第2話
冷え切った礼拝堂に、しん、と沈黙が落ちる。
神官の男性が目を丸くし、王――レオルドは一瞬だけ言葉を失ったようだった。
でも、私は構わず続ける。
「いや、だって無理じゃないですか」
本当に。
「私はただの一般人ですし、そもそも働けなくなって引きこもってたような人間なんですよ?」
むしろ社会不適合側だ。
国を救うとか、そういう大役を任せていい人材ではない。
「暖かい風が出せるからって、戦ったり出来るわけでもないですし…」
「そんな人間に突然、“国を救ってください”って……責任重すぎません?」
ブラック企業時代を思い出して、胃が痛くなる。
“君しかいない”
“みんな困ってる”
“責任感ないの?”
そうやって押し潰されてきた。
だからもう、無理なのだ。
他人の期待を背負うのは。
「……当然の反応です」
意外にも、レオルドはすぐに引き下がった。
責めるでもなく、小さく目を伏せる。
「突然召喚され、意味の分からない話を聞かされれば、拒絶したくなるのは当然でしょう」
「……」
「こちらの都合で貴女を巻き込んだこと、改めて謝罪します」
深々と頭を下げられ、逆に困った。
王様ってそんな簡単に頭を下げていいの?
もっとこう、偉そうなものでは?
「陛下……!」
神官が慌てたように声を上げる。
けれどレオルドは静かに首を振った。
「事実です。苦しむ民を救いたい一心だったとはいえ、異界の人間を巻き込んだ」
その横顔は疲れていた。
いや、“疲労”なんて言葉で済むものじゃない。
眠れていない人の顔だ。
責任に押し潰されそうな人間の顔。
……少しだけ、前の会社の上司を思い出した。
まあ、あの人は最終的に部下に責任を押し付けて逃げたけど。
「……とりあえず」
私は小さく息を吐く。
「帰れるんですか? 元の世界に」
その瞬間。
二人の空気が止まった。
「あっ」
察した。
これは駄目なやつだ。
「……現在、方法は分かっていません」
神官が苦しそうに言う。
「召喚そのものが、その…、古い迷信のようなものでして……」
「帰還方法は不明、と」
「……申し訳ありません」
「うわぁ……」
最悪だった。
異世界転生、いや転移か。
しかも帰還未定。
創作ならワクワクイベントなのかもしれないけど、現実でやられると普通に困る。
いや待って。
それ以前に、嫌な予感がする。
「お風呂あります?」
「……え?」
「あとトイレ」
重要だ。
生活基盤。
異世界より大事。
レオルドが少しだけ困惑したように瞬きをした後、答える。
「浴場は城内にあります。ただ……」
「ただ?」
「湯を毎日使えるほど、薪や水に余裕はありません」
「…………」
終わった。
多分、文明レベルが終わっている。
思わず頭を抱える。
エアコンなし。
冷蔵庫なし。
電子レンジなし。
ネットなし。
そもそも電気があるのかも怪しい。
毎日風呂なし。
無理。
社会復帰より難易度高い。
「……あの」
神官が恐る恐る口を開く。
「先程の暖かな風ですが……もう一度、お試しいただくことは可能でしょうか」
「いや、試せって言われても」
私だって分からない。
でも、確かにさっき。
“暖かい風”を思い浮かべた瞬間、空気が暖かくなった。
「……エアコン?」
半信半疑で呟く。
すると。
ふわり、と再び暖気が広がった。
「おお……!」
神官が目を見開く。
礼拝堂の冷えた空気が、少しずつ和らいでいく。
まるで暖房が効き始めた部屋みたいだった。
「……ほんとにエアコンだ」
自分でも引く。
なんだこれ。
するとレオルドが、慎重な口調で尋ねてきた。
「その、“えあこん”というのは……?」
「あー……部屋を暖めたり冷やしたりする機械、です」
「きかい……?」
「えっと……魔道具みたいな?」
たぶん。
知らないけど。
二人は顔を見合わせた。
「「まどうぐ…?」」
「魔法…みたい、な…?」
「「魔法…」」
魔法もないんかい。
なんと説明したものか困っていると、
「……しかし、信じられない」
神官が呆然と呟く。
「火も使わず、これほど広い空間を暖めるなど……」
その反応に、私は逆に驚いた。
いや、エアコンって普通では?
現代日本だと、どこの家庭にもあるレベルだし。
「もしかして、この世界って断熱とかもない感じです?」
「だんねつ……?」
「あー……外の寒さを中に入れにくくする仕組みというか」
「……聞いたこともありません」
どうやらこの世界には、暖房という概念そのものが薄いらしい。
駄目だこの世界。
文明レベルが低すぎる。
そんなことを考えていると、不意にぐぅ、と間抜けな音が響いた。
「…………」
私のお腹だった。
空気が止まる。
いや、仕方ないじゃん。
突然異世界転移とかされたんだから。
返せよ、私のナポリタン。
するとレオルドが、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……まずは、お食事を用意させましょう」
「……」
「国を救う話は、その後にします」
その言い方が、少しだけ意外だった。
もっとこう、“食事が欲しくば働け”みたいに来るものかと。
……いや。
だからこそ困るのかもしれない。
優しくされると、断りづらい。




