第33話
試験用の薬草が机へ並べられ始めた頃には、窓の外の陽射しも少し傾き始めていた。
それでも執務室の空気はまだ熱を含んでいる。
机の上には、小分けされた薬草袋と試作箱。
その横ではフェルドが紙へ細かく条件を書き込んでいた。
「水量は三段階に分けます」
彼は並べられた革袋を順番に指していく。
「最低限。
通常。
多め」
「多めって、どのくらい使うんですか?」
「実運用を無視するなら幾らでも増やせます」
フェルドは淡々と返した。
「ですが、それでは意味がありません」
「水の方が高く付くようでは本末転倒だからな」
レオルドが箱を持ち上げながら言う。
私は小さく頷く。
前の世界だと、
保冷のために水を使うなんて気にも留めなかった。
でもここでは、
冷やすための水そのものが貴重だ。
「地下保管との比較はどうします?」
リゼが薬草袋を並べながら尋ねる。
「通常保管を基準にします」
フェルドは紙をめくった。
「地下。
執務室。
外気下。
それぞれ通常袋と比較する」
「全部今日置くんですか?」
「ええ。少なくとも昼間の熱は確認したい」
私は窓の外を見る。
白く霞む石壁。
乾いた風。
熱を含んだ光。
こうして座っているだけでも暑い。
これを積荷として運ぶのなら、
確かに傷むのも早いのだろう。
「外気下は城壁側へ置きます」
フェルドが続ける。
「風はありますが、日陰も作れる」
「日向では?」
「比較は必要でしょうね」
その返答にレオルドが小さく眉を寄せた。
「薬草が駄目になるぞ」
「ですので少量です」
フェルドは平然としている。
「どの程度で劣化するかも確認する必要があります」
私は思わず机の上の薬草袋を見る。
必要ならちゃんと壊す前提で試すんだ。
でも言われてみれば当然だった。
どこまで耐えられるか分からなければ、
運用条件も決められない。
「輸送再現はどうします?」
リゼが今度は木箱へ視線を向ける。
「揺らす?」
「最低限は必要でしょう」
フェルドは頷いた。
「止めた状態だけでは実際の輸送と違い過ぎます」
「……そこまでやるんですね」
「運搬中に駄目になる物が多いので」
レオルドが低く言う。
「保管出来ても、運べなければ意味がない」
机の上には、
次々と条件が増えていく。
水量。
設置場所。
通気。
日向。
揺れ。
箱一つの話だったはずなのに、
今はもう運搬そのものの条件を詰め始めている。
「夜なら多少ましなんですが」
リゼが小さく呟く。
「昼を跨ぐと、一気に傷む事もありますので」
「夜間輸送自体は昔からあります」
フェルドも続けた。
「ですが人手も必要ですし、砂嵐の危険もある」
「野盗も増えるからな」
レオルドが腕を組む。
「結局、安全な街道ばかり使える訳でもない」
私は静かに聞いていた。
この国の人達は、
最初から何もしていなかった訳じゃない。
色々試し、
その上で足りなかったのだ。
だから今ここでやっているのも、
“知らなかった事を教える”ではなく、
積み重ねの続きを探しているだけなのかもしれない。
フェルドの筆先が、また紙へ新しい条件を書き足していく。
執務室には、薬草の乾いた匂いと紙を擦る音が静かに広がっていた。




