第五話:暴走する長老と虹色の推薦状
「……な、なんだ、この神聖な気配は……っ! 森の精霊たちが、かつてないほど歓喜に震えて狂喜乱舞しておるぞ!」
エルフのキャンプ地に、地響きのような大音声が轟いた。
現れたのは、長い白髭を地面にまで引きずり、仰々しい宝石のついた杖を手にした、エルフの里の偉い長老さまたちだった。
背後には、いかにも厳格そうなエルフの近衛兵たちを大勢従えている。
昨日、私は「死に水」の恐怖に怯えながら、生き残るために必死でお粥を作ろうとしたのだ。
しかし、私は焦りすぎていた。
またしてもお米をドロドロに潰してしまう。
(あ、圧倒的につぶれすぎちゃった……!)
私は必死で焦げ付きを隠そうとした。
『聖樹の黒甘豆』で作った、ドロドロの黒泥ペーストで中身を包み込む。
結果、昨日と全く同じ大惨事が完成した。
――ただの、美味しい『おはぎ』である。
それを食べたセレノさんたちが、あまりの精神平穏効果(※ただの和菓子の優しい甘み)に感動しすぎて、わざわざ里の最高権力者たちを呼び寄せてしまったらしい。
長老さまは、お皿に残った最後の丸い塊を口に放り込むと、その場でガタガタと杖を震わせ、大粒の涙を流してその場にへたり込んだ。
「これぞ、数百年前に失われた『世界樹の平穏』そのもの……っ!」
長老さまはガタガタと杖を震わせ、大粒の涙を流した。
「張り詰めた魔力回路が、かつてないほど優しく、深く癒やされていく!」
「ちょ、長老さま!?」
周囲の近衛兵たちが慌てるのを他所に、長老さまはさらに目を剥く。
「この瑞々しいモチモチ感! 脳を優しくとろけさせる黒甘豆の調和は、まさに神の領域じゃ!」
そのままドサリとその場にへたり込み、天を仰いだ。
「この人間の娘は、精霊が我らエルフの救済のために遣わした、至高の聖女に違いない!」
「長老、分かっていただけましたか。ルリは我がパーティーの、いいえ、エルフの歴史における最高の至宝なのです」
セレノさんが我が事のように誇らしげに胸を張る。しかし、長老さまの瞳に、ギラギラとした怪しい光が灯った。
「何を言うか、セレノ! このような世界の至宝を一介の冒険者ごときで独占するなど言語道断!」
長老さまはギラギラとした怪しい光を瞳に灯し、身を乗り出した。
「ルリ殿を今すぐ我が里の『永久聖女』としてお迎えする!」
「え、ええっ!?」
「奥の神殿に厳重に隔離――いや、監禁するのじゃ! 外の世界の不浄な者たちから遠ざけねばならん!」
長老さまはヨダレを拭うのも忘れ、凄まじい鼻息で杖を突き出す。
「そして毎朝毎晩、我らのためにこのモチモチの神の団子を作ってもらう!」
「……なんですって?」
その瞬間、セレノさんの目が完全に据わった。
まわりのエルフの美女や美少年たちも、一瞬で笑顔を消し、背負った魔力弓をバキバキと引き絞って、長老さまたちに向けて本気の矢を番えたのだ。キャンプ地の空気が、一瞬で極限の戦場へと変貌する。
「長老、いくらあなたでも、我らのルリを奪おうとするなら容赦はしません」
セレノさんの目が完全に据わった。
次の瞬間、まわりのエルフたちが一斉に魔力弓を引き絞り、長老たちへ本気の矢を番える。
「彼女は、我らの側で可愛くオロオロしているからこそ尊いのです」
「……え、そこ?」
私が心の中でツッコむ間もなく、セレノさんは冷酷な美貌に凄絶な笑みを浮かべた。
「神殿に閉じ込めて、ただの団子製造機にするなど言語道断」
セレノさんは腰の魔剣の柄に手をかけ、静かに言い放つ。
「この私が、国を二つに割ってでも阻止してみせる!」
「うおおお! ルリちゃんを長老たちの食い意地から守れ!」
「一歩も退くな! 近衛兵を包囲しろ!」
「ひゃぅぅぅ……っ!? ごめんなさい、ごめんなさいいぃぃ!」
目の前で、身内同士の本気の弓矢と魔法の応酬が始まり、私は恐怖で頭を抱えて縮み上がった。
(ひ、ひぃぃぃ……っ!)
私は頭を抱えてガタガタと震え上がった。
(やっぱり私の作った不気味な泥団子のせいで、高貴なエルフ様たちが殺し合いを始めちゃったんだわ……!)
目の前で一触即発の睨み合いを続ける美形たち。
(完全な国際問題よ! 私が内戦の引き金を引いちゃったんだわ!)
絶望の未来しか見えない。
(今度こそ絶対に死刑だわ……!)
私が涙目でガタガタと震えていると、セレノさんが長老たちとの激しい睨み合いを続けながら、悲痛な表情で私を振り返った。
「ルリ、すまない……っ!」
セレノさんは苦悶の表情を浮かべ、私の肩をがっしりと掴んだ。
「君の存在は、我らエルフにとってあまりにも尊すぎた」
「は、はあ……?」
「里の老人たちの狂気から、君のその愛らしい身の安全を守るため……」
セレノさんは美しい瞳に涙を浮かべ、決然と言い放つ。
「私は断腸の思いで、君を一度、人間の世界へ逃がす……!」
セレノさんはその美しい瞳から大粒の涙を流し、エルフの国宝級の魔力が込められた、見たこともないほどキラキラ輝く虹色の推薦状を私の手に握らせた。
「この推薦状があれば、人間の国の一流パーティーが君を全力で迎えるはずだ」
セレノさんは懐から、まばゆい魔力の光を放つ金縁の書状を取り出し、私の手に握らせた。
「さあ、行くんだルリ!」
「え、ええっ!?」
「私たちのことは忘れて、君のその素晴らしい神技を人間の世界で振るうといい!」
彼は白銀の髪を振り乱し、まるで悲恋の物語の主人公のような切ない表情で天を仰ぐ。
「君のことは、一生忘れない……!」
「逃げていいんですか!? ありがとうございますーっ!」
私は死刑を免れた安堵から、全速力で森を駆け抜けた。
背後からは「ルリ殿を逃がすなーっ!」「撃て、ルリの退路を守るんだ!」という、凄まじい怒号と矢の風切り音が響いていたけれど、私は脇目も振らずに走り続けた。
そして、ようやく人間の街の街道へと辿り着いたとき、私はぽつりと呟いた。
「やっぱり、私の作った失敗団子のせいで、大騒ぎになって激怒されて、クビになっちゃったんだ……」
私はズシッと重い、虹色に輝く推薦状を抱きしめながら激しく落ち込んだ。
(次はもっと、ちゃんとした普通の、迷惑をかけない料理を作らなきゃ……!)
ルリの不器用なやらかしによる、勘違いのわらしべ長者旅は、さらにとんでもない大物を巻き込んで加速していくのだった。




