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家電少女は恋を知らない 〜異世界で快適な暮らし、はじめます〜  作者: 秘色ひすい
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第10話

 太陽も落ち始める頃には、昼間の熱気も少しずつ落ち着き始めていた。


 窓の外では、赤く染まり始めた空の下を乾いた風が流れている。


「……砂漠って忙しいな」


 昼は暑い。


 夜は寒い。


 快適な時間がほとんど存在しない。


 エアコン前提で生きてきた人類には厳しすぎる環境だった。


 私は借りた薄布の服へ着替えながら、小さくため息を吐く。パーカーよりずっと涼しいし、通気性も良い。


 ただ、鏡がないから自分がどう見えているのか分からなかった。


「……まあ、いいか」


 どうせ知り合いもいない。


 そう思った時だった。


 こんこん、と扉が鳴る。


「はい」


「失礼する」


 入ってきたのはレオルドだった。

 だが今度は珍しく、何も持っていない。


「……仕事は?」


「片付けてきた」


「珍しいですね」


「珍しい、とは?」


「ずっと仕事してるイメージなので」


 レオルドは少しだけ困ったような顔をした。


 図星らしい。


「……少し、外を歩かないか」


「外?」


「日が落ちる前なら、多少は暑さも和らぐ」


 私は少し迷った。

 正直、まだこの世界に慣れてなくて怖い部分がある。

 でも、ずっと部屋に籠もっているのも息が詰まる。


「……少しだけなら」


 レオルドは静かに頷いた。


 王城の中庭は、昼間とは別の場所みたいだった。

 熱気が薄れ、風が通る。


 空は赤から紫へ変わり始めている。


「……綺麗」


 思わず呟く。


 日本でも夕焼けは見ていた。

 でも、ビルも電線もない空は初めてだった。


 レオルドは少し意外そうにこちらを見る。


「気に入ったか」


「景色は、です」


「それ以外は?」


「文明レベルが厳しいです」


「……そうか」


 真面目に返された。


 冗談だったのに。


 しばらく歩く。

 城の中は相変わらず静かだった。


 人が少ない。

 使用人も兵士も最低限しかいない。


「……本当に人手足りてないんですね」


「今年は特に厳しい」


 レオルドは短く答える。


「働ける者は減り、食糧も減り、水も減った」


「……」


「国を維持するだけで精一杯だ」


 私は少し黙った。


 “国”って、もっと巨大で安定したものだと思っていた。


 でも実際は、人が少しずつ壊れていくだけで簡単に傾く。


 会社みたいだ。


「……あんまり、王様っぽくないですね」


 ふと口から出た。


 レオルドがこちらを見る。


「それは、褒めているのか?」


「いや……もっとこう、偉そうなイメージだったので」


「偉そう?」


「玉座でふんぞり返ってる感じの」


「それで国が回るなら苦労しない」


 さらっと返された。


 私は少し笑う。


 すると。


 レオルドが、ほんの少しだけ目を細めた。


「……ようやく笑ったな」


「え」


「召喚されてから、ずっと警戒していただろう」


「……」


 図星だった。


 当たり前だ。


 知らない世界。


 知らない人間。


 しかも“国を救ってくれ”なんて言われた。


 警戒しない方がおかしい。


「……別に、まだ信用した訳じゃないですからね」


「それでいい」


 レオルドは静かに答える。


「突然知らない場所へ連れて来られたのだ。当然だろう」


 その返答が妙に自然で、私は少しだけ困った。


 この人。


 押し付けてこない。


 だから逆に、距離感が難しい。


 その時だった。


 冷たい風が吹き抜ける。


「っ、寒……」


 思わず肩を縮めた瞬間。


 ふわり、と周囲の空気が和らいだ。


 柔らかな暖気。


 まるで弱めの暖房みたいだった。


「……」


「……」


 二人同時に黙る。


 最近、この沈黙が増えてきた。


「……やっぱり、“快適な温度”に近づけてる?」


 私は自分の手を見る。


 暖房。


 冷房。


 湿気を飛ばす風。


 全部共通している。


「空気を調整している、のかもしれないな」


 レオルドが静かに言った。


「調整……」


 その言葉で、少しだけ腑に落ちた。


 暖めるだけじゃない。


 冷やすだけでもない。


 “人が過ごしやすい状態”へ近づけている。


「……空調?」


「くうちょう?」


「あー……空気を調整する設備、みたいな」


「設備」


 レオルドは少し考え込む。


「つまり、貴女の世界では、それが一般的なのか」


「まあ……普通に」


「……信じ難いな」


 私は苦笑した。


 でも、日本では普通だった。


 夏は涼しく、冬は暖かい。


 湿度まで管理されていた。


 だから私は、今まで“快適”を意識したことがなかった。


「……贅沢だったんだなぁ」


 ぽつりと呟く。


 するとレオルドが、不意にこちらを見た。


「まだ、名前を聞いていなかったな」


「あ」


 そういえば。

 確かに、ずっと聞かれていなかった。

 いや、異世界召喚とか色々ありすぎてタイミングがなかったのだ。


「……春乃です」


「ハルノ?」


「冬月春乃」


 フルネームを言うと、レオルドは少し発音を繰り返した。


「フユツキ、ハルノ……」


「呼びにくかったら春乃でいいです」


「では、春乃」


 名前を呼ばれる。


 それだけなのに、少しだけ不思議な感じがした。


 この世界へ来てから、“聖女”とか“救世主”ばかりだったから。


 ちゃんと名前で呼ばれたのは初めてだった。


「……レオルドさん」


「さん?」


「敬称です」


「なるほど」


 レオルドは小さく頷いた。


 その横顔を見ながら、私はふと思う。


 この人、何歳なんだろう。


 若く見えるけど。


「……あの」


「どうした」


「レオルドさんって何歳です?」


 レオルドは少し意外そうな顔をした。


「二十七だ」


「えっ」


 思ったより若い。


 もっと三十代半ばくらいかと思っていた。


「……春乃は?」


「三十です」


 言った瞬間だった。


 レオルドが、僅かに目を見開く。


「……三十?」


「なんですその反応」


「いや……」


 レオルドは珍しく言葉を選ぶように視線を逸らした。


「もっと若いかと」


「それ、元の世界でもよく言われます」


 日本人は若く見られがちなのだ。

 特にこの世界の人たちは彫りが深く、大人っぽい顔立ちをしている。


 余計に差があるのかもしれない。


「……まあ、中身は疲れ切った社畜なんですけど」


「しゃちく?」


「働きすぎて壊れた人種です」


「……春乃の世界は、時々恐ろしいな」


「否定できないです」


 私は苦笑した。


 その時。


 遠くで鐘の音が鳴る。


 夜の合図なのだろう。

 空はすっかり暗くなり始めていた。

 昼の熱気は消え、また冷え込み始めている。


 すると自然に、周囲の空気が少し暖かくなる。


「……」


 私はその感覚を、前より落ち着いて受け入れていた。


 怖いだけではなくなっている。


 少しずつ。


 本当に少しずつだけど。


 この世界で、

 自分が何を持っているのか分かり始めていた。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


一日目、ようやく終了です。


少しずつですが、

春乃もこの世界の空気に慣れ始めています。


次回以降、春乃の力や、この国についても

少しずつ見えてくる予定です。


もし続きが気になると思っていただけたら、

感想などいただけるととても励みになります。

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