第8話
目を覚ますと、部屋の空気が変わっていた。
「……暑」
思わず毛布を蹴る。
朝方まではあんなに寒かったのに、今は空気が重たい。
窓から差し込む光も強い。
「……砂漠か、ここ」
ぼんやり呟きながら身体を起こす。
頭はまだ少し重い。
でも、朝のあの倦怠感はだいぶ抜けていた。
どうやら私はかなり長時間眠っていたらしい。
窓の外を見る。
太陽が高い。
空は雲一つない青だった。
乾いた熱気が、隙間からじわじわ入り込んでくる。
「寒暖差ヤバ……」
夜は極寒。
昼は暑い。
砂漠気候そのものだ。
エアコンの偉大さを再確認してしまう。
「……いや待って」
私はそこで気づいた。
「これ、昼間は逆に冷房いるやつでは?」
その瞬間。
ぶわ、と。
部屋の空気が少しだけ涼しくなった。
「…………」
沈黙。
「……え?」
ひやり、とした風が頬を撫でる。
熱気が和らぐ。
まるで冷房を弱めにつけた部屋みたいだった。
「ちょっと待って」
私は慌てて周囲を見回す。
何もない。
当然だ。
エアコンなんて存在しない世界なのだから。
「……今度は冷房?」
意味が分からない。
昨日は暖房。
今日は冷房。
共通点はなんだ。
温度調整?
空調?
「……いや、まだ決めつけるの早いか」
私は頭を抱える。
能力が“エアコン”とか、流石に発想が飛躍しすぎている。
でも。
現象だけ見ると、それっぽい。
「……怖」
便利だけど怖い。
そんなことを考えていると、扉が叩かれた。
「……はい」
「失礼する」
入ってきたのはレオルドだった。
相変わらず書類を抱えている。
しかも今日は昨日より顔色が悪い。
「……寝てます?」
「多少は」
「ブラック企業の管理職がする返答なんですよ、それ」
「ぶらっくきぎょう……」
通じないのも、もう慣れた。
レオルドは部屋へ入った瞬間、小さく目を見開いた。
「……涼しいな」
「え?」
「外とは別の空気だ」
やっぱり気のせいじゃない。
私は思わず窓の外を見る。
揺らめく熱気。
強い日差し。
明らかに外の方が暑い。
「……ほんとだ」
部屋の中だけ、少し快適になっている。
「貴女の力か」
「多分……?」
全然自信はない。
でも、タイミング的にそれしか考えられない。
レオルドは静かに室内を見回した。
「暖かくも、涼しくもできるのか」
「みたいですね」
私はベッドへ座り直す。
身体はまだ少しだるい。
でも、朝ほどではない。
「……やっぱり、使いすぎると疲れるっぽいです」
「どの程度で限界が来る?」
「分かりません」
本当に。
感覚でしかない。
昨日の広範囲暖房で、一気に持っていかれた。
「ただ、広く使うほど消耗が激しい気がします」
「……」
レオルドは考え込むように黙った。
仕事モードの顔だ。
たぶん今、“この力をどう運用するか”を考えている。
その視線に気づいて、私は先回りするように言った。
「先に言っておきますけど、四六時中使うのは無理ですからね」
「……」
「過労死します、多分」
するとレオルドは、少し意外そうな顔をした。
「貴女は、随分と“働きすぎること”を警戒するのだな」
「そりゃしますよ」
私は即答する。
「壊れたので」
「………」
レオルドは椅子へ腰を下ろすと、小さく息を吐いた。
その仕草だけで疲労が見える。
「……少し、話をしたい」
「国を救ってください系なら断りますよ」
「違う」
即答された。
少し意外だった。
「貴女の力についてだ」
「……」
「今日の現象で確信した。あれは偶然ではない」
レオルドは真っ直ぐこちらを見る。
「だが同時に、代償も存在する」
「みたいですね」
身体の重さを思い出し、私は顔をしかめた。
「無制限に使える力ではない、と」
「それは、むしろ良かったです」
ぽろりと本音が出る。
レオルドが僅かに目を細めた。
「……良かった?」
「なんでもできる力って、怖いじゃないですか」
私は毛布を引き寄せながら続ける。
「期待されるし、頼られるし、“できるんだからやれ”ってなるので」
「……」
「そういうの、疲れるんです」
空気が静まる。
しまった。
ちょっと言いすぎたかもしれない。
でもレオルドは怒らなかった。
むしろ、少し考え込むように視線を伏せる。
「……貴女は」
低い声が響く。
「随分と、“期待されること”を恐れているのだな」
「……」
図星だった。
私は視線を逸らす。
「別に、恐れてるっていうか」
「違うのか?」
「……」
上手く言葉にできない。
期待されるのは、最初だけ嬉しいのだ。
必要とされている気がして。
認められた気がして。
でも。
その期待に応えられなくなると、人は簡単に失望する。
役に立たなくなれば終わりだ。
ブラック企業で嫌というほど学んだ。
「……私、別に優秀じゃないんです」
ぽつりと呟く。
「ただ、壊れるまで働いてただけで」
「……」
「でも周りは、“頑張れる人”だと思ってた」
だから仕事が増えた。
責任も増えた。
断れなかった。
そして、壊れた。
「だからもう、“君しかいない”とか無理なんですよ」
部屋に沈黙が落ちる。
窓の外では、乾いた風が鳴っていた。
しばらくして。
レオルドが静かに口を開く。
「……ならば、私は貴女へ期待しない」
「え?」
思わず顔を上げる。
レオルドは真っ直ぐこちらを見ていた。
「少なくとも、“国を救え”とは言わない」
「いや、最初めちゃくちゃ言ってましたよね?」
「撤回する」
「軽くないですか!?」
王様の発言としてどうなんだ。
だがレオルドは真面目な顔のままだった。
「……笑っていたのだ」
「?」
「今日、中庭の空気が暖かくなった時……兵たちは笑っていた」
「え」
「久しぶりに見た」
レオルドは静かに言った。
「誰もが余裕を失っていたからな」
その声音は穏やかだった。
でも、どこか寂しそうでもあった。
「……だから」
彼は小さく息を吐く。
「貴女が無理をしない範囲で、この国へ居てくれるだけでも助かる」
「……」
私は返事ができなかった。
それは、ずるい言い方だと思った。
“救ってくれ”より、ずっと断りづらい。




