第7話
部屋へ戻った私は、そのままベッドへ倒れ込んだ。
「……だるい」
全身が重い。
熱がある訳ではない。
でも、身体の芯から力が抜けている感覚だった。
スマホを見る気力すらない。
「……能力の代償、とか?」
異世界っぽい単語を口にしてみる。
全然嬉しくない。
むしろブラック企業時代を思い出す。
限界まで働いて、急に身体が動かなくなる感じに似ていた。
あの時も、“まだ頑張れる”と思っていたのだ。
でも壊れた。
「……」
ぼんやり天井を見る。
暖房の効いたオフィス。
終電。
コンビニ飯。
疲れ切った顔の同僚。
誰も余裕なんてなかった。
なのに、“頑張るのが当然”みたいな空気だけがあった。
「……最悪だなぁ」
何がって。
異世界に来たのに、思い出すのが仕事のことなのが。
その時。
こんこん、と小さく扉が叩かれた。
「……はい」
入ってきたのは、さっき見た使用人内の1人で、若い侍女だった。
両手で盆を抱えている。
「お、お食事を……」
「ありがとうございます」
侍女は緊張した様子でテーブルへ器を置く。
湯気の立つスープ。
硬いパン。
それと、小さな果物。
「……?」
昨日より少し量が多い。
私が首を傾げると、侍女は慌てたように言った。
「へ、陛下が、“回復には食事が必要だ”と」
「……」
なんか。
妙にちゃんとしてるな、あの王様。
もっとこう王様って、“国のために働け”タイプかと思っていた。
「……陛下って、いつ寝てるんですか?」
「え?」
「ずっと働いてません?」
昨日も夜中まで起きていた。
朝も普通にいた。
侍女は少し困ったように笑う。
「陛下は……昔から、あまり休まれません」
「うわ」
ブラック企業適性が高い。
嫌な共感をしてしまった。
「以前は、もっと穏やかな方だったんです」
侍女は小さな声で続ける。
「ですが…、王位を継ぎ、冷害が続く様になってからは……」
「……」
「民が亡くなるたび、ご自身を責めておられて」
私は黙った。
責任感が強い人間ほど、自分を追い詰める。
少し分かる気がした。
……いや、分かりたくないけど。
「……ありがとうございます」
私は小さく礼を言う。
侍女はぱっと顔を上げた。
「え?」
「食事、持ってきてくれて」
「あっ、い、いえ……!」
侍女は慌てたように頭を下げる。
その拍子に、ふらりと身体が揺れた。
「……大丈夫ですか?」
「え?」
「顔色、悪いですよ」
よく見ると、目の下に隈があるし、肌も荒れていた。
侍女は気まずそうに笑った。
「最近、人手が減っていて……」
「あー……」
そこで察した。
人が足りない。
でも仕事は減らない。
だから残った人間へ負担が集中する。
知ってる。
ものすごく知ってる。
「……ブラックだ」
「ぶらっく?」
「なんでもないです」
私はため息を吐く。
異世界なのに労働環境が終わっている。
すると侍女は、少し迷った後、小さな声で言った。
「あの……本当に、暖かかったんです」
「え?」
「今朝、中庭で」
侍女は嬉しそうに微笑む。
「みんな、少しだけ顔色が良くなっていました」
「……」
「ありがとうございました」
何故バレたし。
でも。
その言葉に。
私は、なんとも言えない気持ちになった。
別に。
誰かを救いたかった訳じゃない。
感謝されたくてやった訳でもない。
ただ。
寒かったから、暖めただけだ…
検証してただけだし。
でも。
それで救われた人間がいるなら――。
「……」
私は無意識に、自分の手を見つめていた。




