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ノドの地  作者: 音切萌樹
第二章.変わらぬ日常
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25.隣は私の

 仕事には必ず対価が必要だと思っている。そう思っているからだろうか、半休を与えるという言葉に困惑している姿を見てラピスは思わず助け舟を出してしまった。

 驚きながらも必死にお礼の言葉を残し、嬉しそうに走り去っていったベリルの後姿を見つめながらラピスは思わず笑みを浮かべた。


「あんなに必死なベリル初めてみました」

「そうでしょうね。ラピスの前では調教された後のベリルでしたから」


 笑いながら告げるオニキスの言葉にラピスは思わず固まってしまった。その様子に気づき、オニキスは笑いながら教育ですよ、と訂正する。


「ラピスも知っての通りベリルとジェットはスラムの生まれです。それを拾ったのがカイン様ですが、拾った当初などはあまりにも酷くてひどくて……」

「それで、調教……」


 目を逸らしながらそう呟く。きっとこの男のことだ、調教と書いて教育と読む。くらいはさらりと言ってのけそうだ。

 そう考えているのが伝わってしまったのかオニキスは大きく咳払いをするとラピスに持っていた書類の1/3を手渡した。


「この話は止めましょう。それにベリルが残していった仕事も片付けなければいけないですしね」


 にっこりと笑いながら書類を手渡してくるオニキスだが、ラピスはその姿を見てまたくすくすと笑った。

よく見れば耳が若干赤くなっている。


「半休与えたのはオニキスさんですよ?」


 そう言えばオニキスは言葉を詰まらせながら「忘れました」と書類を軽く振る。照れているのだろう。たまにそうやって書類を振っている姿をラピスは目撃していた。

 それはそれこれはこれ、と言いながらオニキスは残った書類を持って席につく。ラピスも同じように席につき書類を広げた。内容はベリルが担当していた仕事であるがそのほとんどが最終チェックをすればいい所まで進めてあった。


『ベリル、本当に頑張ったんだね』


 ベリルとジェットがトラグスファミリーの一員として拾われ、カインの近衛騎士として役職が与えられたとき一番にしたのが読み書きの勉強だった。

スラムで育ったとはいえどジェットは身内のためにと裏の仕事に手を染めていた。その関係か産み落としたジェットの親が最低限は教え込んだのかはわからないがジェットはまだマシだった。


 問題はベリルであった。


 一切の読み書きができず、教えようにもまずは幼子が覚えるようなことから始めなくてはいけなかった。

というよりかはまずは大人しく席につき、勉強をするという事を教え込むところから始まったと言っても過言ではない。ラピスがつきっきりになり時には飴を、時には鉄拳制裁を加えながら根気よく教え続け、読み書きができるようになっていた


 かつてのベリルを思い出し、あの時は大変だったなぁと微笑むと隣で仕事をしているオニキスが同じように笑いながらラピスのほうを見つめる。その顔はどこか諦めているようにも見えた。


「それに、大切な人のところにはいけるうちに行くほうが良いんですよ……」

「オニキスさん……前回は私が」

「その話はここではしない約束ですよラピス」


 間髪入れずに窘められ、ラピスは口をつぐんだ。

今ラピスがしようとした話はトラグス内でも厳重保護情報だ。こんな誰が聞いているかもわからないところでは話して良い内容ではなかった。

 ラピスははっとするとすぐに謝り、頭を下げた。オニキスも誰も聞いていないし大丈夫だと頭を上げるように告げるとまた書類へと目線を戻した。


「厳重保護情報ですが今のはまだ扉の前にすら立っていない。これなら聞かれた程度で狂わされることはないでしょう」

「だとしても、今の発言は少しずれれば危なかったです。ごめんなさい」


 シュンとして目を落とすラピスに気にしなくても大丈夫です、と返すとオニキスは軽く息を吐き出し、書類を整えた。


「ふむ、こちらの書類も大丈夫ですね。ラピスのほうはおわりましたか?」

「えっ、はやっ、ま、まだです!」


 オニキスの問いに大慌てで書類を確認しようとするもその書類の2/3ほどをオニキスにやんわりと奪われた。不思議そうな目でラピスがオニキスを見つめるとオニキスはにっこりと笑った。


「半分もらっていきますね。この調子だとすぐに終わるでしょうし」

「あ、ありがとうございます」


 部屋に静寂が戻る。

黙々と書類のチェックをしているとふいにオニキスがラピスに声をかけた。


「そういえばラピスは午後に予定はないんですか?」

「え?なんでですか?」

「いえ、私も今日は半休の予定だったのでどうせなら全員半休にしてしまおうかと思いまして」


 唐突な申し出にラピスは無意識に声のトーンが上がった。


「わ、わたしも、はんきゅうでいいんですか?」

「はい、仕事が終わっていれば、ですが」

「急いで終わらせます!」


 本来なら半休なんてめったにもらえない。せっかく半休にしようと言ってくれているのだ。これを逃さない人はいない。

書類のチェックスピードを上げたのが分かったのかオニキスは眉を下げた。


「無理はしないでくださいね。なんならすぐに終わりそうですし私に仕事流してくれてもいいですよ」

「いえ、自分で終わらせます!」


 せっかくの半休、自分の仕事をすべて自分だけで終わらせたうえで楽しみたい!

既に頭の中を半休でいっぱいにしてしまったラピスには、紅茶はいるか?というオニキスの問いは届かなかった。


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