第30話
昼食を取り終えた後も、執務室にはまだ豆と香草の匂いが薄く残っていた。
机の端へ寄せられた食器の横で、フェルドが先程までの記録へ視線を落としている。
「運搬用として考えるなら、まず容器ですね」
そう言って彼は机の上へ置かれていた小さな木箱を引き寄せた。
「現在使われているのは、主に木箱や革袋です。陶器は保管には向きますが、輸送では割れやすい」
「砂漠だと揺れも大きいからな」
レオルドが付け加える。
「特に長距離は駱駝が中心だ。積荷への負担も軽くはない」
私は木箱を見る。
分厚い板。
簡素な作り。
日本にあった保冷箱みたいなものとは全然違う。
「……外の熱が入らなければいいんですよね」
気付けばそう呟いていた。
三人がこちらを見る。
「完全に冷やせなくても、運ぶ途中だけでも保てるなら、重要なのは“冷やす”より“熱を入れにくくする”方なのかもしれなくて」
言いながら、自分でも曖昧だと思う。
「熱を遮る、ですか」
フェルドが小さく呟く。
「……布を重ねる?」
私は首を傾げる。
「あと、隙間とか……空気?」
「空気…か」
レオルドが腕を組む。
フェルドはすぐ紙へ書き込み始めた。
「木箱の内側へ布を張る構造なら、試作自体は可能でしょうね」
「ですが、水を含ませるなら漏れ対策も必要になります」
リゼが静かに言う。
「荷へ染み出せば薬草が駄目になるかと」
「あ……確かに」
私は思わず頷く。
冷やす以前に、
中身を濡らしたら意味がない。
「通気も必要でしょうね」
フェルドが続ける。
「密閉し過ぎれば蒸れます」
「ですが開ければ砂が入る」
リゼが返す。
通気。
砂。
湿気。
漏れ対策。
話す度に考える事が増えていく。
簡単ではない。
けれど、誰もそこで止めようとはしなかった。
「まずは小型で試しましょう」
フェルドが紙へ線を引く。
「薬草用なら量も限られる。試験もしやすい」
「試すだけなら失敗しても被害は少ないからな」
レオルドも頷いた。
私はそのやり取りを聞きながら、机の上へ置かれた木箱を見る。
まだ形にもなっていない。
少し前まで“冷える”事自体が曖昧だったのに、今はもう“どう使うか”の話になっている。
「……そこまで進めるんですね」
思わずそう漏らすと、
フェルドが小さく顔を上げた。
「試した結果、無意味という可能性もあります」
「それでも?」
「だからこそ小規模で行うのです」
彼は静かな声で続ける。
「幸い、城内へ出入りしている職人の中には口の堅い者もおります」
「……誰かに頼むんですか?」
フェルドは頷いた。
「ええ。私個人の依頼という形を取ります」
王命では大きくなり過ぎる。
そういう事なのだろう。
「詳細までは伝えません。試作容器が必要だとだけ伝える予定です」
机の上では、フェルドの筆が止まる事なく紙を埋めていく。
薬草の量。
布へ含ませる水。
容器の大きさ。
まだ答えは何一つ出ていない。
執務室にはフェルドの筆記音が響いていた。




