動き出した物語。3
「いいから!
ほらおいでっ」
手首を掴まれて、連れて行かれた先には、
さっきのお店の2倍近くある、立派なお店があった。
わわっ、どうしよう!
いくらなんでも、お金足りないよぉ。
「ねえ?この子の服、汚しちゃったんだ。
いくつか持って来てくれない? 」
男の子は、入るなり偉そうに店員さんを呼びつけた。
こんなに高そうなお店の人達がヘコヘコするなんて……伯爵家クラスの子かも。
何か粗相をする前に、逃げなくちゃ!
「申し訳ありません、御坊ちゃま。
ご注文を承ってから作成する為、既製品はこれだけしか」
すぐさま10着くらいのドレスが、彼の前に揃えられた。
ひえー! アレ1着でいくらするんだろう。
「んー、まあ仕方ないか。
君、どれが良い? 好きなの選びなよ。種類が少なくて悪いけど」
何を言ってるの?
こんなに綺麗なドレスの中から選べるのに。
「あのっ、本当に大丈夫です!」
「別に遠慮はいらないよ?
でも困ったな。君が選ばないなら全部もらうしかないか」
「ええっ⁈ 」
どうしよう。
本気で言ってるのかな?
「とりあえず、全部もらうよ。
1着は着て行くから。あとはこの子の家に届けさせて」
本気だっ!
それに家がバレちゃう。
もし偉い家の子供だったら?
後から不敬罪に問われるかもっ!
「待って下さいっ。
1着だけで十分です! 」
「そう?
じゃあ、どれにする? 」
「え、え〜と」
ううっ。どれも高そうで、分からないよぉっ。
せめて1番安いドレスを……。
「決められないなら、全部にしようか」
「決めます!
えとっ。あ、あの!
選んで頂けませんかっ。私に」
そうだよ。選んでもらえば、角が立たないはず。
「(ふーん。この店の服なら、1着で平民の半年分の稼ぎくらいにはなるのに)いいよ。あの黄色いやつが似合うんじゃない」
すごく可愛い!
裾にかけて、ふわっと広がるデザイン。
腰の大振りなリボンがポイントになっている。
これを私が着ていいのっ?
「気に入らない? 」
「いえっ!
すごく可愛いから……私なんかに似合うかなって」
「何で。似合うと思うけど。
だって君、すごく可愛い顔してるよ」
「そんなっ/// 」
わっ、こんか綺麗な男の子に言われると、照れちゃう。
ほわぁっ、顔が赤くなっちゃうよぉ〜!
「ねっ、着てみてよ」
「う、はい……」
お店の女性店員さんが、手伝うと言ってくれたけど断った。
幸い、シンプルなワンピースドレスだから1人で着れる。
試着室に入って、いざドレスを手に取ると、あまりの肌触りの良さに驚いた。
気をつけて着なきゃ。
「あの……どう、ですか? 」
「―――っ、ああ。とても似合っている。
さっきの服も似合ってたけど、この方がずっと君の容姿が引き立つね」
「ふぇっ、あ、ありがとう、ございます」
恥ずかしいっ。
真顔、というか。照れもせずにこんなセリフがスラスラ出て来るなんて。
王都の貴族ってすごい。
「フフッ。照れてるの?
可愛いっ」
またこの人はっ!
「あのっ、やめて下さい」
「ごめんね?
お詫びに何かご馳走するよ」
「けっこうです。
こんなに綺麗なドレスを頂いたのに……これ以上は」
「謙虚なんだね。
着替えてる時に、そのメイドに聞いた。
弟にあげるクッキーを落としたんでしょ?
今、同じ物を買いに行かせてるんだ。
だから、待ってる間にお茶しよう」
トゥメ、どうしてそんな事。
「すみません。
では、お言葉に甘えて」
「うん、よかった。
……ところで、何で敬語?
初めは普通だったのに」
「えっ! それは……(何て誤魔化せばいいのかな)」
貴方が貴族だからって言ったら、私が名乗らないのはおかしいし。
どうしよう。偽名でも使う?
まさかトゥメ、私やお父様の名前を言ったりしてないよねっ?
「僕は最初の方が良かったな。
せっかく仲良くなれたんだし、楽にしてよ」
いつ仲良くなんてなったの⁈
話がついていけないよぉっ。
「あ、そうだ。
自己紹介まだだったね。
僕はサミュエル。君は? 」
「ソフィアです……ぁ(普通に名前言っちゃった! 家名は言ってないから大丈夫だよね?)」
「じゃ、ソフィア。行こうか」
呼び捨てっ⁈
私が入るには敷居が高い、煌びやかなカフェに連れられると、個室に案内された。
お砂糖を贅沢に使った、フルーツケーキや焼き菓子、香り高い紅茶にフレッシュジュース。
ふわあ〜っ! スゴすぎる!
驚いてる間にたくさん運ばれて来て、勧められるままにいっぱい食べちゃった。
「クスッ。美味しい? 」
「もぐもぐ。ん、とっても美味しいです!」
「ここのクッキーも令嬢の間で人気みたいだから、持って帰るといいよ」
「サミュエル坊っちゃま、こちらを」
部屋の隅に控えていた、サミュエル様のお付きの方が2つの包みをテーブルに置く。
「ソフィア。これが落としたクッキー缶で、こっちが今食べたやつ。
それと、これも」
「何のチケットですか? 」
「さっきの店の仕立て券。
弟に洋服もプレゼントしたかったんでしょ?
メイドから聞いた」
ト、トゥメーーーーっ!
もう、家名がバレるバレないの問題じゃないっ。
明らかにもらいすぎてるぅ!
あとが怖すぎる。ごめんなさい、お父様っ。
「サミュエル様、さすがにここまでして頂くのは……ちょっと」
「嫌なの? 」
「いえっ。とっても嬉しいです! でも」
「なら問題ないね。嫌なら捨てたら。
まさか僕に一度あげたものを下げろなんて言わないよね」
ひっ。綺麗な笑顔なのに悪寒がする。
トゥメを見ると、早く受け取れ!と、焦った顔でジェスチャーをしてくる。
元はと言えば、トゥメのせいじゃないぃ〜!
「あ、ありがとうございます!
大切にしますっ」
「ハハッ。クッキー腐るよ。
服の方も請求はウチに届くから心配しないで」
「ぁぅ」
家まで送るという申し出は、丁重にお断りした。
ど田舎で3日ほどかかると伝えたら、諦めてくれた。
正直に2日と言っても諦めてくれた気がする。
すごい驚いた顔をしてたもの。
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「お父様っ」
「ソフィア!
大丈夫だったかい?
怖い目に遭わなかったか、お父様心配で心配で」
2日ぶりのお父様にホッとして、ぎゅうぎゅう抱きつく。
お父様、少しお腹周りがふくよかになったような。
さっそく、サミュエル様の事を話した。
「王都住まいの貴族の子はすごいな!」と、笑っていたけど、サミュエル様の名前が出た途端、真っ青になった。
「お父様? 」
「おそらく、その方はニードル侯爵家の御嫡男、サミュエル・フォン・ニードル殿だ」
こっ侯爵家⁈
「どうしましょう! お父様」
「よし! 何も聞かなかった。ソフィアも会ってない。
違うサミュエル様に違いない。
そうだ。そうだよ、ソフィア! 」
「お父様……」
結局、券は使えないままジョシュアを迎える当日になった。




