い場所なのだろう。

辺りの警戒を怠らず手探りで部屋の中を進み、大きな機械のもとへたどり着いた。


「これを動かせば電気がつくか・・・?」


 ロキたちのやっていることの真似事だがとキーボードをカタンとひとつ触れば連動するようにキーボードに光が点り辺りの機械も連鎖的に作動を始めた。アベルはとっさに身構えるがブゥンという起動音と共に辺りの電気がつき始め思わず目を覆った。


 目が馴れてきた頃、ゆっくりと腕を下ろせば目の前に広がる光景にひゅっと喉をならし、目を見開いた。


「……なんだよ、これ」


 アベルは辺りの警戒などお構いなしに走りだし一番近いところのカプセルに飛び付いた。

カプセルはバルドルほどの大男でも余裕で入れるほどに大きく、そのほとんどすべてが薄い緑色の液体で満ちていた。


「なんなんだよこれ!!!」

 

生命維持用の酸素マスクとバイタルなどを計測するコードなのだろうか、様々なコードがカプセルの外から中に向かって伸び、その中にいるナニカに繋がっている。

服を着ていないとかこのナニカが生きているかなどはもはやどうでもいい。

アベルは力任せにカプセルを殴り付け、叫んだ。


「なんで、なんで……なんでトラグスの研究所に【俺】がいるんだよっ!!」


 何度も何度も殴り続けているカプセルの下方、台座の部分には『Abel Burton No.Ⅹ』と刻まれていた。

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