第32話
リゼに案内され執務室へ向かう途中、私は何度か無意識に歩幅を速めていた。
試作品。
その言葉だけで、数日ぶりに執務室へ呼ばれた理由が分かった。
廊下の窓から差し込む光は強く、石壁へと白く反射している。昼間の熱気は相変わらず重い。
けれど今は、不思議と足取りまで重くなる感じはしなかった。
「そんなに急がなくても逃げませんよ」
前を歩いていたリゼが静かに言う。
「あ……すみません」
「別に責めてはおりません」
淡々と返される。
でも少しだけ、声に柔らかさが混じっている気がした。
執務室の扉が開く。
中へ入った瞬間、私は思わず目を瞬かせた。
「……増えてる」
机の上。
前よりも物が多い。
木箱。
布。
紐。
小さな革袋。
削り掛けの板材。
しかも一つではなかった。
形の違う木箱が幾つも並べられている。
「来ましたか」
フェルドが顔を上げる。
その目の下には少し疲れが見えた。
「これ全部、試作品ですか?」
「正確には試作途中ですね」
そう言って彼は机の上の一つを引き寄せた。
小ぶりな木箱だった。
だが蓋を開けた瞬間、私は思わず顔をしかめる。
「……重い」
「ええ」
フェルドが淡々と頷く。
「内部へ湿布を挟み込む構造にした結果、重量が増え過ぎました」
「水を吸えば更に重くなる」
レオルドが付け加える。
「輸送用としては厳しいな」
机の端には、別の箱も置かれていた。
こちらは逆にかなり薄い。
「それは軽量化優先ですね」
フェルドが説明する。
「ですが隙間が多過ぎる。砂が入り込みます」
「……あ」
箱の隅には、既に細かな砂が溜まっていた。
「密閉を強めれば蒸れますし、通気を優先すれば砂が入りますね」
リゼが静かに言う。
「その調整が難しいのです」
フェルドは別の布を持ち上げる。
白っぽい布地だったが、触ると少し硬い。
「これは?」
「植物性の蝋を染み込ませた布です」
「蝋?」
「水や砂を多少弾けないか試しています」
私は布を指先で押してみる。
確かに普通の布より水を通しにくそうだった。
「ですが熱で柔らかくなります」
フェルドがすぐ続ける。
「暑季では表面へ砂が張り付きやすい」
「匂いも残りますね」
リゼが小さく眉を寄せた。
「薬草によっては影響が出るかと」
「つまり失敗?」
思わず聞くと、
フェルドは少しだけ考えるように視線を落とした。
「半分は、ですね」
「半分?」
「完全な防水や密閉は難しいと分かりました。ですが、布自体の劣化は多少抑えられています」
彼は机の上へ布を戻す。
「問題点が見えるだけでも前進です」
その横では、別の箱が開かれていた。
こちらは木枠へ厚手の布を張っただけの簡素な作りだった。
「これはかなり軽いな」
レオルドが片手で持ち上げる。
「ええ。その代わり保護性能は低いですが」
「長距離向きではないか」
「ただ、近距離なら悪くありません」
机の上には、
成功とも失敗とも言い切れない物が並んでいた。
重過ぎる物。
砂が入る物。
熱で布が駄目になる物。
でも同時に、
少しだけ良かった部分も残っている。
全部が無駄になっている訳じゃない。
「……本当に試しながら作ってるんですね」
気付けばそう漏れていた。
「当然です」
フェルドは即答した。
「最初から完成形など出ませんよ」
その言葉に、私は少しだけ肩の力が抜ける。
前の世界では、
失敗は減点だった。
完成してから出せ。
間違えるな。
ずっとそういう空気だった気がする。
でもここでは違う。
上手くいかなかった箱も、
机の上から捨てられてはいなかった。
執務室には、削られた木屑の匂いと、筆記音だけが静かに残っていた。




