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家電少女は恋を知らない 〜異世界で快適な暮らし、はじめます〜  作者: 秘色ひすい
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第28話

 紙を閉じたフェルドが、小さく息を吐く。


「少なくとも“冷える”という現象自体は確認できました」


 執務室には、まだ静かな空気が残っていた。


 机の上へ並べられた器や水差し。

 書き留められた記録。

 触れたままになっていた杯。


 本当に少し水が冷えただけ。


 それなのに、

 さっきまでと同じ部屋とは思えなかった。


「……でも、これだけで何か変わるんですか?」


 思わずそう聞いていた。


 本当に少しだ。


 氷が出来る訳じゃない。

 食べ物を長期間残せる訳でもない。


 正直、何に使えるのかまだよく分からない。


「当然、これだけで全て解決はしません」


 フェルドはすぐ頷いた。


「ですが、“少し保つ”だけでも意味はあります」


 彼は机の端へ置かれていた小さな袋を持ち上げる。


「薬草です」


 袋が開かれると、

 乾いた草の匂いが微かに広がった。


「乾燥保存用ですね」


 リゼが静かに言う。


「ですが暑季後半になると香りや効力が落ち始めます」

「地下でも駄目なんですか?」

「万能ではありません」


 フェルドが答える。


「夜は冷えますが、

 保管庫は密閉される事も多い」


 彼は薬草袋を机へ戻した。


「湿気を避ければ乾燥し過ぎる。

 通気を増やせば今度は熱や砂が入る」


 私は思わず黙り込む。


 どちらを選んでも、

 別の問題が出てくる。


「水を使えば解決する訳でもないからな」


 レオルドが腕を組む。


「湿らせ過ぎれば傷む」


「特に薬草類は繊細ですから」


 リゼが静かに続けた。


 机の上の薬草袋を見る。

 乾いた匂い。

 外から吹き込む風。

 さっきまで少し冷えていた水。


 この国では何かを保つ事自体が難しいのだと、

 少しずつ実感し始めていた。


「食料も似たようなものだ」


 レオルドが低く言う。


「干し肉や乾燥保存はある。

 だが水分を残したまま運ぶのは難しい」


「果実類は特に厳しいですね」


 フェルドが頷く。


「近場ならともかく、遠方から運ぶ頃には傷み始める事もあります」


「……」


 私は言葉を失う。


 日本では遠くの食べ物なんて普通に並んでいた。

 冷たい飲み物。傷んでない果物。


 でも、それを当たり前に出来る理由なんて、

 考えた事もなかった。


「春乃様」


 リゼが静かに杯を差し出してくる。


「少し休まれた方が」


「あ……ありがとうございます」


 受け取った杯は、

 もう特別冷たくはなかった。


 それでも、

 喉へ流し込むと少しだけ呼吸が楽になる。


「顔色が戻っておりません」

「そんなに酷いですか?」

「先程よりはましですが」


 私は苦笑する。


 前の世界ならこの程度で心配される事なんてなかった。

 むしろ、まだ動けるなら働けと言われていたと思う。


「ですが」


 フェルドが記録へ視線を戻した。


「完全な解決は無理でも、“遅らせる”事が出来れば意味はあります」


「遅らせる……」

「半日でも、一日でも変われば届く場所が増える」


 レオルドが続ける。


「救える量も変わる」


 私は静かに息を吐く。

 本当に少し。


 たった一日。


 前の世界なら、

 気にも留めなかった時間だ。


「……なんか、変な感じです」


 気付けばそう零していた。


「何がだ?」


「向こうだと普通だった事が、

 こっちだと全然普通じゃないので」


 レオルドが小さく笑う。


「こちらからすれば、

 貴女の世界の方がよほど異常だ」


「今はもう、否定出来ないです」


 思わず苦笑する。


 外から正午を告げる鐘の音が小さく響いた。

 気付けば窓の外では陽が高く熱気が増え始めていた。

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