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家電少女は恋を知らない 〜異世界で快適な暮らし、はじめます〜  作者: 秘色ひすい


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第22話

 重厚な扉が静かに開く。


 室内へ足を踏み入れると、昨日見た執務室とは少し空気が違っていた。


 机の上には相変わらず書類が積まれている。けれど中央には大きな地図が広げられていて、端を押さえるように小石や金具が置かれていた。薄茶色の羊皮紙には細かな線や印が書き込まれており、所々には書き足したような跡まで見える。


「来たか」


 レオルドが顔を上げる。


 その隣にはフェルドの姿もあった。


「おはようございます」


「ああ。座ってくれ」


 促されるまま椅子へ腰を下ろす。

 近くで見ると、地図は思っていた以上に広かった。


 砂色の土地。

 細い線で繋がれた道。

 点々と記された集落。


 そして。

 その中で青く塗られている場所だけが妙に少ない。


「……これ、水場ですか?」


 私が指先で示すと、フェルドが静かに頷いた。


「主に地下水と貯水地ですね。地下水脈へ繋がっている井戸も含まれています」


「へぇ……」


 私は地図を見つめる。


 なんというか。


 “国”というより、水場と水場を繋いで人が生きている感じだった。日本みたいに、どこにでも川や緑がある訳じゃないから水のある場所へ人が集まっている。


「……思ったよりもずっと砂漠なんですね」


「思ったより、とは?」


 レオルドが少し不思議そうにこちらを見る。


「いや、もっと川とか森とか、そういうものがある感じを勝手に想像してたので」


 テレビの中の砂漠のイメージが頭を過ぎる。


 私がそう答えると、フェルドが小さく苦笑した。


「この辺りは元々、砂漠交易で成り立ってきた土地です」


 彼は地図の線をなぞる。


「地下水とオアシスを繋ぎ、商人たちが各地を行き来していた。かつては今より、もう少し水量にも余裕がありました」


「……今は違う、と」


 レオルドが静かに言葉を引き取る。


「寒季の長期化で作物が育たず、遊牧も弱っている。加えて雨が減った事も痛手でした」


 フェルドが別の紙束を広げた。

 数字や記号が並んでいるが、もちろん私は読めない。


「地下水位も少しずつ下がっています。今は各地の貯水を回して維持している状態です」


「回してる……」


 その言葉が妙に頭へ残る。


 昨日見たものが自然と浮かんだからだ。


 擦り切れた紙。夜に動く使用人たち。

 水場で水を零さないよう支えていた女性。


 全部、“足りない中で回している”感じだった。

 私はもう一度地図へ視線を落とす。


「……でも」


 気付けば、そんな言葉が口から出ていた。


「完全に駄目って感じでも、ないんですね」


 レオルドとフェルドが少しだけこちらを見る。


「どういう意味だ?」


「いや……」


 私は言葉を探しながら続ける。


「本当に限界なら、今もきっと大変だとは思うんですけど。もっと空気が止まってる気がするので」


 昨日の夜を思い出す。


 静かな王宮。


 でも、止まってはいなかった。

 水を運ぶ人。布を片付ける人。紙を拾っていた兵士。

 誰1人として立ち止まってはいなかった。


「皆さん、“維持しよう”としてる感じがしたんです」


 部屋へ少し静けさが落ちる。

 やがてレオルドが、小さく息を吐いた。


「……そう簡単に"土"は捨てられんからな」


 その声は静かだった。


「ここで生きるしかない者が大半だ」


 私は返事をしなかった。

 でも、なんとなくその感覚は分かる気がした。


 元の世界でも。

 壊れそうでも、余裕がなくても、生活のために動き続けている人は大勢いたから。

 生まれ故郷を捨てられないのとは少し違うかもしれないけれど。


 その時だった。


 フェルドが机の端へ置かれていた杯へ手を伸ばした。


 水を一口含み、静かに飲み干す。


 リゼが布の巻かれた水差しを手に、王に近づくが手を挙げて制する。


 私はその様子をぼんやり見つめる。


 水差しに巻かれ濡れた布。

 そういう小さな積み重ねで、この国は暮らしている。


 私は無意識に、自分の指先へ視線を落としていた。

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