第ニ十一話 お昼ご飯と白いヤギ
パーティーは小川のほとりで野営をしていた。
木々の間から朝日が差し込み、鳥たちのさえずりが響いている。
焚き火には飯盒が掛けられ、蓋の隙間から湯気が立ち上っていた。
「おかず、おかず……っと」
ルリは荷物をごそごそと探す。
「あった!」
嬉しそうに取り出したのは、小さな袋。
「今日はこれにしましょう」
中身は、ふりかけだった。
「……」
四人の視線が一斉に集まる。
「ふりかけ?」
「うん!」
ルリは笑顔で頷く。
「白いご飯には、これが一番よ」
アレンは飯盒を覗き込む。
「おかず……それだけ?」
「それだけ」
ルリは自信満々に答えた。
ユウが一口食べる。
「美味しい! ルリねぇちゃんの料理、最高!」
「……これは料理とは言わないと思う」
ノアが冷静に返した。
「フッ。この俺様を欺くことはできない」
レオは腕を組み、ふりかけご飯を一口。
「……けど、美味い」
「だろ?」
ルリは少し嬉しそうに笑った。
飯盒はあっという間に空になった。
アレンが立ち上がる。
「よし!」
大きく伸びをする。
「今日こそ、依頼のヤギを探し出そうぜ!」
「今度は迷わないでくださいね」
ノアが小さく釘を刺す。
「た、多分、大丈夫だ!」
アレンは勢いよく親指を立てた。
ルリはそんな四人を、黙って見守っていた。
「敵は追い込まれている」
レオが低い声で呟く。
「敵はいません」
ルリが即座に訂正した。
「フッ……俺様には分かる。奴の匂いがプンプンしてくる」
「……」
誰も相手にしない。
「そんな独り言はいいから、早く飯食おうぜ」
アレンが面倒くさそうに言った。
「ご飯を食べたら、ヤギ探しだ」
食べ終わると、それぞれ小川で器を洗った。
「洗い終わったら、持って来てね」
ルリが声を掛ける。
ノアが口を開いた。
「今日は二手に分かれて探しましょう。その方が効率的です」
「よし、それで行こう」
アレンも頷く。
「フッ……敵は袋小路へ追い込まれたな」
「敵はいません」
「ボクはルリねぇちゃんと一緒がいい」
ユウはルリの後ろへ隠れた。
ルリは微笑む。
「じゃあ私は、お昼の準備をして待ってるね。」
「見つけたら、みんな戻って来てね」
それぞれがヤギを探しに出かけた。
辺りは急に静かになる。
「食べる?」
ルリはバスケットから、たい焼きを取り出した。
「食べる!」
ユウは嬉しそうに受け取る。
「たい焼きは別腹だね」
「そうね」
二人は小川のせせらぎを聞きながら、しばらく無言でたい焼きを頬張った。
食べ終えたルリは、空を見上げる。
「さて、お昼は何にしようかしら」
今度は献立を考え始めるのだった。
「ユウちゃん、焚き火の薪を集めて来て」
ルリはユウに薪集めを頼んだ。
「はーい!」
ユウは元気よく返事をすると、林の中へ駆けていく。
ルリは小川のほとりに腰を下ろし、規則正しく流れるせせらぎに耳を傾けた。
「お昼は干物……いや、おにぎりかな」
手持ちの食材を思い浮かべながら、小さく首を傾げる。
その時だった。
水面に白い影が映る。
「メェー」
対岸から鳴き声が聞こえた。
ルリはゆっくり顔を上げる。
そこには、一頭の白いヤギが草を食んでいた。
「美味しそうね。沢山お食べ」
ルリはヤギに向かって微笑んだ。
ヤギは「メェー」と一声鳴くと、ルリをじっと見つめる。
そして何事もなかったように、川沿いを下流へ歩いて行った。
「元気なヤギさんね」
ルリはまた献立を考え始めた。
薪を抱えたユウが戻って来た。
「ルリねぇちゃん! 今のヤギ!」
「うん、いたよ」
「それ、探してるヤギじゃないの!?」
「えっ?」
「きっと、あのヤギだよ!」
ユウは抱えていた薪を落とし、ルリの腕を掴んで揺らした。
「えっ?」
「依頼のヤギだよ!」
「あら……そうだったの?」
ルリは川下へ目を向ける。
ヤギはのんびりと草を食べながら歩いていた。
「行っちゃう!」
「大変!」
「ボク、捕まえてくる!」
ユウは勢いよく川へ飛び込んだ。
「ダメよ、ユウちゃん!」
「わっ!」
足を滑らせたユウは、そのまま尻もちをつく。
「あーっ!」
流れに乗って、下流へ流され始めた。
「ルリねぇちゃーん!」
「ユウちゃん!」
ルリも慌てて川沿いを走り出す。
ユウは川に浸かる倒木に引っかかり、ルリもようやく追いつき、手を伸ばす。
「ユウちゃん、手を掴んで」
「ルリねぇちゃん、怖いよ」
「早く掴んで」
ユウは、手を伸ばすが指先が触れる程度で、なかなか、ルリの手を掴めない。
「あと少しなんだけど、掴めない」
ルリは、倒木に身体を支え、めいっぱいに身手を伸ばす。
「ほらもう少し、ユウちゃん頑張って」
「うっ、うっ」
「掴まえた」
ルリはユウの手を掴んだ。
ルリは力いっぱいユウを引き寄せた。
「大丈夫?」
「うん……怖かった」
ルリは濡れたユウの頭を優しく撫でた。
「もう、一人で飛び込んじゃ駄目よ」
「ごめんなさい」
けど、ヤギはいつの間にか姿を消していた。
「あれ?ヤギが居ない」
ユウは辺りをキョロキョロして探し廻るが見つからない。
「しょうがない、捕まえるのは、また今度ね」
ルリはユウの手を握り、キャンプ地へと歩きだす。
ルリは焚き火の前にしゃがみ込み、マッチを擦った。
小さな種火が薪に移る。
火吹き棒でそっと息を吹き込むと、炎は勢いよく燃え始めた。
「うわぁ~、ローブがびっしょりだ」
ユウは裾をつまみ、困ったように顔をしかめる。
「早く脱いで、木の枝に掛けて乾かしなさい」
「はーい」
ユウは急いでローブを脱ぎ、近くの枝へ掛けた。
「私は、お昼ご飯の支度をするからね」
ルリは鍋や食材を並べ始める。
慣れた手つきで準備を進めるその姿は、まるで冒険の途中ではなく、自分の台所に立っているようだった。
暫くして、アレンたちがお昼を食べに帰って来た。
不思議なことに、食事の時間だけは迷わない。
きっかり昼時に戻って来るのだ。
ルリは、おにぎりを用意して腹ペコの四人を待っていた。
塩をまぶし、海苔を巻いただけのシンプルなおにぎりである。
「いやー、腹減った」
アレンは真っ先に手を伸ばいた。
レオは腕を組む。
「毒見完了。異常なし」
それを確認してから、自分もおにぎりを頬張る。
「んん、実にシンプルで合理的な昼食です」
ノアも満足そうに頷く。
「おにぎり美味しいね」
ユウは笑顔で二つ目に手を伸ばした。
ルリは、そんな四人をいつものように見守っていた。
アレンが川の向こうを指差した。
「あっ、いた! ヤギだ!」
一斉に視線が集まる。
「メェー」
ヤギは一声鳴くと、何事もなかったように草を食み始めた。
「今だ!」
アレンは勢いよく飛び出した。
川へ飛び込み、そのまま対岸へ渡る。
一同は固唾を呑んで見守った。
「大人しくしやがれ!」
アレンはヤギに飛びつく。
「メェェーッ!」
少し暴れたものの、アレンは首にロープを掛けることに成功した。
「やったー!」
ユウが飛び跳ねる。
「まさか、本当に捕まえるとは」
ノアが目を丸くする。
「フッ、俺の読みどおりだ」
レオが得意げに腕を組む。
「良かったね」
ルリはにっこり微笑んだ。
アレンはヤギの首につけたロープを近くの木へしっかりと結びつける。
「これで逃げないな」
満足そうに頷くと、足早に戻ってきた。
「ルリねぇ、もっとおにぎりくれ」
「はいはい」
ルリは笑顔で頷き、手際よく新しいおにぎりを握り始めた。
「いっぱいあるから、ゆっくり食べてね」
「やっぱり、ルリねぇちゃんのおにぎりが一番!」
ユウが笑顔で言った。
腹も満たし、一行は帰り支度を始める。
「さて、帰るか」
アレンが立ち上がった。
「ヤギはどうやって連れて帰るの?」
ユウが首を傾げる。
「俺が向こう側からヤギを連れて、この先の橋まで行く」
アレンは川の上流を指差した。
「そうですね。それが一番理にかなっています」
ノアも頷く。
「フッ……敵のスパイは慎重に連行せよ」
レオが腕を組んで呟く。
誰も聞いていない。
「ユウちゃん、ローブはもう乾いたでしょ。風邪を引くから、早く着なさい」
ルリが優しく声を掛ける。
「はーい」
ユウは木の枝からローブを取り、急いで袖を通した。
一行はようやく、街の城門へと辿り着いた。
アレンはしっかりとヤギのロープを握り締めている。
レオは周囲を鋭く見回し、何かを警戒していた。
ノアは疲れを見せまいと背筋を伸ばして歩く。
ユウはぶかぶかの神官ローブを引きずりながら、とことこと後をついて行く。
そして最後尾では、ルリが皆を見守るように歩いていた。
一行はギルドへ戻り、ヤギを依頼人へ引き渡した。
ナンシーは目を丸くする。
「本当に捕まえて来たのね」
「はい!」
ルリは笑顔で答えた。
「お疲れさま」
ナンシーは五人を労った。
ギルドを出ると、一行は広場の噴水の縁へ腰を下ろした。
「俺たちの実力は、こんなもんだな」
アレンは少しだけ達成感に浸っている。
「ただ、ヤギを捕まえただけです」
ノアが冷静に返した。
「フッ……敵は今日も姿を現さなかったか」
レオはそう呟くと、突然どこかへ走り出した。
誰も気にしない。
「ルリねぇちゃん」
ユウが屋台を指差す。
「かき氷食べよ」
「あとでね」
そう答えたルリの視線は、その隣のたい焼き屋へ向いていた。
こうして一行は、たい焼きやかき氷を楽しみながら、日暮れまで長閑な時間を過ごした。




