56話
「本日の確認はこの辺りですな」
しばらくするとフェルドが口にする。
「そろそろ私は別場所の確認へ向かいます」
「もうですか?」
「ええ」
頷きながら紙束を抱えていく。
「砂嵐の後ですので」
それだけで職人達も同じように頷いていた。
「作業場の方を見ておきませんとな」
「店を閉めていた所もありますし」
口々に話しながら道具を片付けていく。
今日は優先する事があるらしい。
「試験の続きはどうするんですか?」
「もちろん継続します」
そう言って紙束を軽く持ち上げる。
「ただ、砂嵐の後始末がありますから」
なるほど、と小さく頷く。
言われてみればその通りだった。
職人達も次々と後始末を進めている。
フェルドも既に次の場所に向かう準備をしていた。
私はその様子を見ながら、街で見た人達を思い出す。
今頃は片付けや確認に追われているのだろうか。
「皆さん忙しそうですね」
気付けばそう呟いていた。
「そうですね」
リゼも頷く。
「砂嵐の後ですから」
地下保管庫の中を見回す。
市場へ向かう者。倉庫へ向かう者。
それぞれの仕事へ戻っていく背中を見ている内に、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなった。
「春乃様?」
リゼがこちらを見る。
こんな事を聞いていいのだろうか。
けれど結局、口を開いた。
「私にも何か出来る事はありませんか」
「何故、そう思われたのですか?」
責めるような口調ではない。
純粋な疑問だった。
「何もしていない気がして」
言葉を探しながら続ける。
「試作箱もそうですけど、見ている事の方が多いですし」
フェルドも黙って聞いていた。
「それに」
少しだけ視線を落とす。
「皆さんは色々やっているじゃないですか」
市場で見た人達。
地下保管庫の職人達。
城で働く人達。
そういう姿が頭を過ぎる。
「だから、その……」
そこから先の言葉が出てこなかった。
役に立ちたいのか。
何かをしたいのか。
自分でもよく分からない。
ただ、このまま待っているだけなのが少し落ち着かなかった。
しばらくして、フェルドは小さく息を吐いた。
「難しいですな」
その答えは少し意外だった。
「難しい、ですか?」
「ええ」
フェルドは頷く。
「春乃様は職人ではありませんし、薬師でもありません」
それはそうだ。
「ですから、すぐにお願い出来る仕事はありませんな」
思った通りの返事だった。
自分でも分かっていた。
「ですが、焦る必要もありません」
机の上の試作箱に視線を向ける。
「試作箱の件も、最初から形になっていた訳ではありません」
確かにそうだった。
最初は雑談のような話から始まったはずだ。
「春乃様が見て、考えて、気付いた事があった」
穏やかな声色で言う。
「だから我々は試しているのです」
その言葉に返事は出来なかった。
「それに」
今度はリゼが口を開いた。
「春乃様は、この国の事をまだあまりご存知ありません」
私は顔を上げる。
「そうですね……」
否定出来なかった。
城での会話を耳にして、街や市場を見た程度。
「知らなければ気付けない事もあります」
静かに続ける。
「ですから、今はそれでも良いのではありませんか」
この世界の事をほとんど知らない。
それは昨夜、自分でも思った事だった。
何が出来るのか分からない。
何をしたいのかも分からない。
だから結局、何も変わっていないのかもしれない。
でも何故だろうか。
少しだけ肩の力が抜けた気がした。




