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ノドの地  作者: 音切萌樹
第二章.変わらぬ日常
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21.有給とは

 珍しく仕事をすべて終わらせ、有給というものを取った。

聞けば仕事をしているんだからきちんと取るようにという事だったが正直、よくわからなかった。

仕事なんて今の今までしたことがない。トラグスの屋敷でしていることだって誰でもできるような雑用ばかりだ。一応幹部という役職についてはいるがそれも名ばかりだと思っていた。


「どーすっかなぁ……」


 すでにやろうと思っていたことは終わっていた。義妹であるオリヴィーンの墓参りだ。

墓参りと言ってもしっかりとした形式はわからないから名前の刻まれた石の前に座って最近の近況をただ話すだけ。本人がその場にいるわけでもないからいつもただただむなしかった。


 ゆっくりと立ち上がり、街のほうへと足を向ける。せっかくの有給だ。気ままに外を歩くのもいいだろう。とくに何も考えることもなくジェットはただ街の中を散策し始めた。

中心部には出店が多くそこらかしこから良い匂いが漂ってくる。


「特に喰いたいとも思わねえんだよなぁ……」


 トラグスで世話になるようになってから極端に物欲が減った。もはや無くなったと言ってもいいのかもしれない。オリヴィーンがいなくなったからなのか自分が金の使い方を理解していないのか、はたまたその両方か。いずれにしろ、ジェットは何にも興味を示さず、ただ無気力に街を歩いていた。


「ありがとうございましたー!」

「今から値下げするよー」

「串焼きをエールで飲み干す贅沢はいかがー」


 街にあふれる様々な声を聴きながらジェットの足は自然と建物の間へと向かった。建物同士の影になってしまっているそこは少しジメッとしていて表通りよりも心地よいと思ってしまった。

 そのまま路地裏を進み裏通りへ出る。

裏通りとは言うがスラムを人当たりの良い言葉に変えただけで実質は治安の悪い地域である。

何かが腐ったようなにおいと鉄の匂い。そして人間のにおい。すべてが混ざり合って独特な臭いを発しているこの空気がジェットにはとても落ち着いて感じられた。



 裏通りをさらに進み、北東方面へ向かう。

裏大通りから小さな小道に入り奥に抜けると開けた場所に出る。

そこは少し丘になっていて裏通りの暗さとは一変し、表通りのような明るさや活気があった。


 柵で覆われた草原と小さな丘があり、丘の上には小さな教会が立っていた。

ジェットは柵扉を開き中に入ると、まっすぐに丘の上の教会に向かう。途中、丘の上から小さな影がこちらに気づいたようで慌てた様子で教会の中に入っていくのが見えた。


――――相変わらず、ここは来客が極端にないらしい。


 丘の上の教会につく頃には扉の前に大人や子供たちが勢ぞろいしていた。

扉の前で子供たちを守るように立っていた女性がジェットの姿を見て目を丸くする。

それを見てジェットはしてやった顔でニヤリと笑うと片手をあげた。


「よお、メリルばあさん。まだくたばってなかったんだな」

「アンタ、ジェットじゃないのぉ!まぁた目つき悪くなって!だれかとおもったわよぉ!」


 来客がジェットだと知るや否やメリルと呼ばれた女性はジェットの肩をバシバシと叩いた。ジェットもいたいと文句を言いながらも避ける気はなさそうだ。


 メリル・リブロン。彼女はこの教会でシスターをしている。


 シスターとは言っても正確には修道女ではなくみんなのお母さんと言ったところだろうか。彼女は教会を間借りして、スラムで育った行き場のない孤児を引き取っては育てているのである。ここではメリル(彼女)のいう事は絶対であり、守るべきルールである。もちろんそれはかつて一時期ではあるが世話になったこともあるジェットも例外ではない。


「あんた帰ってくるなら連絡くらいよこしなさいよぉ!夕飯は?食べてくのかい?」

「ばあさんもうボケたのか?まだ昼も過ぎてねえよ!」

「あら、アタシにばあさんだなんてアンタ生意気言うようになったわねえ!!」


 バシバシと肩を叩きながら大笑いするメリルに後ろ手様子を見ていた子供たちが困惑した表情でこちらを見つめていた。それもそうだ、不審者だと思ったらメリル(育ての母)が仲良さげに話しているのだ。誰であろうと困惑するだろう。


「あー、ばあさん。すげえ困惑してんぞ」

「え?あらやだ!子供たち、この子はジェットお兄さん。この人はここの卒業生だよ!」


 またバシバシと背中を叩くメリルをみて子供たちはようやく警戒が解けたのか一人また一人とジェットとメリルの傍に寄ってきた。気が付けばヒヨコの群れのようにわらわらと群がられていた。


「すごいふわふわ~」

「おにいちゃんけんかつよい?けんかつよい??」

「しゅごい、おにいちゃんの手おおき~」


 わらわらと集まってきた子供たちが好き勝手に騒ぎ出す。一人は体をよじ登りジャケットのファーを触り目を輝かせ、一人はメリルに向かってババアと言っていたせいか喧嘩強いのかと右腕を揺さぶられ、一人はファーを弄る子供と同じように目を輝かせながら互いの手の大きさを測っていた。

もちろんそれ以外にも子供たちは群がっており、とてもじゃないが一人でさばき切れる量ではない。

助けを求めてメリルのほうに視線をやれば、彼女はおかしそうに目を細めて笑っていた。


「……ばあさん、何とかしてくれよ」

「観念おし。ここの子供たちは興味が薄れるまで粘着するわよ~」

「ぜってーお前の教えだろババア!」

「ババアとは何だい!ババアとは!」

「やべえ!鬼が怒ったぞ!逃げろ!!」


 強制的にメリルを鬼にした鬼ごっこを始めれば子供たちはきゃーと叫びながら方々に走り出した。

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