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初雪が降る前に  作者: 天ノ風カイト


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後編 『初 雪』

夜には初雪が降ると予想された、この日。


それは長い冬の始まりでもあったのです。



だから私は・・・その長く寒い冬をしのげる場所を、あなたに求めたのかも知れないですね・・・。

 今だって、これからだって、認めたくは無いし、認める事は無いのだけれど。

きっと他人が見たら、今、コンビニの中に一緒に居る悠一さんと彼女の事を『恋人同士なのかも』・・・或いは『恋人同士だろう』と思ったりするのだろうか・・・?


そして、電柱に身を隠しながら、そんな二人の様子を探ってる私の姿はきっと、ストーカーにしか見えなくもないのかも知れない・・・。


『本当は私が悠一さんの『彼女』なのに・・・・。』 


そう思った瞬間。


「ストーカーは、誰しもそんな考えなんだよ。」


突然、頭の中に、私をさとす誰かの声がした。


ゾッとする私・・・・。

『私・・・が?・・・ストーカー・・・?』


ほんの一瞬。

私の意識の一部は、今の自分はストーカーなのだと認めそうになった。

自分の目に涙が込み上げてくるのを感じ、足が震える。

「ち・・・違うよっ!」

私は胸の奥から沸き出した心の濁りを吐き出すようにして、掠れた小声で、それを強く否定した。

声と同時に吐き出した息がとても白くキレイだったのが、この時だけは救いに思えた・・・。 

私は数秒、途方に暮れ・・・そして、ハッとする。 

私は誰を憎んで良いか分からず、得たいの知れない悔しさに顔が歪むのを感じ、辺りを見回した。


『声の主など居る筈も無い・・・。』


それでも、直ぐに私の意思は、そんな〖誰か〗に反発する為に、髪を振り乱しながら首をブンブンと横に振った。  

「もう、いい加減にしてよ・・・っ!」

味方に成ってくれる人が誰一人居ない今の私の現実。

私は独り、辛さを紛らわす文句を言うしかなかった・・・。


『気持ちを切り替えよう・・・。』

マイナスの感情に支配されそうに成り、要らぬ方向に(たかぶ)った気持ちを落ち着かせる為に、私は今一度、空を見上げた。

またも溢れそうになる涙を辛うじて(こら)え、ビルの谷間から見える、北から南へとゆっくりと横切る灰色の雲を見つめる。

そうして、さっきまで私の視界を歪ませていた涙を、冷たく乾いた北風に溶かし込もうとしたのだ・・・。 



その(あいだ)。 


そのほんの少しの(あいだ)


私は二人から視線を外す。


私は知ってるよ。 

それは、短い時間の現実逃避。


私は意識して更に顎をクッと上げ、静かに目を閉じる・・・。


直後。


車の走る音が、私の頭の中に響き渡る。


その音が、時間と共に大きくなって私を包む。


それは、私の感覚が成してる事なのか、それとも交通量が増えただけなのか・・・・目を閉じた私には分からない・・・。


ただ私は、その〖雑音の世界〗を受け入れ、多くの人々が行き交う中で、冬の都会の空気に身を委ねた・・・。


周囲の乾いた喧騒が、悲しみに支配されそうだった私の世界を浄化していくのを、私は私の全てで感じ・・・そして、受け入れた。



何秒経ったろう?


私は目を開く。 


世界が一瞬で私の眼前と脳内に広がる。


ブレーキランプとウインカーが、自らの意思を伝える主な手段である車達が、都会の草食動物の群の様に連なり、走り抜けている。


そして、その向こうには、ナナカマドの木と二人が居るコンビニが見える。


椋鳥は・・・もう居ない・・・。



『何時までも逃げては居られない・・・。』


そうして視線を前に戻した私は、遠くの彼女をキッと睨む。


それが、今の彼女に何一つ伝わらなくっても、構わなかった。


『戦わないで負けを認めるなんて・・・・そんなの・・・。』


そう思った途端、私は私の味方を見つけた。

いや、初めから私がその事に、その存在に気が付いて無かっただけだった。 


そう、初めから何時だって『自分の最大の見方は自分』なのだと。


これは、悠一さんと、私の関係が問われてるのだと言う事なのだ。

私が、この恋を簡単に手放すとしたら、いや、悠一さんもそうだとしたら・・・それは、二人にとって『その程度の恋だった』と認める事になるのだろうから・・・。


そして、それでも、二人の・・・いや、悠一さんが、どう思ってるのかは分からないけれど、今となっては三人の事なのかも知れないのだけれど・・・。 


それでも、一番大事なのは・・・・。 


「・・・・・自分の気持ち・・・・だから。」


私は、ギュッと(こぶし)を強く握り、消え入りそうに成っていた、自分を取り戻した。


もし、これが童話だったなら・・・。

きっと、私がこの(こぶし)を前に突き出す様にして自分の目の高さに上げて、そっと手を開いなら、その手のひらの中には〖勇気〗と言う名の光が握られている事だろう。


『でも、これは童話じゃ無いから・・・。』


「自分で何とかしなければ、悠一さんは私のもとを離れてどこかに・・・っ!」


勇気と希望と悲しみとで、私の気持ちが高まった丁度その時だった。


永遠に出て来ないのではとさえ思いそうになった悠一さんと彼女が、コンビニ袋をそれぞれの手にぶら下げ、二人一緒に出てきのは!!


「長いよ!・・・・時間が無いって言ってたのに・・・!」

聞こえるわけもない悠一さんへの不満を、私は独り言として漏らす。

通りすがりの見知らぬ女性が、明らかに距離を取りながら私の横を歩き去るのを横目で捉えた私だったが、悠一さんの隣に居る彼女に聞こえる筈もないと知りながら無駄に声を出す事でも、今はせずには居られなかった。


これでやっと電柱から離れる事が出来た私は、道路を挟んでの二人の尾行を再び始めた。

『もう、彼女には気付かれてるのだけれど・・・。』


対象に気付かれてる尾行は、きっと尾行とは言わないのだろう。


『なら、これは追跡・・・或いは・・・。』


「或いは、やっぱり・・・ストーキングかも・・・。」


それでも、悠一さんには気付かれ無いようにと、細心の注意を払い距離を多目に取った私だった。


コンビニに向かってる二人を追うのとは違い、今度は行き先が決まってるのだから、見失う心配は無かった。

ただ、彼女の行動がとても気になる私は、自分で思ってる程には二人との距離を取れて無いのかも知れない・・・。

しかし、近すぎるのかと思い距離を取ると、言いようのない孤立感が私の胸の中に渦巻いた・・・。


様々な思考と感情が入り乱れて、前を歩く二人との距離をどう取って良いか分らずに、私の足取りは加速と減速を繰り返す。

しかし、そんな私の努力は彼女が私の事を悠一さんに言ってしまえば、どうにも出来ない事でもある。

詰まり結局のところ、初めに思ったとおり、今の私は、彼女に自分の運命を握られてる様なものだった・・・・。


そう。


そうだった。


悔しいけれど、そうなのだ。


それでも私には他に選択肢(せんたくし)は無い。

『今は、付いて行くだけ・・・・。』

それにしても、自分の孤独と比較してしまうからだろうか・・・?

前を並んで歩く二人は、とても楽しそうに見えた。 


『人の気も知らないで・・・・・。』

そんな事を思った私は、更に言わずには居られなかった。

「悠一さんの、バカ。」


勿論、その声はとても小さい。


見慣れたつもりで居た悠一さんの背中が、とても大きく見えるのに、遠くにあるように思えた・・・。


『きっと・・・冬用のコートのせい・・・・。』


そうして、来た道を半分程過ぎた時、私が彼女を初めて見た、あの交差点に差し掛かろうとしていた。

見ると、交差点は、たった今、悠一さんと彼女が渡ろうとする側の歩行者の信号が赤に変わったばかりだった。


『また、この信号・・・・。』


そして、交差点。


私は思った。

きっとこの交差点は、私は嫌いになるだろうと。

何故ならそれは、今も彼女が私の方(こちら)を向いて立って居るからだった。

そう、彼女は、信号で立ち止まると同時に、クルリと向きを逆に変えて、ほんの数歩後ろ向きで歩き、道路を挟んでゆっくりと歩く私の方にチラリと視線を送った後、そのまま悠一さんに向き直ったのだ。


『見てるぞ・・・・って、わけですか・・・・。』


彼女は、(したた)かに、私を牽制した。

きっと彼女は、私は今は何も出来ないと思ってるのだろう・・・。



だからかな?


そう!

だからだった!!


元来内気(がんらいうちき)な私は、きっとこの瞬間、その内向的な思考と思いが限界点まで落ち込んだのだと思う。

だから、行き場の無くした思いは、一気に反転してしまったのだ!

マイナスとマイナスを掛けるとプラスに転じるアレだ!!


それは、例えるなら、後先考えずに引き下げ脱いだストッキングが、裏返しに成るのに似ていた!!

(勿論、悠一さんの前で、そんな事をしたことは一度も無い!!)


そう!今この冬の都会の路上で、全てでは無いけれども〖私が何かを脱ぎ捨てる〗と言う意味では、その例えは本当に同じだった!!


この先の未来の私は、そんな今の私が取ろうとする行動を、もしかしたら・・・・きっと、もしかしたら・・・。


〖あの時は、若かったから・・・・。〗


とか言って、懐かしむのかも知れない。


そして今。 

憎い信号は、それこそ憎い計らいで、道路に隔てられてた私が交差点を渡るのを青信号で助けてくれた!

だから私は、その助けを借りて、未だに信号待ちをして居る二人に駆け寄る事が出来たのだった!!


私は、ハッキリと声を出した!

「お兄ちゃん!」


『お兄ちゃんって誰?』


自分の発した声に私は驚いた! 

同時に、近づく私を意識して居た彼女も、突然の出来事に明らかに驚いて居た。

それは、彼女の顔を見れば明らかだ!


作戦の立案が後に成った私の奇襲作戦は、見事に成功した!!


この先は、何の策も用意してないけど・・・しかし、もう後戻りは出来ない!


だから、だったろう。

この時の私が捨て身に成れたのは!


私は『お兄ちゃん』と呼んだ悠一さんに向かって駆け寄った。

ハッと驚いた悠一さんの顔。

その一瞬の表情を。そして仕草を。女性特有の観察眼で見つめる彼女。


何の準備も無く飛び出した私は、文字通り飛び入りで『この舞台上ぶたいじょう』に駆け上がったのだ!


私は、もう引っ込む事は出来なかった!

だから、同じ信号を待つ見知らぬ周囲の人々が、ほんの一瞬の観客でしか無いこの舞台に私は(のぞ)んだ!!


「やっと見つけたよ!悠一兄ちゃん!」


台詞は間違っていた!

何故なら、この台詞では、彼女を騙す事など出来る筈も無いからだ。


この時の私の目は、どんなだったろうか?


私は、悠一さんにどんな表情を見せてただろうか?


全ては賭けとしか言い様の無い一瞬の判断を、私は悠一さんに迫ったのだから、きっと彼は酷く混乱してたに違いないのだけれど・・・やっぱり私も混乱してたから・・・強引に迫ったのだろう・・・。


ほんの一瞬、悠一さんは、斜め後ろの彼女の方を横目で見た。


そして、直ぐに「あ・・・・。ああ、アユかぁ・・・ビックリしたぁ。」と、言った。 


悠一さんは、本当にビックリしたに違いなかった。


何故なら、私は人生の中で一度だって呼ばれた事の無い『アユ』と言う名前で呼ばれたのだから・・・。

しかし、私も戸惑っては居られない。

直ぐに即興の台詞を返す。  

「今日は私の親が家を留守にするんだって、この前、悠一さんに話したら。それなら悠一さんが夕飯をご馳走してくれるって約束だったでしょ?だから私、来たのだけれど・・・。」

私はそう言って、有る訳が無い出任せの約束を果たしてもらうよう、悠一さんに迫った。

「ええっ?っと・・・。あ!あぁ・・・そうだった。ごめん、ごめん。」

私にの勝手な行動で追い込まれてる筈の悠一さんだったのだけれど、私に返してくれたアドリブは上々だった。


だから私も続ける。

「まだ、お仕事終わらないの?」

そう言って小首を傾げて見せる私は、白々しかったろうか。


「え?・・・・ああ、あと3時間ぐらいは掛かるかな・・・。」

頭を掻きながら、すまなそうに答える悠一さん。 

それは本当だろう。

そして、すまない事をしてるのは私だった。

「えー。そんうなんだ・・・。」

それなのに、私は残念そうにしたのだった。

「ご・・・ごめん。」


この舞台の行方に不安を隠せない悠一さんの姿に、殆ど無意識だったのだけれど、この時の私は悠一さんと付き合ってから始めて・・・そう、初めて彼に対しての[悪戯心](いたずらごごろ)が芽生えたらしかった。


だからだったろう。


スカートの中から伸びる黒いストッキングに包まれた自分の両脚を軽く擦り合わせながら私が訊いたのは。


「そう・・・。じゃあ、待つのは仕方ないから良いけど・・・でも、先にそれを食べて、夕食を一緒に食べられるの?」と言った私は、悠一さんが持ってるコンビニの白い袋に視線を移して、ちょっと意地悪な質問をしたのだった。 

すると悠一さんは、慌てて手に下げたコンビニ袋を自分の目の前に上げて「え?ああ~・・・これはサンドイッチだから、大丈夫だよ。」と、説明してくれた。 

きっと、これぐらいの量は大して食べた内に入らないと言う説明なのだろうと、内心クスッと笑った私は「そう、なんだ。」と、答えながら、悠一さんの横に立ち私たちの様子を少し後ろの方で窺う彼女の方を見た。 


「ちょっと、小腹が空いたから・・・悪いと思いながらも先に買ってしまったんだ。」

そう言って少し困惑した表情の悠一さん。

「もう、しょうがないな~お兄ちゃんは。」

そんな悠一さんに私は、二人っきりでも滅多にしたことが無い甘えた態度で応えた。

すると悠一さんはハッと思い付いた様に「ああ・・・何ならこれ食べるかい?僕よりもお腹空いてるんじゃ?」と、私に訊いてくれた。


直後。

「要らない。」と、私は素っ気なく口を尖らせて答えた。


即答する私に少し驚いた悠一さんは「そう・・・。」と、残念そう言った。


そんな悠一さんに、私は機嫌をなおした様に「今食べると、夕食が美味しくなくなるし。こう寒いと、外で食べる場所も無いから!」と明るく、それでいて健気(けなげ)に答えた。 


「う~ん。そうか・・・。」

悠一さんは、こんな状況に無理やり巻き込まれてるのに。いや、悠一さんにして見れば、巻き込んだ張本人は私なのに、純粋に私の事を心配してくれてる様だった。


すると、ここまで私達の様子を静観して居た彼女が、いよいよ、この奇妙な舞台の上で動き出したのだった。


『きっと彼女が私に付けている役名は、今はまだ〖アユ(仮)〗に成ってるに違いない・・・。』


そんな状況に何故かしら私は優越感を感じた。

しかし、その直後。

彼女は極当たり前の言葉を発したのだけれど・・・それにしても嫌な聞き方をした。


「誰ですか?この子は?」

ある意味知ってるくせに、何も知らない振りをして彼女は私を見ながら悠一さんに言ったのだ。


『この子?』


私は彼女の言葉に、一瞬、ムッ!とした。


そんな中、本人は理解していないけれど、結果的に板挟み状態である悠一さんは、必死にこの状況を納めようとした。

 

「あ?ああ・・・・僕の親戚の娘さんで『アユ』って言うんだ。」

そんな悠一さんの言葉に、どうして主役の私が偽名なのかと一瞬思ったのだけれど、今はそれどころでは無かった。

「初めまして。悠一さんが何時もお世話になってます。」

私は、ことさら丁寧に挨拶をする。

お辞儀をして、下を向いた私の視界には、首に巻き付けたマフラーが、垂れ下がって揺れているのが見えた。

『私がお辞儀をしている時間を計る、振り子時計の振り子かしら・・・このマフラーは?』

年上相手に緊張してるからなのだろうか?

私は又してもどうでも良い事を考えて居た・・・。

『でも、本物の振り子時計って・・・・どっかで見た事あったかな?』

マフラーが小さく二往復するのを見届けた私は顔を上げ、満面の作り笑顔で彼女を見た。


彼女もニコやかだった・・・・・そう、怖いぐらいに・・・。


ぐらいじゃ無く・・・・本当に(こわ)かったのだけれど・・・。


だから私は、彼女から受ける威圧感で後退りそうになる脚を必死に引き留めた。 


「ふ~ん。女子高生の親戚だなんて、悠一さんには随分大胆な人脈があったんですね~。」

そう言いながらスッと目を細めた彼女は、悠一さんの横に立った。


「親戚だから・・・人脈と言われてもね・・・。」

そう苦笑いしながら答える悠一さん。


「もっと違う表現の方が良かったですか?」

彼女が勘で察した悠一さんと私の関係ではあったのだけれど、当然ながら証拠はまだ彼女の手の中には無いのだ。

だから、今を取り繕う私達は、このまま嘘を本当として彼女に見せるのが得策だった。

そう、それは本当は私のためと言うよりは、悠一さんのためなのだったろうけれど・・・。


でも、やっぱり私のためだったかな・・・。


だから私は、彼女が遠回しに言ってる事の意味など理解できないふりをした。

「それなら、私はどうしょうかなぁ・・・。」

私はそう言って、悠一さんに『この後の二人の予定』をそれとなく・・・いや、それと分かる様に尋ねた。

約束も交わしてない・・・しかも残業が残ってる悠一さんは、突然の私の訪問になんの準備も有る筈が無かった。


私はこの時、知らず知らずの内に悠一さんの私への思いを確かめようとして居たのだろう。


想えば私も(したた)かだった・・・。



「なるべく仕事を早く終わらせるから、アユちゃんは、近くのカフェで待っててくれないかな?」

悠一さんは私にそう言ってスーツの内ポケットから財布を取り出した。

そして、左手にサンドイッチの入ったコンビニ袋と財布を持ち、開いた財布の中から私に千円札を差し出した。

「え?良いの?」

こんな時、大人は普通こうするだろう。


でも、この時の私は素直に驚いた。


「良いよ。待ってる方がたいへんだろうから。」

そう言った悠一さんの声はとても優しかった・・・。 


無意識に私は、冷えた私の身体を悠一さんに近づけていた。 

胸の奥がギュッと締め付けられるのを感じ、私は唇を開きかけた。 


『悠一さんを待つのは辛く無いよ!』

私はそう言いたかった・・・!


しかし、実際に私の口から出た言葉は違っていた。

「あ・・・そうだね。うん。じゃ、どこか近場のカフェに入って、温かいココアでも飲みながらまってる・・・。」

悠一さんの温かな手から渡された千円札を見詰めながら、私はソレしか言えなかった・・・。


気持ちが沈んで行くのを感じた。 


その直後だった。

「ごめん。寒い思いをさせたね。」

悠一さんのその言葉に、私はハッとして顔を上げた。


『悠一さんは、優しい・・・。』


彼がお金を渡してくれる時、わずかに触れた私の冷えた指先。

その伝わった私の体温で、今日の今までの私の行動全てを悠一さんに伝えられた様な気がした。

私が、その背丈の差で見上げる私の目の前には、彼の優しさに満ちた眼差しが向けられていた。


私は無意識に、ほんの3分の1歩、左足を悠一さんに向かって踏み出していた。


ああ・・・今。

この場所が二人の事を何一つ知らない人達しか居なくて、それもどこかの素敵な外国とかだったりしたのなら・・・。


きっと私は間違いなく。

そう、絶対に。

『悠一さんとキスをしていたことだろう。』


しかし、現実は違っていた。


「じゃ。僕達は仕事に戻るから。」

悠一さんは私にそう言うと、優しい眼差しで私を見た。

今以上のワガママを言えもしない私は、ただコクンと頷くしか出来なかった。


「じゃ。もう良いですか?私達は仕事が残ってますから。」

何気に勝ち誇った様な彼女の言葉と態度に、私は一瞬、攻撃的な視線を向けてしまった。

すると、その意味を見透かした様な彼女は、ニコッと冷めた微笑みを私に向けた後、直ぐに悠一さんを見上げ「では、早く戻りましょう?私達の居場所に!」と言って、悠一さんのコートの右袖を左手で摘まんだ。


その横顔は〖ムカつく程に甘えた女の顔〗だった事を、私は一生忘れないだろうと、この時は思った。 


別れ際、悠一さんは少し困った表情で、私に少し間の別れを告げた。


そして、二人はまた勤め先のオフィスへと遠ざかって行ったのだった・・・。



 憎たらしい彼女の存在も、一つだけ私に良いことを残してくれていた。

それは、この後少しの間だったのだけれど、私は彼女への怒りのお陰で冷えた身体を少しだけ暖かくする事が出来たからだった。


しかし。


しかし、だった。


氷点下に迫るこの夜の気温の前には、5分も持たなかった・・・。


「やっぱり、寒い・・・。」 

あれから何度信号か変わったろう?


気がつけば人々が行き交う街の交差点に一人、私はまたしても取り残されて居たのだった・・・。


それから私は、体を暖めうる場所を探そうと思い、スマホを取り出した。

それは、今日の今迄。この街で私と悠一さんが逢う時には、いつも悠一さんの勤め先のオフィスから離れた場所にしてたからだった。

それは勿論、悠一さんの会社での立場に良くない影響があると思っての行動だった・・・。

『でも、もう。彼女を通じて、ある意味バレてる二人なんだよね・・・?』

悠一さんに取り残され少し沈みかけてた私の心は、そんな考えをする事で微かに高ぶり、勇気が湧いてきたのだった・・・。



 アメリカのチェーン店のカフェで、私は一人、ホット・ココアを飲み終えて居た。


凍てつく空気を押し退ける様にして行き交う人々を、そのカフェの2階の窓から見下ろしながら・・・。


あれから2時間程は経っただろう。


悠一さんと、その後輩の水何(みずなん)とかさんとか言う女性社員と別れた後に、私がここに入って飲んだココアは本当に美味しかった。


それは、店員さんからカウンターで受け取った時には、私の凍えかけた指を暖めくれたし、カップから立ち上る香りにも癒された。


それから階段を使って2階に上がった私は、一人なので仕方なく座った窓際のカウンター席に座った。

そして、熱いココアの入った紙コップを両手で抱えて、少しの間、手のひらも暖めた。

窓際なので、室内の温かな空気が冷やされて足元と流れて行くのを感じはしたけれど、さっきまでの外の世界と比べると生きたまま天国にたどり着いたかの様だった。

ココアの入った紙コップを傾け、そっと一口飲むと、カカオの香りが口いっぱいに広がり、一瞬で幸せな気持ちにさせてくれた。


『天国に居ても、幸せには更に上があるのね。』等と、私は自分の身に起こってる事を妙に関心しながら、一人前の幸せを味わって居た。


だがしかし、それは一瞬で終わってしまった・・・。


それは当然だった。


私はホット・ココアを飲む為に、寒空の下、都心部までやって来た訳では無いからだった。

悠一さんにはもう、私の居場所はメールで送っていた。

それに対しての返信は【ごめん。なるべく早く終わらせる。でも君の親も心配するだろうから、待てなかったら帰って下さい。】・・・だった。


親には【ユキちゃんの家に寄って一緒に勉強するので、帰りは遅くなります。】と、下校中にメールを送っていた。

ユキちゃんとは、私のクラスメイトで、時々、私の〖放課後の行動の保証人〗になってもらってる親しい友人だ。



私はカウンターに置いてたスマートフォンを手に持ち、時間を見る。


時刻は、20時36分・・・。


18時頃には、この街にも雪が降り出して、明日の朝には少し積もると言う気象予報士の予想は、今のところ外れていた・・・。


それは、今の私にとっては都合良い事ではあったのだけれど・・・あの女性と悠一さんが話してた時に、悠一さんが言った言葉を想うと、やっぱり少し複雑な気持ちになった・・・。


『私がまだ、小学生だったなら、きっと今夜の雪が早く降り出して、少しでも早く積もることを願っていた事だろう・・・。』


子供の頃は、雪が降り積もるというのは、雪ダルマを作ったり、雪合戦をしたりと、スキーをしに行ったりと・・・只々楽しい事ばかりだったのだから・・・。


それでも、高校生にもなって初雪に期待を寄せてる私は、もしかしたら、まだ子供なのだろうか・・・?


『でも、この後はデートは、大人のデートですから。』


私は自分の考えを、最後は強引に、そうまとめた。


そんな事を考えながらも、手にしてたスマートフォンを片手で操作し、もう一度、悠一さんのメールを読み直した私は思った。


『私の事を心配する悠一さん・・・。だけど(むし)ろ私には、悠一さんと彼女の事の方が余程心配なのだけれど・・・。』


と・・・。


『悠一さんって・・・頭良いけど・・・。』

「鈍いからなぁ~・・・。」


フゥーっと溜め息をついた私は、カウンター越しの窓に写った私とが目が合いハッとした。

それから私は、ガラスの彼女から視線を外し、フゥ~・・・っと、小さな溜め息をもう一度ついた・・・。


〖ヤルセナイ〗ってこんな気持ちなのかな?


私は中身を失った紙コップをプラスチック制の上蓋(うわぶた)に付けられた飲み口の隙間から除き込みながら、そんな事を思った。


それで私は、この席をキープする為に、このまま紙コップを残して一度席を立ち、今度は甘いキャラメルとか、チョコレートとかのホット・コーヒーを注文しようと立ち上がろうとした。

すると同時に、着信音を小さくしていた私のスマホが鳴った。

見ると、その画面には悠一さんからのメールが届いた事を通知していた。

私は直ぐにメールを開いて読んだ!


【君の待つカフェが見えてます。直ぐに着きます。】


この瞬間!

端から見たら、私は嬉々として自分の席を片付けてた事だろう!

お世話になったココアの入っていた紙コップをセルフサービスのカフェの手順道理に片付けた私は、テレビの動物番組で見た猛禽類の〖ノスリ〗の様に2階からの階段を高速で駆け下り、店内を行き交う人達と注文カウンターに立ち並ぶ人達との間をサッとすり抜け店を出た。


それからはもう、走った!! 


悠一さんは、今まで私が居たカフェの近く迄来てくれてるというのに!


雪雲を運ぶ冷たい北風を突っぱねて走った!!


私は走ってる間の記憶が飛んだのだろうか?


それとも、記憶し忘れたのだろうか?


気づけばもう、私は悠一さんの前に立って居た!!



「ごめん。待たせたね。」

それが再会した悠一さんの最初の言葉。


「ううん。全然待ってないよ。」

それが私の返した言葉。


カフェの在る商業ビル街の歩道。

彼は一人だった。

つまり、アノ彼女はここには居ない。


私は周囲をキョロキョロと見渡す。


「どうしたの?」と、彼の声。


「ううん。何でも・・・。」それが私の答え。


「じゃ。行こうか?」悠一さんが私を誘う。


「どこに?」思わず胸が高鳴る私。


しかし、悠一さんは事も無げに言う。 

「お腹が空いてるよね?何処か食事のできる場所へ。」


私は少し肩透かしを食らった様な気持ちになり「店内が明るい、ファミレスみたいな場所?」と、言葉の中に、ちょっとだけトゲを隠して聞き返した。


「その方が、学生の君には安心だろうと思うよ。」

又しても悠一さんは、事も無げに答える。


「〖は〗って・・・悠一さん〖も〗ってこと?」

さっきまでの幸せ全開の私は何処に行ったのだろうか?

気付けば私は、やっと逢えた悠一さんに突っ掛かって居た。


「いや・・・それは。」

困惑する悠一さん。 


「それとも、悠一さん〖が〗ってことかな?」

止まらない私の想いが、尚も悠一さんに突っ掛かかる。



喧嘩をしに私はここまで来たのだろうか?



この時、悠一さんに言ってしまった言葉を放った私の口が、私は憎かった・・・。


「だって。君は高校生だよ?親でも無い大人の男と二人だけで街を歩くだけでも、不信に思われても不思議じゃないんだよ?」

そう言った悠一さんの声の響きは、とても優しかった。

でも、それだけに、とても冷たくも響いて聞こえたのは、私の感覚がおかしくなってるからだろうか・・・?


それとも、彼の放った言葉が私の耳に届くまでの間に、冷たい北風で冷やされてしまったからだったろうか・・・。


不満と混乱のなかで、冷静な判断が出来て無いと分かっていた私だったけど・・・もう、言わずには居られなかった。


「それって?本当に私の為?・・・それとも・・・。」


言ってはいけない言葉だったろうか・・・?


僅か17と数か月の小娘が大人の男性に向かって。


いくら男女同権の時代でも。


人類皆平等であっても。


「それとも、悠一さんの社会的立場を守る為ですか!?」


言った直後。

私の足元は、とても不安定な感覚になり・・・そして、一瞬で視界が歪んだ・・・。



涙のせいだ! 


『どうして!?どうして私が泣くの!?』


ショックだったのは悠一さんの方なのに!


私は私の(ずる)さに苛立った。

すると、それがまた、涙を溢れさせた。


こうなると、どうにもならないと、私の心と思考は悟れないのだろうか・・・っ!? 


「僕は君に、とても辛い思いをさせてたみたいだね・・・。」

そう言って悠一さんが差し出してくれた灰色(グレー)のハンカチは、その色が示す言葉の意味とは逆に、悠一さんは自分の気持ちを私に示してくれようとしていた。


「今夜は、君が行きたい所に行こうか?」


驚き、悠一さんの顔を見る私に、彼は優しい眼差しを私に向けてさとす。

「但し。君の年齢で入れる。それも学校が辛うじて許してくれそうな場所までだよ。」



私は思い知った。


いや。思い知らされたって事なのだろう。


それは、今の二人の社会的な立場。


その中で最大の思いやりと優しさを示してくれる悠一さん(かれ)の想い。


そして何より・・・既に子供の純真さを失っていた、私のズルさだった・・・。


「じゃ・・・雰囲気の良いレストランに私を連れってって下さいっ・・・!」


自分のズルさに嫌気がした私だったのに、そんな要求を不思議と素直に言えた。


「うん。」と頷いた悠一さんが、人目も(はばか)らず私の手を取ってくれたのは初めてだった。


だからもう、それだけで全てが報われた。


私は、ビルの谷間から噴き出す冷えた空気が、自分の頬から出る熱で急速に暖められ天高く巻き上がるのを感じた。


『私の熱で雪雲が散らされたりしないよね?』


私達は手を繋ぎながらビルの立ち並ぶ歩道をゆっくりと歩いた。


悠一さんに涙を見られるのが恥ずかしいからなのか、それとも二人が手を繋ぐ姿が見知らぬ人々に見られるのが恥ずかしいからなのか、私は自分でも分からないまま、うつ向いていた・・・。


悠一さんと繋いだ左手から伝わる熱は、全身へと広がり私を暖めてくれた。


「不思議・・・悠一さんの手の暖かさを感じると、外はとても寒いんだなって思う・・・。」


そう言った私は、さっき悠一さんから手渡された右手に持ったハンカチで涙を拭いた。

でも、それでも涙は後から後から溢れて止まらなかった。

私は、グスッと鼻をすする。

「鼻水も拭いても良いですか?」

自分でも冗談なのか本気なのか解らずに訊いた言葉に、悠一さんは「良いよ。」と、優しく応えてくれた。


うつ向いてた私は、思わずその背の差でもって悠一さんを見上げた。




一片(ひとひら)の雪。




それが私の右目の睫毛(まつげ)にのった・・・。


それで右目の視界が白く霞む。



私は、無意識に左目を(つむ)った。

きっと、突然に自分の右目に舞い降りた冬の妖精を、その姿が消滅する前に見たかったのだと思う。

だらか私の右目から見たこの街は、睫毛の一片(ひとひら)の雪で白く霞んで見えた。


『キレイ・・・。』

私はそう思いながら、この瞬間を二人で迎えられた幸せに脚を止めた。


風が弱まったこの時、雪は静かに舞い降りていた・・・。



これが合図になったからかな?


私の左を歩いてた悠一さんの方からは、私が両目を(つむ)って、彼を見上げた様に見えたのだろうか?


それとも、悠一さんはもう・・・こうすると決めていたのだろうか?



真っ白な初雪が振りだした街の歩道。

二人は、その上でキスをした。


行き交う人々も気にせずに・・・。


それは、ちょっとだけ長い時間だったから・・・二人の黒髪には、白い雪が積もっていきました・・・。


だから、キスを終え、(まぶた)を開けて互いに見つめ合った時。

私には。重ねた年月で白髪混じりになった悠一さんが目の前に居る様に見えました。 


そして、悠一さんが見た、雪が降りかかった私の姿は、誓いのキスを交わすために白いベールを上げた花嫁の様に見えたのだそうです・・・。


いつも優しい悠一さんでしたが。

こんなにも優しい眼差しを、私は今まで知りません。


そして、忘れる事も無いでしょう・・・。


降り出した雪が乾いた路面を濡らす中で、二人見つめ合った、この瞬間。

悠一さんは二人の未来を決めたのだと・・・少し後になってから教えてくれました・・・。


思わず悠一さんに抱き付いた私は、彼の肩越しに、街灯に照らされ白い綿帽子をかぶった真っ赤なナナカマドの実が風に揺られてるのを不思議な気持ちで見ていました・・・。




この日

 ビルに囲まれた

   冬の都会の真ん中で 

       

 初雪が降る前に

  私は貴方に逢えました・・・。




  

書き始めてから3度の冬を越え、4度目の冬を迎えてしまいましたが、無事に書き終える事が出来ました・・・。


読んで頂きまして、有り難うございました。

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