58話
部屋へ戻ると、椅子に腰掛け小さく息を吐く。
机の上に置かれた杯を手に取る。
「……冷たい」
口をつけると、程よく冷えた水が喉を通る。
部屋の中は外より過ごしやすい。
最近は驚かなくなったし、いつの間にか当たり前になっていたけど、能力については相変わらずよく分からない。
自分が過ごしやすいように少し温度や湿度が変わる。
意識的に変化を大きくしようとしたりすると、途轍もなく疲れる。
前に検証をした頃から大きな変化はない。
「……まぁ、困ってはいないんだけど」
杯を机に戻し、窓の外へ目を向ける。
城の中庭では、何人かの使用人が行き来していた。
砂嵐の後片付けも、まだ終わっていないのだろう。
昼食を終えた後も、部屋で本を読んだり、ぼんやり外を眺めたりして過ごした。
気が付けば、窓から差し込む陽射しも傾き始めている。
こんこん、と扉が叩かれた。
「はい」
「失礼いたします」
侍女が一礼する。
「春乃様。陛下がお時間を頂きたいとのことです」
「レオルドさんが?」
「はい」
少し意外だった。
今日は朝から忙しそうにしていたはずだ。
「今からでも大丈夫ですよ」
立ち上がり、軽く服を整える。
「では、ご案内いたします」
部屋を出ると、侍女の後について廊下を進む。
ほどなくして見慣れた執務室の扉の前で足が止まる。
控えめなノックの後、中から返事が聞こえた。
「入ってくれ」
侍女が軽く頭を下げ、部屋へ入る。
「失礼します」
「来てくれたか」
レオルドは机から顔を上げた。
机の上には書類が何枚も積まれている。
やっぱり忙しかったのだろう。
「お忙しかったんじゃないんですか?」
「ああ」
「今回は大きな被害もなくてな。一段落したところだ」
「そうだったんですね」
机の上の書類を脇へ寄せると、こちらに向き直った。
「何かご用でしたか?」
「いや」
「特に用件はない」
「……え?」
「少し話そうと思ってな」
あまりにも自然に言われて、思わず瞬きをする。
「……それだけ、ですか?」
「ああ」
あまりにもあっさりしていて、思わず笑ってしまった。




