第14話
朝食を終えた後、リゼと共に城の外へ出る準備をしていた。
「こちらをお使いください」
そう言ってリゼが差し出してきたのは、薄い生成り色の長布だった。
「これは?」
「日除けです。頭や肩へ巻いて使います」
言われるまま受け取る。
薄手ではあるけれど、布自体はかなり長い。
「暑いのに、逆に覆うんですね」
「直射日光を避けた方が楽なのです。砂除けにもなりますし」
なるほど。
私は少し不器用に布を肩へ掛ける。
するとリゼが自然な動きで近付き、緩んでいた部分を整えた。
「この辺りを隠した方が熱が籠もりにくいですよ」
「あ、ありがとうございます」
慣れてるな……。
この世界では、こういうのが当たり前なのだろう。
そのまま城の外へ出る。
途端に、むわりと乾いた空気が肌へまとわりついた。
日差しが強い。
石畳からの照り返しまで熱を含んでいて、歩いているだけで喉が乾きそうだった。
でも、さっきの布があるだけで少し違う。
頭へ直接熱が落ちてこない。
「……これで朝なんですよね」
「はい。昼になると、もっと厳しくなります」
リゼは慣れた様子で歩いていく。
城の周囲には石造りの建物が並んでいた。
壁は厚く、窓は小さい。
その代わり、建物同士の間隔が狭く、道へ影が落ちるようになっていた。
頭上に薄布が渡されている場所もある。
風が吹くたび、布越しの光が揺れていた。
「日陰、多いですね」
「直射日光を避けるためです。特に夏場は、日陰の位置を知らないと危険ですので」
少し歩いただけなのに、背中へじんわり汗が滲む。
行き交う人たちも、皆肌を隠すような服装だった。
露出しているのは目元や手首くらい。
水瓶を運ぶ男たちも、荷を抱えた女たちも、皆足早に動いている。
「昼間は、あまり外へ出ないんですか?」
「長時間は避けますね。外仕事は夜明けから昼前までに終わらせることが多いです」
だから朝なのに、街全体が慌ただしいのか。
私は周囲を見回しながら歩く。
すると、建物の屋根から細長い塔のようなものが伸びているのが見えた。
窓のない石塔。
ところどころに細い隙間だけが空いている。
「……あれ、何ですか?」
私が指差すと、リゼはそちらを見上げた。
「あれは風の塔です」
「風の塔?」
「高い場所の風を建物へ通すためのものです。地下へ空気を流して、涼しさを保つ役割もあります」
「……天然のエアコンみたい」
「えあこん?」
「あー……風で部屋を涼しくする、みたいな」
言いながら塔を見上げる。
その時だった。
ぎし、と木が軋む音が聞こえた。
視線を向けると、荷車を引いた男たちがこちらへ向かって来る。
積まれているのは大きな水瓶だった。
そのうちの一人が急に足を止める。
「っ、は……」
荒い呼吸。
男は壁へ手をつき、そのまま座り込んだ。
抱えていた縄が、乾いた音を立てて地面へ落ちる。
「……大丈夫ですか?」
思わず声を掛けると、男は慌てたように顔を上げた。
「も、申し訳ありません……すぐ、戻りますので……」
腕が小さく震えていた。
額から流れた汗が顎を伝い、石畳へ落ちる。
かなり辛そうなのに、それでも休むこと自体を謝っている。
周囲の人たちは一瞬視線を向けるだけで、そのまま仕事へ戻っていった。
珍しいことではないらしい。
「最近は、こういう方も増えました」
リゼが静かに言う。
「以前は、ここまで酷くはありませんでしたので」
私は座り込んだ男を見ながら、小さく息を吐いた。
「……リゼさんは、ここで働いて長いんですか?」
そう聞くと、リゼは少しだけ目を瞬かせる。
「はい。幼い頃から、レオルド様へお仕えしております」
「じゃあ、かなり長いんですね」
「そうですね。王になられる前からなので」
リゼは少し懐かしそうに目を細めた。
「昔は、もう少し外へ出られていたのですが」
「今は忙しい?」
「……お立場が変わりましたから」
否定はしなかった。
私はなんとなく、朝食の時に机へ置かれていた書類を思い出す。
あれ、多分、本当は食べながら仕事するつもりだったな。
そんなことを考えていると、壁際を抜ける風が頬を撫でた。
ほんの少しだけ涼しい。
気付けば、無意識にそちらへ身体が寄っていた。
……快適な場所、探してしまうな。




