ジーモとランドルフ。1
更新が遅くなり、大変大変申し訳ありません!
グラビエル邸の小さな離れの戸を叩く若い男。
「ただいま、母さん」
「おかえり、ジーモ。
ねぇ、今日は泊まっていけるの? 」
「ごめん、それは出来ない」
「……そうよね、ごめんなさい。
アナタは私のジーモじゃない。ローレヌのジーモだものね」
「………母さん」
母と呼ばれた女性は薄暗い部屋に1人、ポツンと椅子に座っていた。
男はそんな彼女の前に、焼き菓子と小さなブーケを置き、外に出た。
* * * * * *
(ジーモ視点)
弟が生まれた。
元気よく泣くその子は、ランドルフと名付けられた。
その日から、俺は要らなくなった。
「おかあさま、僕もランドルフを見にいっていいですか」
生まれたばかりの弟に会いたい。
ただそれだけの気持ちだったのに、俺のその一言が全ての始まりだったのかもしれない。
「ダメよっ!私のランドルフに近付かないで!」
「おかあさまっ……? 」
「私は、あなたのお母様じゃないって言っているでしょう? 何度言えば分かるのかしら」
お母様がお母様でなければ、誰が母親なのか。
やっと理解が出来たのは5歳の時だった。
俺の自我がハッキリなるにつれ、使用人達がよそよそしくなった。
弟にもなかなか会えない。
だから、あの人が居ない時に会いに行った。
「ランドルフ、お兄様だよ。分かる? 」
「……だあれ?
今ね、おかあさま おでかけしてりゅの。いっちょにあそぼ!」
何故、弟は知らないのか。
「―――っ、見つけましたよ!ジーモ様、お戻りになって下さい。こちらへは来ないようにと奥様から言われてらっしゃるはずです」
「ねえ、どうしてランドルフは僕のこと知らないの」
「そっ、それは」
「どうして、弟に会いにきちゃいけないの」
「……とにかく、戻りましょう。奥様がお帰りになる前に」
「ねーねー、いっちょにあそばないのぉ? 」
「ランドルフ様、彼は用事があって戻らなければなりません。お遊びでしたら、私がご一緒致しますわ」
何故、一緒に遊べないの。
その後、使用人達に聞いて回ったけど、誰も教えてくれなかった。
ある日、あの人が声を荒げて怒っていた。
こっそり覗くと、肩を小さく丸める女性がいた。
その人を見た瞬間、カチリと音を立ててパズルが完成したように思えた。
確かめなくてはいけない、確かめなくては。
「おかあさま、昼間お会いになっていた方はどなたですか」
「ああ、見てたの。私がこの世で1番嫌いな女よ。アナタのその瞳、彼女にそっくりね」
「おとうさま、僕のおかあさまはだれですか? 」
俺は初めて、ローレヌの子として生まれながら、ローレヌの子ではなかった、と知った。
本当のおかあさまは、彼女に違いない。
父に頼んで、彼女に会わせてもらった。
「はじめまして、僕を連れ出してくれませんか」
幼いながらのささやかな願いは、無かった事にされた。
泣きながら俺を抱きしめる、その腕は細くて弱々しいのに、力強かった。
誰もそうだとは言わない。
だけど周りの全てがそうだと言っていた。
ランドルフも成長し、自分の意思で屋敷を動き回るようになった。
何も知らない弟は俺を兄だと慕い、遊ぶようにせがむ。
その度にメイドが弟を連れ戻し、義母から睨まれるの繰り返し。
12になり、宿舎に入った。
タイムスケジュールがしっかり組まれ、規則も厳格だ。
だけど自由だと思った。
自由に友人を選び、自由に行動し、学べる。
ある日友人のアレンが言った。
「別に父親に制限されているわけではないんだろう。オマエは物分かりが良すぎる。母親に会いに行ったらどうだ? 」
アレンに言われるまま、王都で人気だという焼き菓子とブーケを持って会いに行った。
彼女は最初驚いたものの、2回目からはお茶を用意して待ってくれるようになった。
「アレン、ありがとう。次は焼き菓子じゃなくてお茶が良いって言うんだっ。オススメはないか? 」
「なんだ、毎回同じもの持って行ってたのか?
はあ、分かってないねぇ。そんなんじゃモテないぞ」
「別に、母親に持って行くのにそんな必要ないだろ!
君はどうなんだ? 毎月末にお土産買って家に帰ってるみたいだけど」
「お菓子、アクセサリー、本……とにかく流行りの物とシルヴィーが好きそうな物は全部買う」
「……なあ、まさか毎回大量に買ってるお土産って、全部シルヴィーちゃんの? 」
「当たり前だろう。あとオマエにシルヴィアの愛称呼びを許した覚えはない」
「(そういうヤツだよ。君は)」
それからというもの、アレンの妹へのプレゼント選びに付き合わされるようになり、流行や話題のものが分かるようになっていった。
「母さん、今日はポムのコンフィ持って来たよ」
流行が分かるようになって気付いた。
彼女が着ている服は全部型遅れのデザインだ。
子爵令嬢なのに?
それにいつも通されるのは、この離れ。
お茶を用意してくれるメイドも、俺と変わらないぐらいの歳の子が1人。
「まあ、私ポムが大好きなのっ!
ねえ、メイドにも食べさせて良い? 」
「もちろん。
……ココに通い始めて3ヶ月になるけど、グラビエル子爵にご挨拶しなくて良いのかな?
まだ一度もお会いしてな――」
「ジーモ!
その必要はないわ。貴方はお父様に関わってはダメよ。いいわね? 」
「――そう、なら良いんだ。ちょっと心配になっただけ。
お茶が冷めてしまう、早く食べよう」
俺と会う時だけ、人目を避けるように離れに居るんだと思っていた。
でも、彼女自体を人目から遠ざける為に、ずっと離れで暮らさせて居るんだ。
まずは力が必要だ。
力がなければ、自分の事も、彼女の事も助けられない。
離れに通う回数を減らし、必死に学んだおかげで、良い成績で中等部を卒業出来た。
高等部進学後は、宿舎でなく公爵家から通う事になり、さらに会える回数が減った。
俺が着実に人脈と信頼を得ている間に、彼女は塞ぎ込むようになっていった。
どこで間違えてしまったのだろうか。
――――――――――――
――――――
―――
「兄さん、おかえり。
今日は一緒に夕食食べませんか? 」
「それは、、、」
俺は構わないが、夫人の機嫌が悪くなるだろう。
3日前に『シルヴィー化粧品』の新作発表会に参加して以来、急に雰囲気が変わったと思う。
食事もとるようになり、中庭で散歩するようになった。
彼女はあのままなのに。
「最近 母上の調子が良いのは、兄さんも感じているでしょう? だから、大丈夫です!一緒に食よう」
「……はあ、分かった。
ただし、あの人が嫌だと言ったら俺は部屋で食べる。
いいね? 」
「もちろんだ! あ、そうだ。
シルヴィア嬢から預かっていたんだ、コレを」
小さな箱に入った、2つの筒。
筒の先にチェーンが付いているな、持ち運ぶものか?
「御守りのような物らしい。
1つは兄さんに、もう1つは兄さんがあげたい人に贈れば良いって言っていたよ」
「あげたい人――、ランドルフは貰ったのか? 」
「私にはくれなかったよ。ランドルフ様には必要ないから、だって」
「シルヴィア嬢って、ヴェルトハイム家のご令嬢だよな」
「それが何か? 」
ヴェルトハイム家という事は、アレンが溺愛するシルヴィーちゃんからという事だ。
たしか、『シルヴィー化粧品』が出た時もアイツは騒いでいた。
「兄さんがあげたい人に贈れば良い」
もしかして、シルヴィーちゃんはアレンから何か聞いているのか?
いや、しかし直接会った事もないのに…
―――フワッ
何だ、この心地良い香りは。
すげく穏やかな気持ちになる…………っ、まさか!
「あの人の調子が良くなったのは何故だ?
シルヴィア嬢が関係しているのか? 」
「さ、あ。私には何とも。
ただ、兄さんに渡したソレと同じ香りの香水を母上にプレゼントしてくれましたけど(これくらいなら話しても大丈夫だろうか?)」
「そうか、すまない。夕食はまた今度食べよう。
急用を思い出した」
理屈や真実は分からないが、コレを渡せば彼女の状態も良くなるかもしれない。
いや、きっとなる!
何故シルヴィーちゃんが知っていたのかは、分からないがあげたい人なんかじゃない。相手が分かっている上で、そんな言い方をしたんだ。
「母さん!
母さん、プレゼントを1つ渡し忘れ……て、え?
かあ、さ…ん?」




