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ノドの地  作者: 音切萌樹
第二章.変わらぬ日常
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20.「家族がいるから」

 廊下を進み、次々と扉を開けては目当ての人物がいないことにバルドルは思わずため息をついた。

 書類を届けるように指示した部下が一向に戻ってこない。中には早急に相手方のサインをもらい、自分が最終処理しなくてはいけないものもある。それすらも返ってこないのは問題だと結局指示を出したバルドル本人が書類を回収する羽目になっていた。

結局、書類の届け先にはもうずいぶん前に書いて使いの部下に渡したという反応が返ってきてバルドルは半分諦めていた。


「可能性としてはちょうど入れ違いになったってパターンか。だがザックはともかくアイツらだしな……」


 様々な可能性を考えながらバルドルは訓練室の廊下を通り過ぎようとして、止まった。


「……まさか、な」


 直属の上司の指示を放棄してまさか訓練場で遊んでいないだろう。そこまで子供ではないだろういや、相であってほしいと願いながらそーっと訓練場の扉を開け、中を覗き込んだ。


 はいってすぐ手前の部屋には誰もいないようだった。もちろん、入ってすぐの場所は訓練用の道具が置いてあるためそこにたむろするというのは考えにくい。ならば奥の広間だろうと再度気配を消して扉を開ける。中を覗けばやはり目当ての人物たちがたむろしていた。


 ルーファのところへ使いにやったレインところカルマのところに使いにやったネイン。さらにはボスのところに使いにやったザックまでもがそこに溜まっていた。


 ため息をつきながら部屋に入り込む。手を離れた扉がゆっくりと閉まっていき、音を立てる。

音が鳴ったことでようやくバルドルがいることに気づいたのかパール兄弟が慌て始めた。

 わざわざ屋敷中探し回った挙句、当の本人たちは優雅に遊んでいたのか。とバルドルは怒鳴りつけようとしたが慌てて駆け寄ってきたレインが飛びつきながら両手で口をふさいだ。


「バルドル様!シーッ!ちょっと静かにしてあげて!」

「レイン……お前頼んだ仕事はどうした?」

「あ、そ、それは……とにかく!こっちに来て!静かに!」


 レインに口をふさがれたまま静かに足音を消して近づけばそこにエイラが倒れこんでいた。

慌てて駆け寄ろうとするも周囲を囲む自身の部下が何もしていないことを見ると倒れているのではないのだと察し、近くに座り込む。


「……なんつー顔晒してんだコイツは」


 顔を覗き込んでみれば夢の中で何か美味しいものでも食べているのかとても嬉しそうな顔をしながら眠り続けるエイラがそこにいた。

そんな様子をパール兄弟が楽しそうに、満身創痍なザックが困ったように笑って見つめていた。


「……こりゃあお前らが静かにしてくれっているのもわかるわ」

「ですよねですよね!エイラさんめっちゃ可愛いっすもんね!」

「悔しいが兄さんと同感だ。フェルナーダ嬢のこんな無防備な姿初めて見た」


 マジマジとエイラの顔を見つめるパール兄弟を見てバルドルはため息をついた。


「お前ら、俺の指示した仕事を放置してエイラの顔ばっか見てたわけか」

「あっ……」


 パール兄弟の動きが固まった。


「ザックはこの感じだとエイラに捕まったんだろうなぁ。煽られてしぶしぶ付き合ったら止まらなくなったって感じか?」


 ニヤリと笑いながらザックの打撲痕を突く。痛そうに表情を歪めながらも声を出さないあたり配慮は完璧と言えるだろう。


「んでレインはルーファを探して右往左往、PC室(ロキんとこ)にいたからその帰りにここに寄った。ネインはカルマんところだがそろそろ月一の給金が近いから金庫室隣の部屋まで降りてきたらレインに捕まったってところか?」


 バルドルの言葉にパール兄弟が揃って顔を背ける。どうやら、図星のようだ。

二人の様子に深々とため息をつくと寝ているエイラを起こさないように抱き上げた。


「おら、お前らも仕事に戻れ。書類のサインもらっただけじゃ仕事は終わってねえだろうが」

「バルドルさんはどこに行くんっすか?」

「エイラ部屋に運んでそのまま執務室戻って書類捌きの続きだよ。誰かさんたちが書類持ってこねえから滞ってんだよ」

 そう言い残すと、エイラを起こさないようゆっくりと動きながらバルドルは静かに部屋を後にした。

普段は見ることのできない上司(バルドル)の姿に三人は思わず顔を見合わせた。


「はー、相変わらずバルドル様ってばエイラさんに甘いよなー」

「あれはもはや娘を見る目だな……」


 うんうんと頷くパール兄弟だったがふとネインがそういえば、とこちらを見た。


「そういえばあの二人って知り合いだって聞いたけどどこで出会ったんっすかねー」

「出身も違うよな」

「バルザーク様が東、フェルナーダ様が西だったはず……」

「東西に分かれた男女の傭兵の禁断の愛!?」

「俺はさっき組手してる時に旧友だって聞いたが?」

「なら兄さんの案は妄想ですね」

「んー、この案が違うとするとーなんか謎がさらに深まったっすねぇ……」


 たわいもない話をしながらザックはふとさきほどエイラを抱えた時のバルドルを思い出していた。

先ほどネイルが娘を見ているようだったと言ったがザックにはそうは見えなかった。


『あれはどう見ても……いや、これはあとでナナリーと話すほうが盛り上がりそうだ』


「ザックー!早く行かねえと仕事終わらないっすよー!」

「ああ、今行くよ」


 何も語るまい。他人が語ればそれは安っぽくなってしまう。

いつか、いつかあの二人が自然に気づく時まで。



 * * *



 ゆっくりと両手に抱えた荷物を降ろし、薄めの布をかけた。軽くなった腕を伸ばしながらいまだ動きを見せない荷物を見つめる。


「たっく、簡単に人前で寝るんじゃねえっての……まだ魘される癖に」


 困ったように呟きながらピッ、と眉間を抑える。辛そうに眉間に皺を寄せながら魘されるエイラの表情が少しだけ和らいだように見える。その様子を見ながらきょろきょろと部屋の中を見渡し、棚の上に置いてあった香水を少し高めの位置からエイラに振りかける。

 少しすると香水のにおいを感じ取ったのかエイラの呼吸音がすやすやと落ち着いたものに戻った。

その様子を確認し、安心したようにふう、と軽く息を吐き出すとエイラの頭を一撫でしてバルドルは部屋を後にした。


「……馬鹿ね。ここだから、家族(ファミリー)がいるから、気にせずに寝られるのよ」


 呟いた言葉は、静かに部屋に溶けていった。

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