11.薔薇狩り
銃声が響く。それは一度だけではなく、何度も何度も連続して鳴っていた。
元々、この地域は治安が悪いことで有名だ。ちょっとやそっとの銃声じゃ住民なんて気にも留めやしない。
「オラオラオラァ!俺様がお通りだぁ!」
両手に重火器を持ち、弾数など気にすることなくトリガーを引き続ける。
全自動で弾き出される弾丸は侵入者を撃退するためにやってくるヴィオレッタファミリーを次々とカーペットの上に沈めていった。
すでにその全身は返り血で真っ赤に染まっていた。
その様子を後ろから見ながら、ジェットは何度目かのため息をついた。
もともとバートンファミリーとトラグスファミリーは犬猿の仲だと言われているが、それはボス同士の仲が悪いからであって部下までそうだとは限らない。
バルドルはもとよりジェットも互いに細かいことは気にしない性格をしているが、さすがに今回のことはジェットにも思うところはあったようだ。
「なー、バルドルさん。さすがにやりすぎ、じゃね?」
「あぁ?なにがだ?」
「いや、さすがにグレーのカーペットが真っ赤になるのはやりすぎじゃねって思ってよ……」
ヴィオレッタファミリーの拠点であるこの屋敷は基本紫が基調ではあるが、カーペットなどはグレーなどのシンプルなものを使っていた。その分、客間や応接室などを豪華に飾っている様子だった。
そのシンプルなカーペットや壁紙が余すところなく真っ赤になっていればスラム育ちで血なまぐさいことになれているジェットも流石に不快感を覚えた。
「ジェット、お前はトラグスだな?」
突然の問いに、ジェットはすぐに答えられなかった。
数秒の間を置き、そうだ。と答える。
「俺はバートンだ。互いに顔を合わせれば基本的には殺し合わなきゃならねえ。その時お前はやりすぎかもしれない、って思ったらその武器を収めるのか?」
「そんなことしたら、俺が殺されるだろ」
「だが今お前が言ったのはそういう事だ。お前は今ヴィオレッタっていう敵を見逃せ、そう俺に言ったも同義なんだぞ」
バルドルの言葉にジェットは唇を噛んだ。いったい自分は何を考えているのだ。バートンの屋敷に行ったあたりから感情がぶれるように感じる。いつもなら押さえられていたはずの感情が、どうも抑えられなくなっていた。
「……すまねえ。アンタが血まみれになってるのは、見たくねえって思っちまった」
「なんだそりゃあ。戦ってれば血に塗れる。それに俺とお前が会ったのは初めてだろうが」
「そう、だな。そうだったな……すまねえ、任務に集中する」
その会話を最後にジェットは言葉を発さなくなった。何かを言いたそうにバルドルを見続けるが、我関せずといった様子でバルドルはヴィオレッタの殲滅を続ける。
『俺がナイフを使って相手の足を止め、バルドルさんがそれを重火器で打ち抜く単純な作業。そう、単純な、作業、なんだ……』
すでに事切れ、物言わなくなった人だったモノからナイフを引き抜くとジャケットのポケットに入っていたB・Bと刺繍のされた布切れを出してナイフの血糊を拭う。布切れは何度も血を拭ったせいかすでに血で汚れ、汚くなっていた。
「なぁ、バルドルさん」
「おう?なんだ?」
「……なんでもねえ。スマン、忘れてくれ」
何を言おうとしたのかはわかっていた。だが、言ってどうなるというのだ。すでに事は起きている。今から過去を変えることなどできないのだ。
「なあ、バルドルさん。あんたなら、どうするんだ……?」
呟いた言葉は噎せ返るような硝煙の香りと鳴り響く銃声によってかき消された。
* * *
ヴィオレッタの人間が無差別に弾丸の雨を降らせ、エイラは家具の影に身をひそめた。いくら弾丸の雨を降らせているからといってその数は無限ではない。どこかで必ず隙は生まれるはずだ。
お気に入りの銃に額を付け、目を閉じる。浅く呼吸を繰り返し、相手の呼吸と音を探る。
『一、二、三、四、五、六……前線にいる銃兵は六人と弾補充補助に三人の計九人。いや、後ろに一人、かな?それなら……』
銃の放つ音を聞き、或る程度の予測と作戦を立てる。目を閉じたまま、銃の弾補充も忘れない。
「まぁ、十人程度なら楽勝か……次の弾補充で突撃。前に六人、その後ろに三人、更に後ろに一人の計十人のはずよ」
銃声が途切れた瞬間、エイラは廊下に飛び出すと数メートル先にいる手下二人の眉間を連続で打ち抜く。突然飛び出すことによって動揺している隙に弾補充補助の三人を倒す予定だったが一人だけ冷静に避けたようで、避けられたことに表情には出さないがエイラは舌を打った。
普段、前線部隊という肩書を持ちながら前線にあまり出れていないこともあり自身の腕が落ちているように感じたからだ。
「まぁ、アタシには関係ないわね」
弾補充が終わる前にさきほど弾丸を打ち切った六人を撃ち殺す。ちょうど弾丸が切れたのでお気に入りをホルダーに仕舞い、同時にグロッグを二丁取り出す。
残りは二人。すでに弾補充も済んでいることだろう。あとは早打ちの問題だ。
一度も足を止めずに廊下を走り抜け、T字路で双方に銃を向ける。右に人影はない。
『左っ!』
勢いよく右手を半円状に動かし左を向く。一瞬見えた人影に向かって引き金を引こうとした。
「ちょ、ちょ、待って待って!あたしあたし!」
聞き覚えのある声に指の力を抜き、トリガーから指を放す。目の前には焦った様子のベリルがいた。
その足元にはさきほど隠れたヴィオレッタの人間が鞭で縛られていた。
「あら、ベリルじゃない。生きてたのね」
「これでもトラグスの幹部だからね。というかエイラさんは血浴びすぎ。せっかくキレイな顔なんだから血くらい拭いたら?」
ベリルはポケットを探ると刺繍の入った小奇麗なハンカチをエイラに差し出した。エイラは礼を言ってそれを受け取ると遠慮なしに顔の血を拭った。
「遠慮なく使わせてもらってるけど、いいの?これ結構高いやつじゃないの?刺繍まで入ってるし。えっと……E?あんたの名前ってベリル・バーランドよね?これあんたのじゃないの?」
「……知り合いからもらったのよ」
「そっかぁ~特定の異性でもいるのね~今度ゆっくり話しましょうねぇ~」
ニマニマと笑うエイラにベリルの顔が徐々に赤くなる。その反応さえも、エイラにとっては玩具になってしまう。
「そ、そんなことより!東棟側には目ぼしいものはなかったわ。あるとしたらこっちだと思って」
「西棟地下」
「……わかっててそっちに行ったのね」
「まあね。それじゃあ行きましょうか。御馳走は目の前よ」
嬉しそうに歩きだすエイラの背中をベリルは寂しそうに見つめた。
「エイラさん、いつか、ちゃんと話がしたいです。ちゃんと、あなたと」
振り返り、急げとこちらに手を振るエイラに今行きますと返し、急いで駆け寄る。
これは言えない。言ってはいけない。言ったらすべてが終わってしまう。
これは全てあたしの心のうちにしまっておかなければいけない。
エイラにバレないようにそっと深呼吸をする。どうか、すべてがうまく終わりますように。
久々の戦闘と噎せ返るような血の匂いで高鳴った心臓の鼓動が、ベリルの不安も奇妙な行動も、そのすべてをかき消していた。




