第5話
翌朝。
「さむい」
気がつけば寝ていた私は、目を覚ました瞬間、現実を思い出した。
「異世界、か…」
私は重たい瞼を開けながら、ぼんやり天井を見上げた。
「……夢じゃないんだ」
異世界転移。
帰還方法不明。
暖房のない世界。
改めて整理すると、本当に最悪だった。
能力のおかげで昨夜は多少マシだったとはいえ、根本的な問題は何も解決していない。
石造りの建物、冷え方が容赦ない。
最悪である。
ほんとうに寒い。
「文明ぃ……」
絶望した。
私は毛布に包まりながらスマホを確認する。
充電、残り二十七%。
「減ってる……」
さらに絶望した。
この世界にはコンセントがない。
つまり、充電が切れたら終わりだ。
時計も。
ライトも。
メモも。
全部失う。
「……スマホ充電できる能力とかないのかな」
ぼそりと呟いてみる。
何も起きなかった。
「そっちは無理なんだ……」
基準が分からない。
エアコンは使えるのに。
「……モバイルバッテリーでも買っとけばよかった」
今さらすぎる後悔をしながら、ベッドを降りる。
その時だった。
こんこん、と扉が叩かれる。
「……はい」
「失礼いたします」
入ってきたのはフェルドだった。
だが昨夜と違い、どこか緊張している。
扉を閉める動きまで妙に慎重だった。
「……どうしました?」
「まず、お伝えしたいことがあります」
フェルドは声を潜める。
「昨夜の件ですが、城内でもごく一部にしか共有しておりません」
「……ああ」
暖房の件か
「この国には、“奇跡”も“魔法”も存在しません」
「え?」
思わず聞き返す。
「ないんですか?」
「ありません」
断言だった。
「古い神話や伝承は存在します。ですが、人が超常の力を扱った記録は残っていない」
つまり。
この世界の人間にとって、昨夜の現象は完全に異常。
「そのため、軽々しく公表すれば混乱を招きます」
「……まあ、そうですよね」
突然“暖かい風を出せる女”とか現れたら怖い。
宗教問題にもなりそう。
フェルドはさらに声を落とした。
「最悪の場合、“災い”として扱われる危険もあります」
「うわぁ……」
ファンタジーのお約束が重い。
チート能力イエーイ、では済まないらしい。
「ですので陛下は、貴女の存在を秘匿する方針を取られました」
「秘匿」
「表向きは、“遠方から保護した客人”として扱います」
かなり慎重だ。
でも、その方が私としても助かる。
注目されるのは苦手だった。
期待も。
視線も。
全部。
「……ありがとうございます」
自然と口から出た。
フェルドは少し驚いたように目を瞬かせる。
「いえ。我々こそ、巻き込んでしまった立場ですから」
その時だった。
ぐぅぅぅ、と。
静かな部屋に間抜けな音が響く。
「…………」
私のお腹だった。
フェルドが気まずそうに咳払いする。
「朝食をお持ちします」
「……お願いします」
数分後。
部屋へ運ばれてきた食事を見て、私は少し固まった。
黒パン。
薄いスープ。
小さな干し肉。
昨日の夜と大差ない。
「……」
食べ物が少ない。
改めて実感する。
日本だったら、コンビニへ行けばいくらでも食料があった。
冷凍食品も。
温かい弁当も。
飲み物も。
でも、この世界では違う。
「失礼する」
低い声と共に、レオルドが部屋へ入ってきた。
今日も装飾の少ない黒い服だった。
王様っぽい豪華さがない。
むしろ、働きすぎの管理職みたいだ。
「……おはようございます」
「昨夜は眠れましたか?」
「寒かったです」
即答だった。
レオルドが僅かに目を伏せる。
「……すまない」
「いや、謝られても困るんですけど」
本当にこの人、ずっと謝っている。
するとレオルドは、机の上の食事へ視線を向けた。
「口に合いませんか」
「いや、そういう訳じゃ……」
言い淀む。
不味い訳ではない。
ただ、足りない。
栄養も。
量も。
「……食糧事情、かなり厳しいんですね」
レオルドは否定しなかった。
「今年は特に」
短い言葉。
でも、それだけで十分だった。
この国は本当に追い詰められている。
「……だからって、私に国を救えは無茶ですよ」
思わず言う。
するとレオルドは静かにこちらを見る。
「ええ」
「……え?」
「無茶だという自覚はあります」
予想外の返答だった。
「ですが、他に方法がないのです」
その声は、ひどく静かだった。
諦めを押し殺した人の声だった。




