第12話
翌朝。
目を覚ました私はぼんやりと天井を見上げていた。
見慣れない石造りの天井。
薄布越しに差し込む朝の光。
昨日までは、その全部に気を張っていた気がする。
けれど今日は、不思議と息苦しさがなかった。
「……あれ」
身体が軽い。
ゆっくり瞬きをする。
肩が痛くないし、頭も重くない。
寝起き特有の怠さも薄かった。
以前の私は、起きた瞬間から疲れていた。
身体を起こすだけで気力が必要で、会社へ行くことを考えるだけで胃が重くなる。
そんな毎日だったのに。
「……ちゃんと寝ると、人って回復するんだな……」
いや。
たぶん、それだけじゃない。
昨夜の部屋は快適だった。
夜の砂漠は冷えるはずなのに寒すぎず、空気も乾燥しすぎていなかった。
呼吸が楽で、途中で目が覚めることもなかったし。
私はゆっくり起き上がり、自分の頭を掻く。
さらり、と髪に指が通った。
「……うわ」
思わず声が漏れる。
黒髪のセミロング。
昨日までは結んで誤魔化していたけれど、今は下ろしていてもそこまで酷く見えない。
ぱさつきも減っている。
鏡代わりの磨かれた金属板を覗き込めば、昨夜よりも少し、落ち着いて見えた。
「……まるで若返ったみたい」
いや、流石に言いすぎか。
終電と休日出勤を繰り返していた人間としては、今の状態が健康寄りに感じるのも仕方ないと思う。
真面目に考えて、少しだけ笑ってしまった。
その時だった。
こんこん、と控えめなノックが響く。
「聖女様、起きておられますでしょうか」
若い女性の声だった。
「はい」
扉を開けると、淡い茶色の髪を後ろで纏めた女性が一礼する。
年齢は二十代半ばくらいだろうか、昨日の人だ。
服装は他の使用人と大きく変わらないが、動きに無駄がない。
「朝食の準備が整っております」
「あ、ありがとうございます」
「私はリゼと申します。本日より、聖女様のお世話役を任されております」
お世話役。
つまり監視役も兼ねているのだろうか。
いや、この状況なら普通か。
突然現れた異世界人を放置する方が危ない。
「よろしくお願いします」
「はい」
リゼは小さく頷き、廊下を歩き始める。
私はその後ろをついていった。
朝の城は静かだった。
人がいない訳ではない。
けれど、妙に余裕がない。
行き交う使用人たちは皆忙しそうで、足を止める者がほとんどいなかった。
廊下の壁際には、大きな瓶が等間隔に置かれている。
表面には布が巻かれているものもあったり。
「……?」
私は思わずそちらを見る。
水不足なのに水瓶、多いな……
暑いからこれだけ置かないと足りないのかな?
布の方は昔なにかで見たことがある気がする
濡らした布で熱を逃がして、中の温度を下げる方法。
冷蔵庫がない時代の保存方法だったような…
布がない方は涼しくする為かな?
「気になりますか?」
前を歩いていたリゼがこちらを見る。
「あ、いえ。水瓶、多いなって」
「この辺りは特に暑くなりますので」
リゼは慣れた様子で答えた。
「地下から汲み上げた水を置いて、少しでも涼を取っているのです」
「……へぇ」
ちゃんと工夫してるんだな。
何も知らない訳じゃない。この国の人たちは、この環境で生きるための知識を持っている。
ただ。
それでも追いつかなくなってきているのだろう。
廊下の石床は朝なのにじんわり熱を持っていた。
けれど壁際だけは少し涼しい。
風の通り道になっているらしい。
窓の位置も独特だった。
外から風を取り込み、熱を逃がすように作られているのかな?
この国の人は、いろいろな工夫を知っていそうだし、聞いてみようか。
……いや。
私みたいな人間に聞かれても困るよね。
その後も周りを見ながら、静かに廊下を歩く。
すると前方に、大きな扉が見えてきた。
「こちらです」
リゼが扉を開く。
朝の光が差し込む部屋の中央では、レオルドが既に席についていた。




