表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
料理下手な私が、手違いでS級パーティーの調理師になりました。  作者: La Mistral


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/12

第十話 ゴブリンが泣いた日

 ゴブリンのリーダーが放った咆哮は、渓谷の岩肌にぶつかり、低い地鳴りのようになって消えた。


 洞窟の奥に潜んでいた他のゴブリンたちが、その声を合図にしたかのように、一斉に影から這い出てくる。


十匹、二十匹と、緑色の小柄な体が草むらを押し分けて進んできた。


「あっ、あんなに居たのか……。生命びろいしたな」


勇者がパーティーの仲間の顔を見た。


ゴブリンがやって来る。


彼らの細い目は一様に血走り、私の手元にある飯盒へと真っ直ぐに向けられている。


「待って、順番だから。みんなの分、ちゃんとあるからね」


 私は小さく息を吐き、再び手のひらに水をつけた。


 飯盒の底に残る米は、まだ湯気を立てている。


しゃもじを入れるたびに、ふっくらとしたお米の甘い香りが、川の湿った空気と混ざり合って広がった。


 キュッ、キュッ、と手際よく角を出す。


 我が家の冷暗所で何年も眠っていたあの真っ赤な梅干しを、一粒ずつ白い山の中央へ埋め込んでいく。


塩の結晶が米の熱で溶け、じんわりと周囲を赤く染めていった。


 二個目のおにぎりを差し出すと、次に控えていた小柄なゴブリンが、ひったくるようにしてそれを奪い取った。


 彼は大きな口を開け、白い塊に噛みつく。


「ギギッ……!?」


 一瞬、酸っぱさに顔のパーツが中央に集まり、奇妙な表情になった。


しかし、すぐにその顎が猛烈な勢いで動き始める。


喉を鳴らして飲み込む。


ゴブリンは驚いたように自分の腕を見た。


そして何度か拳を握ったり開いたりする。



皮膚の表面を、かすかな緑色の光が走る。


 それを見た周囲の魔物たちが、我先にと両手を突き出してきた。


 押し合うようにして私の前に群がる彼らの顔には、先ほどまでの凶暴な敵意は消え失せている。


そこにあるのは、ただひたすらに、未知の味覚と体に満ちる未知の力を渇望する、純粋なまでの執着だった。


「グオー……ギギギギッ!」


ゴブリンが両目から涙を流した。


「なっ……泣いている!?」


勇者が息を呑む。


次の瞬間。


ゴブリンは鼻水を垂らしながら、おにぎりをがつがつと頬張り始めた。


「ギギッ!」


別の個体が、私の足元に膝をつき、恭しく頭を垂れる。



「服従の証か……!」


「違いますよ?」


私は首を傾げた。


「梅干しです」


「梅干し……?」


「酸っぱいんです」


ピクシーは目を潤ませながら空中をふらふら飛び回っていた。


口元からは糸を引くほどの涎が垂れている。


完全に次のおにぎりを狙っていた。


 私は黙々と手を動かした。


米をすくい、梅を仕込み、結ぶ。


 その単調な繰り返しが、奇妙な静けさを渓谷にもたらしていく。


 草の上に座り込んだままの勇者たちは、その光景をただ呆然と眺めていた。


 魔法使いの青年は、手についた米粒を名残惜しそうに見つめた後、私とゴブリンたちの間に流れる奇妙な空気に、何度も首を傾げている。


「本当に……ただの飯なのか……?」


 勇者が掠れた声で呟いた。


彼の肌には、先ほどまでの死相が消え、健康的な赤みが戻りつつある。


 私は彼らの方を見ずに、次のおにぎりを別のゴブリンへと手渡した。


「ただのご飯ですよ。お腹が空けば、誰だって動けなくなりますから」


 飯盒の中身が、少しずつ減っていく。


コボルトが恨めしそうな目をしながらじっと見守っていた。


ピクシーは飯盒の縁にくっついていた数粒の飯粒を器用にせしめることができたらしく、満足気に草叢へ帰っていった。


夕陽がせまる。


 渓谷を吹き抜ける風が、少しだけ冷たさを帯び始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ