第34話
執務室の空気は、昨日までとは少し変わっていた。
もう机を囲んで話しているだけではない。
並べられているのは試作箱だけではなく、水桶や布、細かな札、それに運搬用らしい縄まで増えている。
「そちらは外気下用です」
リゼが箱に札を括り付けながら言った。
札には、水量と設置場所が細かく書かれている。
「地下用と混ぜないよう注意してください」
「了解です」
返事をしたのは、執務室へ入ってきた若い職人だった。
肩へ木箱を抱えたまま、慎重に机へ運んでいく。
後ろには、年配の職人もいる。
机の上へ並べられた試作品を見る目は真剣だった。
「……思ったより人来てる」
「箱を作った本人達ですからね」
フェルドが紙を確認しながら答える。
「実際に扱う側の意見も必要です」
職人の一人が、蝋布を張った木箱を軽く叩く。
「昨日よりは固まってますな」
「夜の間に冷えたのでしょう」
フェルドが頷いた。
「ですが昼を越えるとまた変わる可能性があります」
「熱で緩む訳か」
レオルドが腕を組む。
私はそのやり取りをぼんやり眺めていた。
前回までは、あくまで“考えている”空気だった。
でも今は違う。
実際に持ち運び、触って確かめている。
「こっちは軽いな」
別の職人が木枠型を持ち上げる。
「だが砂は入る」
「街道向きではなさそうですな」
「近距離用なら悪くないかもしれません」
机の周囲では、自然にそんな会話が飛び交っていた。
誰か一人が答えを出している訳じゃない。
試して駄目な部分を見て、別の使い方を探している。
「春乃様」
呼ばれて振り向くと、
リゼが小さな薬草袋を差し出してきた。
「こちらを木箱へ」
「え、私ですか?」
「実際に入れる量も揃えますので」
私は袋を受け取り、言われた通り箱に並べていく。
乾いた葉が擦れる音が小さく響いた。
その横では、職人達が箱の蓋の開閉を確認している。
「蝶番無しだと、やはり歪みますな」
「ですが金具を増やせば重量が」
「木材自体も変えるべきかもしれません」
話が次々続いていく。
私は思わず周囲を見回した。
執務室なのに、今は工房みたいだった。
紙と筆だけじゃない。
木屑。
布。
縄。
薬草。
水。
部屋の中へ、色んな匂いが混ざっている。
「外気下設置、先に済ませます」
フェルドが箱を持ち上げる。
「昼熱が残っている内に始めたい」
「私も行きます」
職人の一人がすぐ続いた。
リゼも水桶を持ち上げる。
次々と人が動き始める中、
私も慌てて薬草袋を抱え直した。
試験はまだ始まっていない。
でも、もう“準備しているだけ”の空気ではなかった。




