第6話
朝食を終えた後、私は城の一角を案内されていた。
「外へ出ても大丈夫なんですか?」
「人目の少ない場所を選びます」
そう答えたのはフェルドだった。
王城の外壁近く。
人目につきにくい場所に行く、とのこと。
どうやら本当に、私の存在は秘密扱いらしい。
まあ当然か。
魔法も奇跡も存在しない世界で、突然“暖かい風を出す女”が現れたら普通に怖い。
元の世界でも下手したら処刑コースだ。
「……異世界ってもっと、魔法とか普通にあるものだと思ってた」
「“異世界”という概念は分かりませんが」
フェルドは少し不思議そうな顔をする。
「少なくとも我々の世界では、超常の力は神話の中だけです」
つまり。
この世界の文明は、純粋にヒトの力だけで成り立っている。
だから寒さにも弱いし、飢饉にも脆い。
「こちらの道を通ります」
通されたのは、中庭のさらに奥だった。
人通りは少ない。
朝だというのに、空気は冷え切っている。
空は灰色。
庭木も元気がない。
「……寒」
思わず肩を縮める。
すると遠くにいた兵士が、大きく咳き込んだ。
顔色が悪い。
痩せてもいる。
「体調悪そうですね」
「最近、風邪が流行っておりまして」
フェルドが眉を下げる。
「栄養不足と寒さで、抵抗力が落ちている者が多いのです」
「……」
私は黙った。
ブラック企業時代を思い出す。
ろくに寝ず、食事も適当で、常に疲れていた。
あの時も、ずっと体調が悪かった。
人間、余裕がなくなると簡単に壊れる。
「この辺りであれば大丈夫でしょう。」
「……思ったより乾燥してるんですね」
私は周囲を見回した。
土はひび割れ、草木も少ない。
空気も乾いている。
先程までとは違う寒さだった。
「この辺りは元々、砂漠地帯に近い土地です」
フェルドが説明する。
「昔はオアシス交易で栄えていたのですが……」
「今は違う、と」
レオルドが静かに続きを引き取った。
「水量が年々減っています」
私は黙った。
確かに、城の中にも余裕がなかった。
食糧。
薪。
灯り。
全部が不足している。
「……それで、ここで何を?」
レオルドが静かに口を開く。
「昨夜の力について、少し検証したい」
「検証、ですか…」
「昨夜の現象は偶然なのか。それとも意図的に扱えるものなのか」
「うーん……」
私は曖昧に唸った。
正直、自分でも分からない。
エアコンっぽい現象は起きた。
でも、どういう基準なのか不明だ。
「例えば、どのようなものを想像すると力が発現するのか」
「うーん……」
私は少し考える。
「温度… 風… エアコン。家電…とか」
「かでん」
「生活を便利にする道具というか」
全然伝わらない。
でも説明しようがない。
「じゃあ、試しに……」
私は周囲を見回した。
凍える空気。
兵士が数人。
使用人らしき人もいる。
暖かくなりつつあるが、みんな寒そうだった。
「昨日みたいに、“暖かくしたい”って思えばいいのかな……」
試しに意識してみる。
暖かい部屋。
冬のエアコン。
帰宅直後に浴びる暖気。
すると。
ふわり、と空気が揺れた。
「……!」
遠くの兵士が目を見開いた気がした。
冷えていた風が、ほんの少しだけ和らいだ。
でも昨日ほどじゃない。
私は眉をひそめた。
「……弱い?」
「十分異常です」
フェルドが真顔で言った。
いやまあ、そうなんだけど。
「もっとこう……」
私は考え込む。
暖房。
温風。
一定範囲。
広い部屋。
「……あ」
ふと、イメージが浮かんだ。
大型施設の空調。
ショッピングモール。
会社。
無駄に暖房が効きすぎていたオフィス。
「……うわ」
嫌な記憶まで蘇った。
息苦しい空気。
鳴り続ける電話。
終わらない残業。
でも同時に。
広い空間を包む暖気の感覚も思い出す。
「――っ」
次の瞬間。
ぶわっ、と強い暖風が吹き抜けた。
「なっ……!?」
兵士たちがざわめく声が聞こえる。
空気が変わり、
辺り一帯の冷気が、一気に押し流された。
まるで季節そのものが変わったみたいだった。
「すご……」
自分でも引く。
広い。
昨日までより範囲が広すぎる。
レオルドも驚いたように周囲を見回していた。
「これほどとは……」
だが、
その瞬間だった。
ずき、と頭に激痛が走る。
「っ……!」
視界が揺れた。
立っていられない。
急に身体が重くなる。
「聖女様!?」
「だ、大丈夫……じゃ、ない……」
息が苦しい。
徹夜を何日も続けた後みたいな倦怠感。
足から力が抜ける。
倒れかけた瞬間、誰かの腕が肩を支えた。
「無理をするな」
低い声。
レオルドだった。
「顔色が悪い」
「……なんか、急に……」
頭が回らない。
フェルドが険しい顔でこちらを見る。
「力を使った反動でしょうか……」
「反動……」
私はぼんやり呟く。
少しだけ安心した。
良かった。
無限に使える訳じゃないらしい。
もし本当に“なんでもできる力”だったら、逆に怖かった。
「……部屋へ戻りましょう」
レオルドが静かに言う。
「今日はもう休んでください」
「……はい」
素直に頷いてしまった。
その帰り道。
私はぼんやり考えていた。
暖かい風。
広範囲の空調。
生活を快適にする何か。
便利な魔法なのかも、とも思ったけど。
「……ほんと、なんなんだろ。この能力」




