第3話
案内された部屋は、想像していたよりずっと質素で。
「……王城って、もっとキラキラしてるものじゃないんだ」
思わず漏らすと、先を歩いていた神官――改め、フェルドが困ったように笑う。
「以前は、もう少し余裕がありました」
その言葉で察した。
廊下は広い。
造りも立派だ。
けれど、どこか薄暗い。
灯りの数が少ないのだ。
壁に掛けられた燭台も、ところどころ火が消えている。
寒い。
石造りの建物だから余計に冷気が籠もっていた。
「……暖炉とかないんですか?」
「ありますが、薪の消費を抑えるため、最低限しか使用しておりません」
「うわぁ……」
想像以上に切実だった。
私は思わず、自分の部屋を思い出す。
狭いワンルーム。
安物のカーテン。
積みっぱなしのコンビニ袋。
でも、エアコンをつければ暖かかった。
ボタン一つで。
「文明って、すごかったんだなぁ……」
「……?」
「あ、独り言です」
フェルドに怪訝そうな顔をされ、誤魔化す。
やがて、小さな部屋へ通された。
客室、なのだと思う。
簡素なベッドに、木の机。
暖炉はあるが、火は入っていない。
……寒い。
本当に寒い。
「すぐに食事をお持ちします」
「ありがとうございます……」
扉が閉まる。
一人になった瞬間、私はその場にへたり込んだ。
「……異世界転移とか、聞いてないんだけど」
当然だが。
誰も説明してくれなかった。
いや、説明されても困るけど。
スマホを取り出してみる。
圏外。
まあ知ってた。
「ネット……」
文明との繋がりが断たれた気がして、急に心細くなる。
なんとなくSNSアプリを開こうとして、止まった。
もう誰とも繋がっていないアカウントだった。
退職してから、ほとんど更新していない。
友人とも疎遠。
通知も来ない。
「……別に、元の世界でも一人だったくせに」
ぽつりと呟く。
でも。
帰れないかもしれない、と言われると話は別だった。
怖い。
知らない世界。
知らない人間。
知らない常識。
「しかも寒いし……」
ぶる、と肩が震える。
エアコンが恋しい。
こたつでもいい。
電気毛布でもいい。
文明を返してほしい。
その時だった。
こんこん、と控えめなノックが響く。
「……はい」
扉を開けたのはレオルド本人だった。
「えっ」
王様が直々に来た。
しかも両手にトレーを持っている。
「使用人を起こす人数も減らしているので」
困惑している私を見て、レオルドが少し気まずそうに言う。
「簡単なものしか用意できませんでしたが」
「いやいやいや、王様が運んでくることあります!?」
「慣れています」
全然良くない返答だった。
この国、思ったより末期なのでは?
レオルドは机に食事を並べていく。
スープ。
黒っぽいパン。
少量の干し肉。
……質素だ。
というか、かなり。
「それしか、ないんですか」
思わず聞いてしまった。
レオルドは一瞬だけ黙り、それから静かに答える。
「今年の冬は特に厳しく」
「……」
「良い物をお出しできれば、よかったのですが…」
その言い方で分かった。
これは見栄ではない。
本当に食糧が足りていないのだ。
私はスープを口に運ぶ。
ぬるい。
味も薄い。
正直、美味しくはない。
でも、空腹には染みた。
「……あったかい」
ぽつりと零す。
その瞬間、レオルドが少しだけ目を細めた。
まるで安心したみたいに。
「……?」
なんだろう、この人。
王様っぽくない。
もっとこう、威圧感とか、命令とかあると思っていたのに。
「……貴女は」
レオルドが静かに口を開く。
「元の世界では、どのような生活を?」
「……聞きます?」
「差し支えなければ」
私は少し迷ってから、スプーンを置いた。
「……ブラック企業…、あ、えーと。ちょっと、いやかなり…、すごく?大変というか、劣悪というか、クソというか〜、な環境で働いて…、壊れて……、辞めて………。」
「……」
言いたくないなぁ。
「転職をしても似たような感じで、最終的に引きこもってました」
自分で言うと、本当に終わっている。
「……」
無音がつらい。
でも、レオルドは笑わなかった。
哀れむでもなく、責めるでもなく。
ただ静かに聞いていた。
「頑張りすぎたのですね」
「……」
その言葉に、妙に胸が詰まった。
頑張りが足りない。
甘えている。
逃げている。
皆やってる。
そういう言葉は、何度も言われた。
でも。
頑張りすぎた、と言われたのは初めてだった。
「……そんなこと、ないです」
反射的に否定する。
するとレオルドは、小さく首を振った。
「民を守れない王もまた、無力です」
「……え?」
「私も、ずっと不足している」
その声音は静かだった。
けれど、酷く疲れていた。
私はなんとなく理解する。
この人も。
たぶん、ずっと追い詰められている。




