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ノドの地  作者: 音切萌樹
第二章.変わらぬ日常
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24.「湿っぽくなったな」

 部屋の中にやってきた軽薄そうな青年は人当たりの良さそうな笑顔で軽く敬礼をした。


「しっつれいしまーす。ルーファ様さすがっすね!あ、俺バルドル様直属のレイン・パールって言うッス!この書類にサインお願いしまっス!」


 ヘラヘラと笑いながらレインはルーファに向かって書類と蓋の付いたままのペンを渡した。

ルーファはそれを受け取ると書類に目を通し始めた。


「薬品使用の書類ね、量と日時は……はい、了解よ。これをバルドルに戻しておいて」

「アザまっス!それじゃあ失礼するっす!」

「……騒がしいこ、だね」


 また慌ただしく出ていこうとするレインの背中に向かってロキがぼそりと感想を漏らすと、そこにいると知らなかったのか驚いたレインがネコキュウリのように飛び跳ねた。

 驚いたー、と胸に手を当てながらヘラヘラ笑っていると思えば急になにかを思い出したかのようにルーファの前に正座し、エイラの場所を知らないかと問うてきた。

チラリと手の中を見れば、エイラのサインが必要な書類が見えた。探しているのだろう。

ルーファは少しだけ考えると、あくまで想像だけど、と前置きした。


「エイラならこの間潜入調査モグラから帰ってきたばっかりだから訓練室にでもいるんじゃないかしら?潜ってたのにまた地下にいるなんて考えたくはないけれど」

「訓練室っすね!あざっす!行ってみるっす!」


 最期まで言葉を聞くことなく、レインは嵐のように去って行った。


「まるで、嵐みたいな人、だね」

「そうね……まぁ、バルドルのところの子だから、かもしれないわね」


 複雑な表情でルーファはぼそりと呟いた。聞こえてしまったのかロキも表情を暗くする。


「不当な扱いを受けていた、人たちの集まり……」

「それ、本人たちがいないところだけにしてよ?私たちにとっては過去の話しでも彼らにとっては今も続いてるんだから」

「わかってるよ、ルーファ」


 口をとがらせ、残ったサンドイッチを一気に頬張るとロキはそのまま席を立とうとした。


「あ、ご飯食べたなら薬を飲むの忘れないように。ロキは他の人間と体の構造が違うんだから薬は飲まなきゃだめだって言ってるでしょ」

「わかってるよ、ルーファ……先生」


 ロキの先生呼びにルーファは目を丸くした。


「あら、まだ私のことを先生って呼んでくれるのね」

「僕にとっては、いつまでも先生、だから……」

「うふふ、嬉しいことを言ってくれるわね。ほら、あと一つなんだから早く飲んじゃいなさい」

「わかってるよ、そんなに急かさなくても飲むから」


 複数の錠剤を纏めて手のひらに出し、水で流し込む。

その様子を見ながらルーファは大きくため息をついた。


「んー、昔のロキはあんなに素直に聞いてくれたのに今はこんなに我儘な子になっちゃって」

「……昔のことは、ほっといてよ」

「あら、『るーふぁセンセ、きょうはどんなおはなしを、してくれるの?』なんて私の後をひよこみたいについてきていたじゃない。可愛かったわ~」


 次々と出てくる思い出話にロキは頬を膨らませた。どれだけ否定をしようとも出続ける話題に次第にロキは抵抗を止めた。こうなってしまったらどう言っても聞いてくれないのは長い付き合いで知っていた。

 それでもロキは一言だけ呟く。


「でも、同時に僕は昔を思い出したくないよ、ルーファ先生」


 ロキの言葉にルーファはハッとすると申し訳なさそうに俯いた。


「そう、ね。楽しいこともあったけど、それ以上にひどい所だったもんね」

「僕は守れなかった。ミカもユリウスもファビオも……みんな」

「けど、そのみんなの想いを背負ってここにいる。そうでしょ、ロキ」


 ロキの顔を見上げるように見つめ、最大限腕を伸ばし頭を撫でる。

しばらく大人しく頭を撫でられていたロキは徐々に顔を上げた。


「……うん。ごめんね、ルーファ先生。えっと、ボス風に言うと、湿っぽくなったなってやつ?」


 アベルの物まねをしながらそう言うロキに思わずルーファは笑った。思ったよりもアベルのマネが似ていて驚いたのと、かつて他人に興味などないと言い切ったロキが他人のマネをしたことがとても嬉しかったからだ。


「うふふふ、そうね。湿っぽくなっちゃったわね。さあ、ロキにはロキにしかできない仕事があるだろうし私はここら辺で戻る事にするわ。私の仕事もまだ残っているしね。」


 立ち上がろうとするルーファの手をロキは掴んだ。どうしたのかと顔を向けるとパクパクと口を開いたり閉じたりを繰り返していた。


「うん、そうして。ルーファ、あの……」

「晩御飯頃にまた持ってくるわ。それじゃあ、あとでね」

「……うん、あとでね、ルーファ」


 何か言いたそうにしていたロキを横目にルーファは情報処理室を出た。

普段から人通りの少ない廊下はどこか冷めている様に見えた。

 コツコツと低いヒールを鳴らしながら廊下を進む。様々な発見が今日はあった。

これは研究成果として記録しなければ、と考えてしまっている自分に気づき、ルーファは大きくため息をついた。

 これだから、研究者という自分が嫌いだ。


「ごめんね、ロキ。私があんな研究を始めたばっかりに貴方にも他の実験体()にも大きな荷を背負わせてしまったわ……」


 一人呟く言葉は冷たく、静かな廊下に溶けて消えた。

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