表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
料理下手な私が、手違いでS級パーティーの調理師になりました。  作者: La Mistral


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/17

第十五話 月下の強行軍と、恐るべき忘れ物

 商隊の面々の動きは、恐るべき迅速さだった。


 夜のパラス峠。


 商隊は休むことなく山道を進み続けていた。


 誰もが無言だった。


 馬の荒い息遣い。


 車輪の軋む音。


 岩を踏む蹄の音。


 それだけが闇の中へ響いている。


 生き残るための生存本能が彼らを突き動かしている。


 すぐさま老剣士の一人が馬に跨って先頭に立ち、馬車は急ごしらえの隊列を組んで、夜のパラス峠へと向けて一斉に走り出した。


 空には、皮肉なほど見事な満月が冴え渡っている。


 ジャイアントベアに位置を悟られないよう、商隊はすべてのランタンの灯りを消し、ただ冷たい月明かりだけを頼りに闇の中を進んでいった。


 まさにバタバタの、文字通りの夜逃げである。


 激しく揺れる馬車の座席で、ルリはふと、何かに気づいたように顔をこわばらせた。


 「いっ……けない! 忘れて来た!」


 どうやら、とんでもない忘れ物をしてしまったらしい。ルリはおそるおそる、必死に手綱を引いている御者へと声をかけた。


 「あの……忘れ物しちゃったんですけど……。やっぱり、今から取りに行けないですよね?」


 「ルリちゃん、悪いけど今回は諦めなよ! 後ろから何が追ってくるか分かったもんじゃないんだ!」


 御者は前方を睨みつけたまま、切羽詰まった声で叫び返す。


 ルリはがっくりと肩を落とし、ため息をついた。


 「そっか……やっぱ、諦めよう。残念だけど」


 そんなルリの様子に、御者は激しい揺れに耐えながら、少し気の毒そうに問いかけた。


 「ルリちゃん、そんなに大事な物かい? 命からがら逃げ出してきたんだ、街に着けば大抵のものは買い直せるさ」


 「ええ、だって……せっかく森で取ってきた、あの大きな『蜂の巣』なんです。置いてきちゃいました。……あーあ、諦めます」


 「な、なんだってッ!?」


 御者は御者台から跳び上がらんばかりに驚愕し、危うく手綱を取り落としそうになった。


 なぜ自分たちが夕食もそこそこに、夜間の暗闇の中を死に物狂いで突っ走っているのか。


 その根本的な原因を、ルリは未だに一ミリも理解していないのだった。


 御者は続ける。


「ルリちゃんは、よく刺されなかったね」


「あっ、それなら大丈夫ですよ。私はこう見えても薬草師の孫ですから」


 ルリは少しだけ胸を張った。


「死んだおじいさんに、蜂の巣に近づく時はハーブ油を身体に塗りなさいって教わったんです」


「ほぉ……」


「だから、ほら」


 ルリは両手を広げて見せる。


「無傷です。蜂はハーブ油の匂いが苦手なんですよ」


「なるほどなぁ」

 御者は感心したように頷く。


「知識は財産ってことか」


「はい!」



 馬車の車輪が軋む音だけが、静かな月夜に響いていた。


 各馬車に乗る商隊の面々は、疲労の色を隠せないまま、揺れに身を任せている。


「もう少しだ。頂上で休憩を取るぞ」


 先頭を行くペドロが声を張り上げた。


「この状態で峠を下るのは危険だ。頂上で少し仮眠を取ろう」


 出発した直後は、誰もが危機感に突き動かされていた。


 だが時間が経つにつれ、追手の気配はない。


 張り詰めていた緊張が少しずつ解けると、その隙を狙うように強烈な眠気が襲ってきた。


 誰もが限界に近かった。


 頂上には、馬車を止めるのに丁度良い広場があった。


「よし、ここで休憩にしよう」


 ペドロは周囲を見回した。


 二人の老剣士も手分けして辺りを確認する。


 幸い、魔物の気配も獣の痕跡も見当たらない。

「朝までここで仮眠しよう」


 ペドロは深く息を吐いた。


「『危険』も、ここまではやって来ないだろう」


 その言葉に、一同はようやく安堵の表情を浮かべる。


 相談の結果、念のため三人で交代しながら見張りを立てることになった。


 商人たちは毛布にくるまると、あっという間に寝息を立て始める。


 ルリも馬車から毛布を取り出し、地面へ広げた。


「ふわぁ……」


 大きな欠伸をひとつ。


 そして横になる。


 その頭の中にあるのは、ジャイアントベアでもキングミツバチでもない。


(朝ご飯、何にしようかな)


 そんなことを考えているうちに、ルリは静かに目を閉じたのだった。


 夜を徹した強行軍の末、商隊はなんとか危機を脱したようだった。


 風はピタリと止み、あたりは穏やかな朝の光に包まれている。


 朝日に照らされる一行は、昨晩の狂乱のような強行軍で疲れ果てたのか、皆まだ深い眠りの中にいた。


 それは最後の見張り役を務めていた老剣士も同様で、岩に背を預けたまま、静かに寝息を立てている。


 そんな静寂のなか、ルリがパチリと目を覚ました。


 「よしっ、みんな疲れてるみたいだし、早起きして美味しい朝食を作っちゃおう!」


 ルリは一人で張り切り、寝静まる一同を起こさないよう、そっと馬車から七輪を降ろして火をかける。


 しかし、中に入れた練炭にはなかなか火がつかない。


 ルリは地面に這いつくばるようにして顔を近づけ、火吹き棒を使って懸命にフーフーと風を送り続けた。


 「ふぅ……。やっとついた」


 煤で少し顔を汚しながらも、ルリは満足げに笑う。


 そして、まずは鍋に水を張り、お米を準備した。


 「今朝はみんなの胃に優しい、食べやすいお粥にしようっと」


 方針が決まると、ルリは味付けや具材を探すために、再び馬車の荷台の奥をゴソゴソと探り始めた。


 すると、奥の方から少ししなびかけた二種類の野菜が見つかる。


 「あっ……これ、もうダメになっちゃいそうね。勿体ないから、今朝のうちに全部使っちゃおう!」


 ルリは手頃な平らな石を見つけると、それを台にしてまな板を乗せた。


 そして、トントントンと小気味よく、リズミカルに野菜を刻んでいく。


 細かく刻んだ野菜とお米を一緒に鍋へと投入し、しっかりと蓋を閉める。


 あとは七輪の柔らかな熱に任せて、じっくりと炊き上がるのを待つだけだった。


 老剣士が目を覚ます。


 クンクン。


「……ん?」


 再び嗅ぐ。


「おい」


 隣を叩く。


「起きろ」


「なんだ……」


「ルリが朝飯を作ってる」


 商人が飛び起きる。


「何だと!?」


 飛び起きた一行は、一気に目を覚ました。


 魔物の奇襲にも匹敵する緊急事態である。


 完全に不意を突かれた。


 ペドロは真っ先にルリの元へ向かった。


「ルリちゃん、今朝は何を作ってるんだい?」


「お粥ですよ」


 ルリは笑顔で答える。


「朝は身体に負担の少ないものがいいかなって」


「そうか……お粥か……」


 ペドロは慎重な手つきで鍋の蓋を持ち上げた。


 中には白く煮えた米と野菜。


 少なくとも見た目は正常。


 異臭もしない。


 ペドロは大きく息を吐いた。


「よかった……」


「?」


 首を傾げるルリを残し、ペドロは静かに持ち場へ戻っていった。


「出来ましたー!」


 ルリは笑顔でお粥を配って歩く。


「おっ、美味そうだ」


「久しぶりにまともな朝飯だな」


 一行は安心しきった様子で匙を動かした。


 そして。


 数秒後。

「ぶっ――!」


「ぐあぁぁっ!?」


「み、水! 水をくれぇぇ!!」


 一同は一斉にお粥を吐き出した。


 舌が焼ける。


 口の中が熱い。


 喉が痺れる。


 ペドロは涙目のままルリの元へ駆け寄った。


「ルリちゃん! この野菜は何だ!?」


「あっ、それですか?」


 ルリは鍋を覗き込む。


「何でしょう?」


「何でしょうじゃない!!」


「少ししなびてたから安かったんです」


 老剣士の1人が来た。


「それはドラゴンズ・ブレスだ」


「知ってるの?」


「知るも何も、激辛料理に一欠片使うだけで鍋一杯が真っ赤になる」


「そんな危険な野菜だったんですか?」


「普通の野菜じゃない!」

「美味しいですよ?」


 もぐもぐ。


「身体が温まります」


 もぐもぐ。


「峠の朝には丁度いいですね」


 もぐもぐ。


 ペドロたちは涙と鼻水を流しながらルリを見つめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ