第27話
フェルドは持ち上げていた水差しを、ゆっくり机へ戻した。
「形だけなら再現自体は可能でしょう」
指先で、白い布の巻かれた表面を軽く叩く。
「ただ、問題はその先です」
「先?」
「加工精度ですね」
私は首を傾げる。
フェルドは少し考えるように言葉を選んだ。
「仮に二重構造にした場合、中へ均等に空間を作る必要があります」
「……難しいんですか?」
「恐らく、かなり」
答えたのはレオルドだった。
「この国の陶器は、実用品としては優秀だ。だが精密な加工を前提にはしていない」
私は机の上の水差しを見る。
丸みのある形。
厚みも均一ではない。
言われてみれば、
“綺麗に同じ形を作る”前提の道具ではなさそうだった。
「しかも二重にすれば、その分割れやすくなるでしょうね」
フェルドが続ける。
「運搬にも向かなくなります」
「あ……」
確かに。
壊れやすくなったら意味がない。
この国では、遠くまで物を運ぶ必要があるのだから。
「あと、水ですかね」
リゼが静かに口を開いた。
三人がそちらを見る。
「もし二重部分へ常に水を使うのであれば、維持が難しいかと」
「……やっぱりそうですよね」
私は小さく頷く。
冷やすために大量の水を使うなら、
本末転倒になってしまう。
部屋へ少し考え込むような沈黙が落ちる。
窓から吹き込む風が、
机の端へ置かれた紙を僅かに揺らした。
「ですが」
フェルドが再び水差しへ触れる。
「もし少量の水でも効果が出るのであれば、話は変わります」
「……私の力込みで、ですか?」
「ええ」
即答だった。
「現状、通常では起こり得ない冷却が確認されていますからね」
私は曖昧な気持ちになる。
まだ“自分の力”と言われても実感が薄い。
ただ触れただけ。
ただ冷たいものを思い浮かべただけ。
それだけで周囲が変わるなんて、
自分でも未だに信じ切れていなかった。
「……でも、毎回出来るか分からないですよ」
そう言うと、
フェルドは静かに頷いた。
「だからこそ検証が必要なのです」
「もし一度しか出来ないなら、実用は難しいからな」
レオルドが腕を組む。
「逆に安定するなら、少量でも価値が出る」
私はぼんやりと天井を見上げた。
少量の水。
冷却。
運搬。
頭の中で言葉が繋がっていく。
けれど、
そこから先が出てこない。
「……駄目だ。何か思い出せそうだったのに」
額へ手を当てる。
頭が重い。
さっきからずっと、
集中した後みたいな疲労感が抜けなかった。
「今日はここまでにしましょう」
リゼが少し心配そうに言った。
「顔色が優れません」
「そこまで酷くないです」
「本人の“大丈夫”は信用ならん」
レオルドが即座に返す。
「ひどい」
「先程から何度も額へ手をやっている」
「……見られてたんですね」
「当然だ」
私は思わず苦笑する。
でも、
そこでようやく気付いた。
前の世界なら、
この程度で休めとは言われなかった。
むしろ、
まだ動けるなら働けと言われていたと思う。
「……」
小さく黙り込む私を見て、
フェルドが書き記していた紙を閉じる。
「本日の結果だけでも十分価値があります」
「そう、なんですか?」
「ええ。少なくとも、“周囲への影響”は確認できました」
彼は静かに続ける。
「そして問題点も見えた。
それだけでも前進です」
問題点。
加工。
水。
耐久性。
運搬。
簡単にはいかない。
でも。
だからこそ今。
この部屋で考えている意味がある気がした。




