第13話
「おはよう、春乃」
部屋へ入ると、レオルドが席からこちらを見た。
昨日と同じ簡素な服装。
けれど今日は机いっぱいに書類が積まれている訳ではないみたいで一応、食事を優先したらしい。
……いや。
机の端に置かれている時点で、完全には離れていないのかもしれないけれど。
「おはようございます」
私は軽く頭を下げながら席へ座る。
テーブルの上には、平たいパンと豆の煮込み、それから干した果実のようなものが並べられていた。
後は色味の薄いスープ。香辛料の匂いが少し強い。
昨日も思ったけれど、この国の料理は全体的に水分が少ない気がする。
「口に合わなければ別のものを用意させる」
レオルドが言う。
「いえ、大丈夫です」
私はスープへ口をつけた。
少し塩気が強い。
でも思ったより美味しい。
身体から水分が抜けやすい環境だからだろうか。
日本で食べていたものより味付けが濃い気がした。
パンは少し硬い。
ぱさぱさしていて、水分が欲しくなる。
……保存優先なんだろうな。
ふと、テーブルの中央に置かれた水差しへ視線が向く。
透明ではない。
薄茶色の陶器で、表面には細かな水滴が浮いていた。
さっきの水瓶と同じかな。
少しでも冷やそうとしているのかもしれない。
「気になるか?」
「あ、いえ」
思わず見ていたらしい。
「冷やしてるんだなって」
「水は貴重だからな。温くなるのも早い」
レオルドはそう言いながら、水を口にする。
その動作は自然だったけれど、飲む量は少ない。
なんとなく、“無意識に節約している”感じがした。
「……大変ですね」
「慣れている」
「慣れるしかない、ですか」
そう呟くと、レオルドは少しだけ苦笑した。
「否定はできないな」
食事をしながら、私はぼんやり周囲を見る。
朝日が差し込む部屋。
石造りの壁。
けれど窓は広く、風が抜けるようになっていた。
窓辺には薄い布が垂らされ、風が吹くたびにゆっくり揺れている。
あれも、熱を和らげるためだろうか。
この国の人たちは、暑さへの対処に慣れている。
建物も、水の使い方も、食事も。
全部、この環境で生きるための工夫だ。
ただ。
それでも追いつかなくなってきている。
昨日から見てきたものだけでも、それはなんとなく分かった。
「……春乃?」
「あ、すみません」
考え込みすぎていたらしい。
レオルドがこちらを見ていた。
「疲れているなら無理をしなくていい」
「いえ、そういう訳じゃなくて」
私は少し迷ってから口を開く。
「ちゃんと工夫してるんだなって思ってました」
「工夫?」
「建物とか、水とか。暑さ対策」
するとレオルドは少し意外そうな顔をした。
「……気付くものなのだな」
「日本、じゃなくて、私のいた国も夏は暑かったので」
流石にここまでではないけれど。
エアコン前提の国だったし。
そう考えると、本当に便利な環境だった。
「ですが近年は、その工夫だけでは追いつかなくなってきています」
後ろに控えていたリゼが静かに口を開く。
「昼間に倒れる者も増えましたし、水場の管理も年々厳しくなっております」
「リゼ」
レオルドが軽く視線を向ける。
咎めるほどではない。
ただ、“言い過ぎるな”という程度の視線だった。
「申し訳ありません」
リゼはすぐに頭を下げた。
けれど、その顔には疲れが滲んでいる。
この人も、多分ずっと忙しいのだろう。
「春乃」
レオルドが静かにこちらを見る。
「今日からはリゼを付ける」
「え?」
「この国を見てほしい」
その言葉に、私は少し目を瞬かせた。
「……私に?」
「ああ」
レオルドは短く頷く。
「貴女はまだ、この国をほとんど知らない」
確かにそうだ。
見たのは城の中だけ。
しかも一部。
「無理にとは言わない。ただ、見た上で考えてほしい」
「……」
知らない世界の知らない国。
なにかが出来るわけでもないけど。
でも。
昨日よりは、少しだけ周囲を見る余裕ができていた。
「……分かりました」
そう答えると、レオルドは小さく頷いた。




