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ノドの地  作者: 音切萌樹
第二章.変わらぬ日常
41/49

閑話 ラピスの誕生日

なんか、いつの間にか、長くなりました……

来週から新しい章がはーじまーるよー

 第六感が働いたのかもしれない。任務のために外に出ていた男は予定の半数以上を早め、帰路を急いで来た。


ただの杞憂であればいい。最近はそれほど様々なことが起こりすぎたのだ。そう自分を納得させるように一人呟き、スンと息を吸う。


微かにだが、硝煙の匂いが鼻についた。


 それは風に乗ってきていた。風上にあるのは、トラグスの屋敷である。

男は早足で歩いていたのを少しづつ早め、最後には走り出した。その目に屋敷が入った瞬間、さらにスピードを上げ、速さを殺すことなく勢いよく屋敷の扉を開けた。


そこには嘘であって欲しいと願うほどの赤に包まれたエントランスと彼女が一人、立っていた。


「は、はは……あはははは!!」


 狂ったように笑い続ける彼女は自分自身に付いた赤を消すように乱暴に拭うと足元に転がる塊を足で払った。


塊はもはや何も声を上げず、ただ力のままに転がり綺麗だったはずの彼女の芥子色の髪を赤黒く染め上げていた。

彼女は反応のないそれに興味をなくすとその近くでまるで守るように折り重なっていた青漆(せいしつ)色の塊を同じように蹴った。だが、その青漆色の彼もすでに反応をなくし、半分だけ開いた虚ろで光のない目で彼女を見つめていた。


「なんだ、もう、壊れちゃったんだ……」


 彼女はしゃがみこむと彼の青漆色の髪を掴み無遠慮に持ち上げた。ブチブチと勢いに負けた髪がいくつか抜ける。しばらくそれを見つめていた彼女だったがやがて興味をなくしたようにそれを力任せに投げた。鈍い音を立てながらそれが跳ね飛び、芥子色のそれと折り重なった。その光景を見て彼女は呆れたようにため息をついた。


「どうせもう守れないのに……いつまで執着してんのよ……」

「いい加減にやめなさい……ラピス!!」


その声に彼女――ラピスはゆっくりと声の方を振り返った。

ラピスはすでに足元に転がっている彼らの返り血で全身が真っ赤に染まっていた。

 ラピスはオニキスの声に反応し、顔を向けるとゆっくりと顔を傾げた。


「あら、オニキスさん。どうしたんですか?怖い顔してますよ?」

「ラピス、何を言って……この現状を見て怒らない人がいると思うんですか!?」


ラピスは意味がわからないと言うように再度首をかしげると不思議なものを見るような目でオニキスを見つめた。その瞳には一切曇りが見えない。


「この現状……?オニキスさん、だってこれは……玩具、ですよ?壊れただけじゃないですか、変なオニキスさん」


クスクスと笑うラピスにオニキスは言葉を失った。そして同時に悟ってしまった。

――彼女は、ラピスは壊れてしまった。肉体的にではなく、精神的に。

今まで行ってきたバートンとの戦いが彼女の精神を壊してしまったのだ。


「ラピス、貴女は……」

「あれ?オニキスさん。ベリルとジェットくんはどこですか?姿が見えないんですけど……」


目の前の、足元にいる彼らが見えないと言うラピスにオニキスは顔をしかめた。もはや、物言わぬ彼らのことをラピスは人として認識していないのだ。

オニキスが呟くように名を呼ぶがラピスは返事を返すことなく、指を顎に当てながらその場で悩んでいるような仕草をした。


「また時間も見ずに訓練してるんですかね……到着したらまずはお説教からですね、オニキスさん!」


まるで変わらないそれに、オニキスは悔しそうに口を閉ざし、思わず目をそらした。血に濡れたままの姿でオニキスに笑いかけるラピスとどうしても目を合わせることができなかった。

こうなってしまうには時間があったはずだ、それを見逃してしまった自分を、オニキスは許せなかった。


「ラピス、ベリルとジェットは……」

「どうしたんですか、オニキスさん。またあの二人がなにかしましたか?」

「違う、違うんです……ラピス、二人は……」


オニキスはラピスの肩を掴むが何も言えずに俯いた。もう死んでいるんです。そう言えたのならばどれだけ楽だったのだろう。彼らの死を壊れてしまったラピスにどう伝えたらいいか分からず言葉に詰まっていると、ラピスがふっと目線をそらし嬉しそうにその目線の先に手を振った。


「あ、カイン様!」


その声につられ目線をずらせば息を切らせながら屋敷の扉を開け放っているカインの姿があった。

普段の飄々とした雰囲気はどこかに消え失せ、その顔には焦りと僅かに絶望が見えた。

オニキスはカインの姿を視認した瞬間、唇を噛み爪が食い込むほど拳を握った。


「カイン、様……」

「オニキス、状況を説明しなさい。私が研究所に行っている間に何があったの」


 ゆっくりとカインがオニキスのほうへ歩を進める。それに呼応するようにラピスもゆっくりとカインに向かって歩を進めた。カインが歩みを止め、ラピスを見つめれば彼女は困ったようにカインを見つめ返した。


「カイン様、ジェットくんとベリル見ましたか?集合時間だって言うのにまだ来てないんですよ……」


 ラピスの言葉にカインはあからさまに動揺を言葉に見せた。


「えっ……ラピス、何言ってるの?ジェットもベリルもそこに……」

「カイン様、報告します。ラピス・F・クォーツは許容限界を超え、暴走。止めに入ったジェット・バロック、ベリル・バーランド両名を殺害、個人として認識できなくなっています」


 カインの言葉の先を遮るようにオニキスが声を上げればラピスは心底わからないといった表情を見せた。


「……え?何言ってるんですかオニキス様。ジェットくんもベリルもまだ来てませんよ?」

「精神が、壊れたのね……」


 ラピスの行動と表情、オニキスの報告。そしてラピスの足元に転がる彼らの姿を見てカインは悲痛な表情を浮かべた。一度瞼を伏せ、ゆっくりと自身のジャケットの中に手を伸ばすがいつの間にか近くに寄っていたオニキスにやんわりと制された。

瞼を開きオニキスに目を向ければゆっくりと首を横に振る。


「……カイン様、私が」

「……いいのね?」


 懐の銃から手を放しそう聞けば、オニキスは見たこともないくらい優しい表情で頷いて見せた。


「はい……彼女は私が眠らせます」


 ゆっくりとラピスのほうへ顔を向ければ彼女はどこか困惑しているような表情で頭を押さえていた。


「あれ……?可笑しいな……ジェットくんもベリルもまだ来てないはずなのに……違う。切った、私が……二人を……あれは玩具だってお父様が……嫌、怒らないで、叱らないで……ベリル……?ジェットくん……?どこ?どこなの……ねぇ、どこに……」


 精神を壊した者は必ずと言っていいほど記憶混濁が起こる。今の彼女には昔、実の親に道具のように使われていた時の記憶と今が混ざってしまっているのだろう。オニキスはそれに気づくとただ優しく名を呼んだ。

 一瞬、名を呼ばれたことでビクついたラピスもゆっくりとオニキスのほうへ目を向け、安心したように息を吐いた。

オニキスはなお優しく声をかける。


「ラピス、疲れたでしょう?もう、眠りましょう」

「だめ、だめよオニキス様。だってまだ全部壊してない、お父様がそう言って……あれ?お父様……?」


頭を抑えながら混乱するラピスに向かってオニキスはゆっくりと両手を広げ、先ほどと同じように優しく声をかけた。


「もういいんです、いいんですよラピス。疲れたのなら寝てしまいましょう」

「い、いの?もう、寝ても、いいの……?」


その言葉にラピスははらりと涙を零した。

オニキスはラピスを刺激しないようにいつも以上にゆっくりと近づくと親指でラピスの頬を伝う涙を拭った。


「ええ、いいんです。寝てしまいましょう。眠るまで一緒にいてあげますから」

「……うふふ、オニキス様の子守唄が聴けるかもしれないのね、楽しみだわ」

「そうですね、さ、ラピス……おいで」


ふふふ、といつもと同じように笑うラピスに向かって手を広げ抱きしめる。

微かに胸元が濡れ、抱いたラピスの肩が震えている。


「……オニキス様、ごめんなさい。私、悪い子になっちゃいましたね」

「いいんですよ、悪いと思ったなら謝ればいいんです。彼らもちゃんと謝れば許してくれますよ」


すん、とラピスが鼻を鳴らす。


「許して、くれるかなぁ……?」

「ええ、きっと」


ラピスを抱きしめ頭を撫でながらゆっくりと自身の腰に手を回し、ナイフを取り出すとラピスの背でそれを両手で持ち直す。

それに気づいてかラピスがゆっくりと顔を上げ、オニキスに向かって笑いかけた。


「オニキス様……ーーーーーーー」


オニキスが力一杯ラピスを抱きしめる。

微かに動いた口はオニキスにだけ聞こえるくらい小さな音を零し、やがて全ての音を止めた。

事切れたのを確認し躊躇うことなくナイフを引き抜くと崩れ落ちそうになった彼女の体を抱きとめ、赤く濡れてしまった手でその頬を撫でた。


「……おやすみなさい、ラピス。私も同じ気持ちでしたよ」



***



一通り目を通すと青漆色の髪を持つ彼はワナワナと震えた。その目の前でワクワクとした様子の芥子色の髪を持つ彼女が彼を見つめていた。


「で、どう?どう!!!」


食い気味に意見を聞かれ青漆色の髪のジェットは渡されていた紫色のノートをテーブルに叩きつけた。


「いや、どうじゃねえよ!おまえこんなもんラピスさんに見つかってみろ!怒られるぞ!」

「ええー!いいじゃない!ただの夢だもの!」


最近、ベリルは夢を見るらしい。

そんな相談を受けたジェットは少し話をしてみろとベリルに言ってしまったのだ。悪夢だと聞いたから気晴らしになればいい、そう思ったのが間違いだった。

ガラガリと頭を掻くとジェットはまた声を荒げた。


「だから余計にだ!!殺人鬼みたいに仲間を虐殺して回って最後に仲間に殺されて笑ってる夢見ました!殺人鬼役は自分じゃなくて貴方です!なんて言われたらお前どう思うんだよ!」

「え、怒るに決まってんでしょ?」

「同じこと言ってんだよ!!!」


ケロッと言い切るベリルに思わずジェットは腕が出そうになり咄嗟に目の前にあったノートを地面に叩きつけた。と同時に談話室の扉が開いた。

ベリルとジェットの両名が一斉に扉に目をやればそこには噂の彼女が立っていた。


「あら、屋敷の中で騒がしくするなんていったいどうしたの?」


ニコニコしてはいるがどうやら怒っているようだ。

ジェットはそのことに気づき、あからさまに目線を泳がせた。


「ゲッ!ラピス、さん……」

「あらぁ……ジェットが大声出すから……」

「俺のせいかよ!」


またギャイギャイと言い合いを始めれば呆れたようにラピスがため息をついた。

談話室で騒ぐ分にはもう注意することを諦めた方がいいかもしれない。そんな風に思い始めたその時、足元に落ちている紫色のノートが目に入った。

ラピスは首を傾げながら何気なしにそれに手を伸ばした。


「あら、これは……」

「あ、ラ、ラピスさん、これは……」


筆者のベリルよりもジェットが狼狽えた様子で手を伸ばすがそれをするりと抜け、ノートをパラパラとめくり目を通す。最初の数ページは簡単に手早く見ていたが後半に行くにつれて徐々にページをめくるスピードが落ちていった。

ラピスはノートをしばらく見つめるとゆっくり閉じ、ノートから目線を上げた。その顔は不気味なほどに笑顔である。


「うふふふふ、ベリル。ゆっくりお話ししましょうか?」

「ち、ちが!これはジェットが!!」

「貴方たちの筆跡を私が見間違えるとでも?」


言い訳をしようとするベリルに素早く近づきその腕を取ればベリルは隠すことなく怯えの声を上げた。

ジェットはその様子を見ながら心のうちで静かに手を合わせた。これは長くなるコース決定である。


「さ、行きましょうかベリル。ゆっっっっっっっっっっっっっっくりお話しましょ?」

「説教って書いてお話って読むやつか……」


思わず呟いてしまうとぐるんとラピスの首が回り、ジェットのことを目に入れた。


「ジェットも来る?」

「遠慮しておきます」


間髪入れずにそう返す。

変わらぬ神に祟りなし。オニキスからジェットが教わった東洋のことわざというやつだ。使い方があっているかは分からないが。

ラピスはジェットの返答に笑顔で返すと手に持っていたノートをテーブルの上に置いた。


「じゃあそのノートをオニキスさんに渡しておいてね」

「え?」

「お願いね?」


有無を言わさぬ声で告げられ、ジェットは声をひっくり返しながら返事をした。

さぁ行きましょうか。そう言いながらベリルを引きずるようにしてラピスは談話室を出て行った。

哀れベリル。骨は拾ってやる。覚えていれば。

ほらそんなことを考えながらゆっくり手を合わせて開けっ放しの扉の方に頭を下げた。


「無事でありますよーに!」

「なにがですか?」


不意に聞こえた声に驚いて顔を上げればそこには困惑した顔のオニキスが立っていた。

そりゃ部屋に入った瞬間目の前に頭を下げてる同僚がいれば困惑もするだろう。

どうやらラピスが扉を開けっ放しで出て行ったせいで接近に気づかなかったようだ。

オニキスの問いになんでもないと返すとジェットはテーブルに置かれたノートを手に取りオニキスに突き出すようにして渡した。オニキスは戸惑いながらもそれを受け取りくるりと裏表を確認した。


「なんですかこれ?」

「なんかベリルが最近見た夢を物語風にしてみたらしいっす。にしてもラピスさんが虐殺する夢なんて普通見ますかね……」


頭の上に疑問符を浮かべながらジェットの見ればわかるという言葉に従いノートを開き、中の物語を読み進める。しばらく物語を読んでいたオニキスだったが不意にノートを閉じるとジェットのほうに目線をやった。


「……この話、ジェットは夢で見ないんですか?」

「俺っすか!?見ないっすよ!つか、仮に見たとしてもこんなの見たなんてラピスさんに言ったら俺も怒られる!」


おそらくラピスがいるであろう方向に向かって俺は見てませんから許してください!と頭を下げるジェットを見つめながらオニキスは困ったように頬を掻いた。


「そういう事では……まぁいいです。このノートは私が処分しておきますね。そのほうがラピスも安心でしょうし」

「そうしてください……ラピスさんからもオニキスさん名指しで頼まれてんで……」


互いの間に微妙な空気が流れた。

全く、トラグス(うち)の女たちはお転婆が多い。


「お互い、大変ですね……」

「そうっすね……」


互いに何を言うでもなくため息を零した。微かに聞こえる声や物音から今日の午後の業務は掃除に変更になりそうだ。

ドタバタと廊下を走る音とともに外からラピスの叫び声が響いた。


「ベリル!まちなさあい!!」

「むりむりむり!!今止まったらラピスのお説教始まるもの!!!」

「今日も元気ですね、みんな」


オニキスはそう呟きながら談話室の窓から空を見上げた。



これは曇りない、晴天の日の、いつかのお話。


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