第十三話 ハーピー襲来と謎の兵器
どこまでも続く緑の絨毯。
商隊は、見渡す限りの草原を貫く街道を順調に進んでいた。
はるか遠くの空から、心地よい鳥のさえずりが風に乗って運ばれてくる。
その穏やかな空気に合わせるように、ルリはこの日もご機嫌な様子で鼻歌を口ずさみ、旅のひとときを満喫していた。
そんな平穏な空気を破るように、隊長のペドロが豪快な声を張り上げた。
「腹減ったな、そろそろ飯にするか!」
ペドロは皆にそう叫ぶと同時に、力強く片手を突き上げて進行方向の隊列をピタリと停めた。
そして、親しみを込めた視線をこちらへと向ける。
「ルリ頼むよ。皆、腹ペコなんだ」
「はーい」
馬車を降りたルリは支度を始める。
「ルリ……頼むから、馬車の後ろでやってくれ」
老剣士は切実な声を絞り出すと、苦笑いを浮かべながら、ルリをそっと風下の位置へと促すのだった。
「え? あ、はい?」
なぜだろう。
私は首を傾げながらも、言われた通り飯盒と網を抱えて移動する。
すると、それを見ていた商人たちがホッと胸を撫で下ろした。
「助かった……」
「前回は三日くらい匂いが鼻に残ったからな……」
「俺なんか夢の中まで追いかけてきたぞ」
「それ、本当に夢だったのか?」
何やら後ろで失礼な会話が聞こえる。
クサヤは美味しいのに。
私は少しだけ不満に思いながら、炭火の上へ網を置いた。
じゅうっ。
脂が落ちる音と共に、独特の香りが風に乗って草原へ広がっていく。
「よし、いい感じ」
私は満足そうに頷いた。
一方その頃。
風上へ避難した商隊の面々は、警戒した様子で空を見上げていた。
「今回は草原だからな……」
「煙が遠くまで流れるぞ」
「頼むから何も寄って来るなよ……」
誰かがそう呟いた、その時だった。
「……ん?」
見張り役の青年が空を指差した。
遥か上空。
青空の中に、小さな黒い点が見える。
一つ。
二つ。
三つ。
いや、それだけではない。
点は次々と増え、ゆっくりとこちらへ近付いてきていた。
「鳥か?」
「違う……」
老剣士の顔が険しくなる。
「あれは――ハーピーだ」
商人たちの顔色が、一斉に変わった。
だが。
当のルリはというと。
「ご飯も炊けたし、あとは焼くだけだね」
鼻歌混じりにクサヤをひっくり返していた。
上空から鋭い風切り音が響いた。
見上げれば、複数のハーピーが翼を広げ、鋭い爪をきらめかせて急降下してくる。
「敵襲! ハーピーだ!」
不意を突かれた商隊に、一瞬で緊張が走る。
商人たちは悲鳴を上げて馬車の下へと逃げ込み、頭を抱えて縮こまった。
応戦できるのは、護衛の隊長ペドロと二人の老剣士だけ。迫り来る怪鳥の群れに対し、三人は決死の覚悟で武器を構えた。
キィィィン! と激しい金属音が鼓膜を震わせる。
老剣士の放つ一閃と、ハーピーの硬質な爪が正面から激突した。
しかし、多勢に無勢。
上空から執拗に仕掛けられる波状攻撃に、三人は徐々に防戦一方となり、じりじりと後退を余儀なくされていく。
体力が削られ、泥と汗にまみれていくペドロの顔に、絶望の色が濃くなった。
周囲の戦況を見回し、もはやこれまでかとガックリと肩を落とす。
「……とても敵わない。残念だ……」
最期を覚悟したペドロの口から、悲痛な一言が漏れた。その時である。
ふっと、風向きが変わった。
それまでまっすぐ上空へ伸びていた白い煙の帯が、大きく向きを変え、戦場全体を包み込むように漂い始めたのだ。
「……! ……? ウッ」
鋭い急降下を仕掛けようとしていた一羽のハーピーが、突如として空中でピタリと羽根を止めた。
その顔は見る見るうちに白眼を剥き、両手で必死に口を押さえている。
そのまま羽ばたく力を失い、地面へと真っ逆さまに落ちていった。
異変は連鎖する。
他のハーピーたちも、一様に胸を押さえ、顔を緑色に変えて悶絶し始めた。
「ウッ、グオーッ、オエッ……!」
静かな草原に、あってはならない生々しい嘔吐音が響き渡る。
強烈な悪臭の直撃を受けた群れは、もはや戦うどころではない。
尋常ではない羽音を立てて身悶えしている。
これ以上の戦闘は不可能と判断したのか、ハーピーのボスが苦悶の表情のまま、撤退の合図を鋭く叫んだ。
彼らは地面に落下した仲間を必死に抱きかかえると、一目散に空の彼方へと逃げ去っていった。
嵐の去った草原に、奇妙な静粛が戻る。
そこへ、馬車の影からひょっこりと少女が姿を現した。
ルリである。
彼女の手には、先ほどまで懸命に風を送っていた火吹き棒が握られていた。
その奥では、七輪の上の網に載せられたクサヤが、ジュウジュウと芳ばしい(そして破壊的な)音を立てて焼き上がっている。
「おまちどうさま、ご飯出来ましたよー!」
明るい声で皆を呼びに来たルリだったが、次の瞬間、その場に釘付けになった。
「……あれ?」
目の前にいる商隊の一行は、なぜか全員、両方の鼻の穴にティッシュをこれでもかとギュウギュウに詰め込んでいた。
しかも、誰も彼もが激しい戦闘のせいで汗だくの泥だらけである。
ルリは一瞬たじろぎ、首を傾げたが、すぐに納得したようににっこりと微笑んだ。
「待ってる間、皆さんで熱心に訓練してたんですね。お疲れ様です!」
無邪気な労いの言葉をかけられ、鼻にティッシュを詰めたペドロたちは、ただただ力なく互いに顔を見合わせるしかなかった。




