↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
料理下手な私が、手違いでS級パーティーの調理師になりました。  作者: La Mistral


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/21

第ニ十話 新人パーティー、初めてのおつかい

 ルリは目を覚ました。


 窓の外は雲ひとつない晴天だった。


 窓辺には小鳥が止まり、チュンチュンと鳴いている。


「ふぁ……」


 大きな欠伸をひとつ。


 昨夜は久しぶりによく眠れた。


「よく寝た」


 気分は悪くない。


 その時だった。


 コンコンコン。


 扉が叩かれる。


「?」


 ルリは首を傾げた。


 朝から来客の心当たりはない。


「ルリねぇちゃん、ユウです」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。


「起きてるよー。入ってきて」


「失礼します……」


 扉がゆっくり開く。


「朝ご飯はもう食べた?」


「えっ?」


 ルリは目を瞬いた。


「今起きたばかりよ」


 ユウは部屋の中を見回した。


「ぼく、お腹空いちゃったよ」


「……ここ宿屋よ?」


 ルリは首を傾げる。


「下に行けば女将さんが朝食を出してくれると思うけど」


「ルリねぇちゃんは作ってくれないの?」


「私が?」


「だって調理人でしょ?」


「そうだけど」


「じゃあ作れるじゃん」


「作れるけど」


「やった」


「まだ作るって言ってないわよ?」


 すると。


 廊下の向こうから、香ばしい匂いが漂ってきた。


 焼きたてのパンだろうか。


 それともスープだろうか。


「あっ……」


 ユウの鼻がぴくりと動く。


「いい匂い」


 お腹が鳴った。


「あー、お腹空いた」


 ユウは匂いに誘われるように部屋を飛び出した。


「あっ、ちょっと」


 ルリは慌てて呼び止める。


 だが、自分の鼻にも美味しそうな匂いが届いていた。


「……私もお腹空いた」


 ベッドから飛び起きる。


 着替えを済ませると、急いで部屋を出た。


 階段を降り、食堂へ向かう。


 朝から宿は賑わっていた。


 冒険者たちの笑い声。


 食器の触れ合う音。


 焼きたてのパンの香り。


 だが――


「うわっ」


 ルリは思わず足を止めた。


 テーブルの上が酷い。


 パンくず。


 スープの染み。


 倒れたコップ。


 食べ終わった皿。


 特にアレンの周囲が酷かった。


 まるで小さな嵐でも通り過ぎたようである。


「おはよう」


 ルリが声をかける。


 すると四人が一斉に顔を上げた。


「おはよう!」


「お、おはようございます」


「おはよう」


「おはようございますぅ!」


 その時だった。


「はいはい、どいたどいた」


 宿屋の女将が、ルリの朝食を運んできた。


 湯気の立つスープ。


 焼きたてのパン。


 ベーコンと卵。


「みんなはもう食べ終わったんだろ?」


 女将は四人を睨む。


「だったらテーブルを片付けて席を空けな」


「ちぇっ」


 アレンが露骨に顔をしかめた。


「俺たちは客だぞ」


 レオが偉そうに胸を張る。


「ほう」


 女将の眉が上がった。


「じゃあ宿代は自分で払うのかい?」


「……」


「……」 


「……」


「……」


 四人が一斉に黙る。


「払えないなら、ほら、さっさとどきな」


「はい」


「はい……」


「分かりました」


「ごめんなさいぃ……」


 女将は慣れた様子で四人を追い払った。


 そして空いた席に朝食を置く。


「待たせたね」


「ありがとうございます」


 ルリは頭を下げた。


 全員が朝食を終え、揃ってギルドへ向かった。


 カウンターの向こうで、ナンシーが書類をめくる。


「あなたたちの最初の依頼は、配達よ」


「配達……?」


 アレンが眉をひそめる。


「俺たち運送屋じゃないぞ」


 レオも腕を組んだまま続ける。


「そうだな。俺たちは冒険者だ」


 ナンシーは一度だけ目を上げると、呆れたように息を吐いた。


「冒険者ならなおさらでしょ」


「……は?」


「依頼、受けるの? 受けないの?」


 静かな声だったが、妙に圧がある。


「わ、分かったよ」


 アレンが気圧されたように返事をした。


 ナンシーはそれ以上説明せず、カウンターの下からバスケットを取り出す。


 中には布で包まれた弁当が入っている。


「東の山でキノコ採りをしている人たちに届けてちょうだい」


「へっ?」


 アレンが思わず声を漏らす。


「それだけ?」


「それだけよ」


 ナンシーは即答した。


 間髪入れずに、ドアの方を指差す。


「分かったなら早く行く。時間がもったいないでしょ」


「ちぇっ、行こうぜ」


 アレンが先にギルドを出る。


 仲間たちも後に続いた。


 外は市の賑わいで溢れていた。


 行き交う人々。


 露店から漂う香ばしい匂い。


 呼び込みの声があちこちから聞こえてくる。


 レオが人混みを睨んだ。


「この辺りに不穏な視線を感じる」


「またですか」


 ノアが呆れた。


「敵のスパイかもしれん」


「ただの買い物客です」


 ノアは即座に否定した。


 その横で、


「誰か行き方は分かってるですか?」


 と尋ねる。


 しかし誰も答えない。


 答えられなかった。


「えっ?」


 ノアが固まる。


「まさか……」


「東の山だろ?」


 アレンが言う。


「東ってどっちですか?」


「……」


「……」


「……」


「……」


 全員が黙った。


「わぁっ、かき氷!」


「ねぇ、ルリねぇちゃん」


「あとでね」


 さらにルリ。


「たい焼き持って行こうかな」


「ルリねぇちゃんまで!?」


 一行は北門を出ていた。


 街道を進む。


 だが――


「この道で合ってるのか?」


 ノアが周囲を見渡した。


「取りあえずこっちだ!」


 アレンが胸を張る。


「たぶん」


「たぶん!?」


 ノアが悲鳴を上げた。


「東の山だろ?」


「だから東ってどっちですか!」


「知らん!」


「知らないのかよ!」


 ユウはルリの袖を引っ張っていた。


「ルリねぇちゃん」


「なに?」


「やっぱり、かき氷食べようよ」


「もう街を出たでしょ」


「あっ」


 ユウは振り返った。


 城壁が遠ざかっている。


「食べ損ねたぁ……」


 半泣きになった。


 一方その頃。


 レオは通行人をじっと見ていた。


「なに見てんだよ」


 通行人が眉をひそめる。


「フッ……」


 レオは意味深に笑った。


「やはりな」


「何がだ」


「今ので確信した」


「だから何をだ」


「奴は俺を監視している」


「違うと思うぞ」


 レオは通行人に絡む。


 間もなく、一行はY字路に差しかかった。


 正面には街道茶屋が建っている。


「あそこで休憩しよ」


 歩き通しで、さすがのルリも少し疲れていた。


「賛成!」


 ユウが真っ先に手を挙げる。


「俺はどっちでもいいぜ」


 アレンは肩をすくめた。


 レオとノアは、Y字路を見つめたまま黙っていた。


「どうしたの?」


 ルリが尋ねる。


 ノアが静かに口を開く。


「……で、東ってどっちですか?」


 一同はY字路を見つめた。


 誰も答えられなかった。


 床机に腰掛けると、ルリが注文した。


「みたらし団子を五本と、お茶をお願いします」


「はいよ」


 店の奥から威勢のいい返事が返ってくる。


 アレンは胡座をかき、


 ユウは団子が来るのを今か今かと待っている。


 ノアは地図を広げ、


 レオは腕を組んだまま周囲を警戒していた。


 やがて店主が、湯気の立つお茶とみたらし団子を運んでくる。


「はい、お待ちどうさま」


 アレンが団子を頬張りながら尋ねた。


「おやじ、この右の道はどこへ行くんだ?」


「右かい? 北東の港町へ続いてるよ」


「じゃあ左は?」

「北の古戦場ガイアだな」


 四人は顔を見合わせた。


「……」


「……」


「……」


「……」


 ルリは団子をもぐもぐ食べながら首を傾げる。


「それで、『東の山』はどっちなんですか?」


 店主も首を傾げた。


「東の山?」


 一同は固まった。


「先を急ぎましょう。お弁当を待っている人がいるのよ」


 ルリは最後のみたらし団子を口に運び、お茶を飲み干した。


「えー、もう行くの?」


 ユウが頬を膨らませる。


「ぼく、まだ疲れてるよ」


「さっき休憩したばかりだろ」


 アレンが立ち上がり、大きく伸びをした。


 ノアとレオも荷物を背負い直す。


 ルリは店主に代金を払い、小さく頭を下げた。


「ごちそうさまでした」


 一行は茶屋を後にする。


 そして迷いなく――


 北へ向かった。


 どこまでも続く草原。


 空には厚い雲が垂れ込め、風が草を大きく揺らしていた。


 しばらく歩くと、地平線の向こうに黒い点が現れる。


「あれ?」


 ルリが目を細めた。


 黒い点は次第に大きくなり、やがて人影へと変わる。


 冒険者パーティーだった。


 どの顔も必死の形相で駆けてくる。


「おっ、あれはギルドの先輩たちだ!」


 アレンが手を振る。


「なんか、大変そうですね」


 ユウが首を傾げる。


「後ろに何かいます」


 ノアが目を凝らした。


「俺を狙う刺客か」


 レオが勝手に身構える。


 髪を振り乱し、全力で駆けてくる冒険者たち。


「気をつけて下さい! 転びますよー!」


 ルリが大きく手を振った。


 その瞬間――


「逃げろぉぉぉ!!」


 先頭の冒険者が絶叫した。


 その背後から、地鳴りが響く。


 土煙を巻き上げながら、オークの群れが迫っていた。


 一行はオークの群れを目にした。


「わあぁぁっ! 逃げろー!」


 真っ先にアレンが駆け出す。


「死ぬ! 死ぬって!」


 レオも顔を引きつらせ、一目散に逃げる。


 ノアとユウはローブの裾をつかみ、必死に後を追った。


 ルリは振り返る。


「頑張ってくださーい!」


 逃げてくる冒険者たちへ、大きく手を振った。


「違う! 君たちも逃げろぉぉぉ!」


 その叫びを聞いて、


「はい!」


 ルリも慌てて駆け出した。


 各自、振り返ることもなく必死に走った。


 ルリは胸に抱えたバスケットを見下ろす。


「お弁当が崩れちゃう……」


 揺れないように両手で抱え直し、懸命に駆ける。


 アレンは背丈ほどもあるトウモロコシ畑へ飛び込んだ。


「こっちだ!」


 ノア、レオ、ユウも次々と畑へ身を隠す。


 少し遅れてルリも飛び込んだ。


 外ではなお、オークたちの地響きが続いている。


「よし、この中を進もう」


 アレンが小声で言う。


 その時だった。


「あっ!」


 ルリが小さく声を上げる。


 全員が一斉に振り向いた。


「どうした!?」


「見て」


 ルリは一本のトウモロコシを指差した。


「美味しそう」


「そこかよ!」


 四人の声が見事に重なった。


 それから数時間。


 一行は畑を抜け、林を抜け、ただひたすら歩き続けた。


 逃げることだけに必死だった。


 気づけば、森の道はいつしか上り坂になっている。


 傾斜は徐々にきつくなり、一人、また一人と足が止まった。


「ちょ、ちょっと休憩……」


 アレンが肩で息をしながら、その場に座り込む。


「腹減った……」


 レオがぼそりと呟いた。


「ぼくも……」


 ユウもうなだれる。


 ノアも黙ってお腹を押さえた。


 全員の視線がルリへ向く。


「ルリねぇちゃん、お腹空いた。何か食べるものある?」


「しょうがないなぁ」


 ルリはバスケットを開けた。


 中から取り出したのは、紙に包まれたみたらし団子だった。


「……」


「……」


「……」


「……」


 四人は目を丸くする。


「いつ買ったんだ?」


「さっきの茶屋」


 ルリはにっこり笑う。


「美味しかったから、自分用のお土産」


 四人は顔を見合わせた。


「逃げてる最中だったよな……」


 お団子だけでは腹の足しにはならなかった。


 それでも甘い物を口にしたおかげで、少しだけ元気が戻る。


「ルリねぇちゃん」


 ユウが不安そうに尋ねた。


「帰りはどうやって帰るの?」


「そうねぇ……」


 ルリも首を傾げた。


 その時だった。


「大丈夫だ」


 アレンが胸を張る。


「真っ直ぐ進めば、そのうち帰れる」


 一同は黙った。


「……」


「……」


「……」


 ノアが静かに口を開く。


「ちなみに」


「うん?」


「今、どっちを向いてるんですか?」


 アレンも黙った。


「……」


「……分からん」


 ユウが半泣きになる。


「やっぱり帰れないよぉ……」


 レオは腕を組み、


「フッ……」


 と意味深に笑う。


「迷うのも作戦のうちだ」


「違うと思います」


 ノアが即座にツッコんだ。


 その時だった。


「誰だ!」


 レオが鋭い声を上げる。


 辺り一面を覆うクマザサが、ガサガサと揺れた。


 全員が身構える。


 やがて、その中から白髪交じりの初老の男が姿を現した。


 頭をぽりぽりと掻きながら、不思議そうにこちらを見る。


「人の声がするから来てみたら……なんだ、ガキばかりか」


「あなたは?」


 ルリが尋ねる。


「わしか?」


 男は背負った籠を軽く叩いた。


「この山でキノコ採りをしとる者だ」


 一同は顔を見合わせた。


 ルリは「あっ」という顔になる。


「お待たせしました」


 バスケットを開き、丁寧に包まれた弁当を取り出した。


「ギルドから、お弁当をお届けに来ました」


 男は目を丸くする。


「おお、ギルドの使いか」


 弁当を受け取り、嬉しそうに笑った。


「ナンシーに頼んではおったが、今日は来んものと諦めかけとったよ」


「話せば長くなりますので」


 ルリはエプロンのポケットから小さな手帳を取り出した。


「こちらに受領のサインをお願いします」


「お、おう」


 男は苦笑しながら手帳を受け取り、名前を書き込む。


「これで依頼完了です」


 ルリは満足そうに手帳を閉じた。


「ずいぶん苦労したみたいじゃのう」


「はい」


「でも、お弁当は無事でした」


「そこだけは守りました」



 ギルドに戻って来た。


 ナンシーが手帳を見て、


「……本当に届けたの?」


 と半信半疑。


「はい!」


「どうやって?」


「長くなります」


 ルリは満足そうに微笑んだ。


 一方、その後ろでは四人が地面にへたり込んでいる。


 こうして、新人パーティーの最初の依頼は幕を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。