第52話
王宮へ戻った翌日。
私はリゼと共に地下保管庫を訪れていた。
中ではフェルドとレオルドが記録紙を広げている。
机の上には試験結果と試作箱。
見慣れた光景だった。
「お待ちしておりました」
フェルドがこちらに気付く。
「薬師通りはいかがでしたかな」
「思っていたのとは、違いました」
そう答えると、レオルドが少し笑った。
「ほう」
促されるまま椅子へ腰を下ろす。
「売り場を見に行ったつもりだったんです」
市場で見た光景を思い出す。
「でも印象に残ったのは人の方でした」
フェルドは何も言わない。
ただ静かに聞いている。
「同じ薬草でも」
言葉を探す。
「香りを見ている人もいましたし、値段を見ている人もいました」
「当然ですな」
フェルドは頷いた。
あまりにも自然な返答だった。
「当然なんですか?」
「ええ」
不思議そうにする私を見て、小さく笑う。
「市場とはそういう場所です」
私は少し考える。
「私は、良い物なら皆欲しいのだと思っていました」
正直な感想だった。
品質が良い。
香りが残る。
長持ちする。
なら価値があるはずだと。
「市場は違いましたかな?」
フェルドが尋ねる。
「はい」
頷く。
「思っていたより、皆さん色々な理由で選んでいました」
「でしょうな」
その反応に、少しだけ拍子抜けした。
まるで最初から分かっていたような口ぶりだ。
「だから見ていただいたのですよ」
フェルドは穏やかに言う。
そこでレオルドが口を開いた。
「だが、それで試作箱の価値が消える訳ではない」
机の上の箱を軽く叩く。
「保存期間が伸びる」「品質が保たれる」
「それだけで十分有用だ」
迷いの無い声だった。
「王宮の備蓄だけでも使い道はある」
私は試作箱を見る。
市場では様々な客がいた。
品質を見る人もいた。
そうでない人もいた。
けれど、それと技術そのものの価値は別なのだろう。
「広まるかどうかは分かりませんけど」
思わずそう呟く。
「広めるのは人の仕事だ」
レオルドはあっさりと言った。
「技術そのものの価値とは別にな」
私は思わず瞬きをする。
「そういうものですか?」
「そういうものだ」
迷いなく頷いた。
「役立つ技術だからといって、勝手に広まる訳ではない」
「逆もまた然りだ」
短い言葉だった。
けれど妙に納得してしまう。
市場で見た光景も、きっと同じなのだろう。
「実際に見ていただけたのは大きいでしょう」
フェルドが記録紙を閉じる。
「私達が説明するより、ずっと分かりやすい」
市場へ行く前は、品質が良ければそれで十分なのだと思っていた。
けれど実際には違う。
価値がある事と、広まる事は別らしい。
私は机の上の試作箱へ視線を向けた。
市場へ行ったからといって、新しい案を思いついた訳ではない。
けれど、この箱を見る目は少し変わった気がしていた。




