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ノドの地  作者: 音切萌樹
第二章.変わらぬ日常
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閑話 ユダの誕生日

 その日、ユダは自室で行動を止めた。

前日まで特に何か変わったことはなかったはずだ。いつもと同じように紙紐を取り、箱にいれて眠りについた。そう、そのはずだった。


「何で、全部髪紐が切れてるんですか……!」


 目の前の箱を眺めながらユダは叫びあげるのを我慢して呟いた。

 ユダは妙なところでこだわりが強い。別段おしゃれに気を使っていると言うわけではないが、火曜日なら赤い紐というように必ず曜日ごとに違う色の髪紐で髪を結っていた。

その髪紐がすべて切れてしまっていたのだ。なんの前触れもなく、一夜のうちに。

 ユダはしばらく呆然と箱を眺めていたがおもむろに箱を机の上に置くとゆっくりと行動を始めた。


「まずは着替えて髪紐は……この際だ、要らないでしょう。どうせなら髪を下ろしているところはバレたくない」


 手早く外に出る準備を始める。いつもは結っている髪を下ろすのならば服装すらも変えてしまおうと奥底に隠していたものを引っ張り出す。


「まさかまたこいつに袖を通す時がくるとは……」


 引っ張り出した服を目の前で広げる。

それは紺色のロング丈のワンピースと白いストールだった。


 以前、要人のパーティにアベルが参加すると決まった時、護衛を選ぶためにアザゼルで会議が開かれた。

だが、そこでひとつだけ難点があった。


それは先方から指定された条件が必ず男女であることというものだった。


ボスであるアベルの参加は必須。

アザゼルの女性陣で一番パーティ事に慣れているエイラが任務で不在。

ルーファは見た目で除外。

クロナは一度は参加してもよいと返事をもらったがカルマ(保護者)がそれを許さなかった。

 次第に頭を抱えていくアザゼルの面々だったが、ふと同じように頭を悩ませているユダを見てカルマがピンときたと言うように「ユダでいいんじゃなぁい?」などと言う悪魔の一言を放った。

 もちろんユダは全力で拒否したが打つ手のなくなっていた男性陣からしたらカルマの一言は天の啓示のように聞こえていた。そしてそれは、次第に会議に参加していた女性陣にも伝染していった。


「確かにユダなら口調も丁寧だし……」

「髪を下ろせばワンチャン……」

「サイズならエイラの大きめの衣装が入るかもしれない……」

「化粧映えする顔しているし……」

「……え、いや、まってください?れいせいになりましょう??」


 結果から言うとユダは護衛としてついていった。

ルーファたちの言うように髪を下ろし、化粧を施したユダは女性と見間違えたほどだ。パーティのためにと様々なコネを使って肌から髪質から身体の隅の隅まで綺麗にしたかいがあったとアザゼルは笑っていた。

 ただ、これをきっかけに女性と間違われる率が爆上がりし、ユダの切れるスイッチになったのは言うまでもないだろう。

 そして今、そのときに二度と着るまいと誓ってクローゼットの奥底に仕舞いこんだこれをもう一度着ようとしていた。


「大丈夫、大丈夫。やつらに髪を下ろしているところを見られるよりましだ、そうマシなんだ」


 もはや自己洗脳のようにぶつぶつと何度も呟くと意を決してワンピースに袖を通す。

サイズは変わっていなかったらしく、最後に袖を通して数年たった今も丁度よいサイズ感を保っていた。


「喜ぶべきなのか悲しむべきなのか……」


 手順は心得たと言わんばかりに手早く準備を終わらせ、化粧を施す。自分で直せるようにとルーファに仕込まれたのがここで活きるとは。人生何が起こるかわかったものではないな、などと一人呟く。


「顔よし、服装よし、ストールよし……あとは」


 大きく深呼吸をし、ゆっくりと窓の方を振り返る。

ばか正直に部屋の扉から出た瞬間に誰かと鉢合わせなんて失態はおかしたくなかった。ならば部屋の窓から飛び出す方が早い。そうユダは考えていた。

 余談ではあるが、バートンの幹部であるアザゼルの面々は皆少なからず脳筋であることをお伝えしておく。


 ユダは窓を開け放つと周囲に誰もいないことを確認し、窓枠に脚をかけた。



 * * *



 バートンの屋敷から北側は町の中心部になっており、出店などが多く立ち並んでいる。

昼に差し掛かった街は活気と賑わいに溢れており、ふとした瞬間に人の流れに流されてしまいそうなくらいだった。

 そんな街の流れの中に一人、異質な雰囲気をまとった女性がいた。

長い髪を靡かせたスレンダーな美人だ。その女性とすれ違った街の男たちは皆一様に振り返るほど目を奪われていた。

その女性は、件の女装男子、ユダである。

街に繰り出しているというのに大きく騒ぎ立てられていないのはもちろん服装の件もあるが、ユダはバートンファミリーの幹部の中では任務以外で屋敷から出ることが少ない。そのため領地の人間であろうとユダの顔を知らぬものが多くいた。内外共に広く顔を知られているのは目立つバルドルやカルマくらいなものでユダの顔はそうそう街の人間には知られていなかった。


 人混みから離れ、大通りから一本抜けた路地に入り一息をつく。女装(この格好)ではまともに行動もできない。もっともあまりにも人の目を気にしすぎてユダが過剰反応しているだけともいうが。

 裏路地を進みまた違う大通りに出る。こちらの通り沿いにはユダが贔屓にしている店が数件ある。

人のことを外見だけで判断しないいい店だ。その中の一件にユダは向かっていた。


「あとはこの角を曲がれば……!?」


 曲がろうとしてすぐに物陰に隠れた。一度ゆっくりと深呼吸をし、もう一度角向こうの店を覗き込む。

見慣れた赤髪と高身長の浅葱色の髪が見えた。どう見てもよく知った顔である。


「なんで、バルドルとカルマがここに……!?今日の仕事はまだ終わっていないはずでしょう!?」


 アベルの側近はスケジュールをすべて頭に入れる事になっている。ユダも例に漏れず頭にスケジュールを入れていた。だが、なぜか今この場にスケジュールに外れて見知った二人が外に出てきていた。

 狼狽えていたユダだったが、徐々に冷静さを取り戻すと二人の会話に耳を傾けた。幸い、ユダのいる路地裏は風下になっている。風に乗せて声が届くしこちらの匂いが二人に届くことはない。

 神経を聞くことだけに集中し、ユダは風に乗ってくる二人の言葉の断片を辿りはじめた。


「つまり……だろ……ダは……まだ……」

「ど……せ……このみ……だろ……し……」


「いまいち、聞こえずらいですね……いったい何を……」

「ユダさんを探しているんですよ」

「うわあ!!!」


 アホみたいに声を上げてしまった。いつの間に背後に回られていたのか。驚いて飛び上がれば後ろから声をかけてきた人物は面白そうに笑いかけてきた。桃色の髪が頭の動きにあわせてさらりと流れる。


「くろ、な……?」

「はい。クロナです。自室からユダさんが消えちゃったのでお屋敷では大変なことになっているんですよ?」


 クスクスと面白うそうに笑うクロナを見つめながらユダは照れくさそうに頭を掻いた。


「それは、すみません……というかこの恰好を見て何も言わないんですね」

「……?あ」

「あって、気づいてなかったんですか!?」

「す、すみません!ユダさんだってことは感覚で判っていたので服装は気にしてなかった、です……」


 クロナは嫉妬を継いでいるせいか直感的な感覚が鋭い。今回もその感覚で目の前の人間がユダだと気づいたのだろう。まったく、アザゼルの面々は怖い。

 クロナの出現で気が抜けたのだろうか、また背後に迫っていた気配に気づけなかった。


「あっれぇ~クロナ、その人だあれ?」

「おう、こいつは……」

「……やっちまった」


 いつの間にか背後にいたカルマとバルドルにユダは頭を抱えた。

 バレたくはなかったのに。


「クロナ、この姉ちゃんだれだ?」

「あ、バルドルさんそれは……」

「ずいぶんな言いようですね、バルドル」


 姉ちゃんという言葉にやはり我慢できなかったユダが声を上げる。声を聞いてようやくだれかわかったのかバルドルがあっ、という顔でユダを見つめる。怪しく笑い声をあげながらゆらりと立ち上がった。


「どうやら一度バルドルとはお話ししなければいけないようですね……」

「い、いや、ユダ、それは違う!勘違い、そう!勘違いだ!」

「問答無用!!!」


 女性の恰好のままユダはバルドルを追いかけた。ケタケタとカルマがその様子を指さして笑い、クロナが心配そうな顔でバルドルとユダの姿を目で追った。

 しばらくすれば飽きたのか話し合い(物理)が終わったのかユダとバルドルは二人の元へと戻ってきた。

ひどい目にあった、と言いながらもバルドルはそれほど気にしていないようにへらへらしている。

黄色、赤、ネイビー、鮮緑色、金糸、茶色、朱色の全七種の髪紐を買い、ユダの買い物が終わると


「どうせ合流したのだから屋敷の備品を買って帰ろう」と誰かが言いだし、全員が頷く。


 道中、出会った街の人間に声をかけられ、少し会話を交えながら四人はそれぞれ備品を買い集め、屋敷へと戻った。




 そう、これは、いつかの平和な世界。


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