第15話
城から少し離れた場所まで来ると、空気の匂いが変わった。
乾いた砂の匂いに混じって、鼻へ微かに香辛料の香りが入ってくる。道の脇には小さな屋台が並び、干し果実や豆、香草を詰めた布袋が無造作に積み上げられていた。吊るされた肉らしきものまで見える。
どれも長く保存するための食べ物なのだろう。
「……保存食、多いですね」
「日持ちするものが中心ですから」
リゼは周囲へ視線を向けながら答える。
「この暑さですから。放っておくと、すぐ駄目になりますし」
確かに、日本みたいに生鮮食品を大量に並べる店は見当たらなかった。
この気温で冷蔵庫もないなら当然か。
歩いているだけで喉が乾いてくる環境だ。食材だって、放っておけばすぐ傷むのだろう。
その時、ぱしん、と乾いた音が響いた。
視線を向けると、建物の奥まった場所で女たちが布を叩いている。そこは半屋内の空間になっていて、石壁と天井へ渡された大きな布のおかげで、直射日光だけが上手く遮られていた。
奥には大きな水桶が並び、濡れた布が風に揺れている。
「洗濯場ですか?」
「はい。この辺りの者たちが共同で使っています」
リゼに続いて中へ入ると、外より少し空気が柔らかかった。
壁が熱を遮っているのだろうか。
布を絞る水音が狭い空間へ反響し、湿った布の匂いが乾いた外気と混ざっている。洗濯に使った水も、一度で捨てている訳ではないらしく、桶ごとに水の濁り方が違っていた。
「全部、外には干さないんですね」
「日差しが強すぎると布が傷みますので。砂も付きやすいですし」
言われてみれば、吊るされている布も風が通る位置へ並べられているだけで、強い日差しには当たっていない。
ちゃんと考えられてるんだな…
この暑さの中で暮らすための方法を、長い時間を掛けて積み重ねてきたんだ。
「水も共同なんですね」
「各家庭で大量に使うのは難しいですから」
リゼは慣れた手つきで桶へ水を足しながら、小さく笑った。
「本当はもっと頻繁に洗いたいのですけれど」
その言葉に、近くで布を干していた女性たちも苦笑する。
「砂だけでも大変なのにねぇ」
「この前なんて、干した側から風で砂まみれだったもの」
愚痴というより、慣れきった諦めに近い声音だった。
私は近くへ干されていた布へそっと触れる。
乾いてはいるけど、少し硬い。
ぱり、と指先へ引っかかるような感触が残った。
「……そういえば昨日は、服乾かせたんだよな」
小さく呟く。
あの温風。
髪も服も、妙に自然に乾いていた。
今思い返すと、かなり変な現象だった気がする。
「春乃様?」
「あ、いえ。なんでもないです」
誤魔化しながら布から手を離す。
その時、外から子供たちの笑い声が聞こえてきた。
建物の影になった場所へ、数人の子供が集まっている。石壁へ背中を預け、水袋を抱えながら話している姿は、遊んでいるというより休憩に近かった。
ちゃんと涼しい場所を選んでるんだな。
小さい頃から、こういう感覚が当たり前なのかもしれない。
ぼんやりそんなことを考えていると、リゼが外の空を見上げた。
「……そろそろ戻りましょうか」
「もうですか?」
「昼が近くなってきましたので」
確かに、洗濯場へ入った時より風が熱を含んでいる気がした。
外から吹き込む空気が少し重い。
私は肩へ巻いた布を軽く押さえながら、リゼの後を追った。




