師匠の仙人を決めようと思う
「なはぁー。やっぱり仙境は快適じゃのぉ」
「そうだな。意識せずともエネルギーがチャージされるのは、本当に有難い」
俺たちには、修行に失敗したとかで下山した道士が住んでいたという小さな建物が、仮住まいの住居として割り当てられていた。
仙境は自然エネルギーに満ちているらしく、風花も銀影も気持ちよさそうにだらけている。
俺にはそういったものは感じられないけれど、寒くも暑くもなく、穏やかすぎるほどの気候に、思う存分だらけていた。
「なーんもする気が起きねぇな……この環境」
「そうじゃのぉー。ときに英人は、本当に仙人になりたいのかのぉ?」
「うむ、拙者もそれが気になってはいた。お館様はなぜ、仙境に素直に行くことにしたのだ?」
ま、確かにね。二人がそう思うのも、無理はない。
「理由は幾つかあるよ。まず仙骨があるのだから、仙境が俺を放っておくことは無いだろうってこと」
「まぁそうじゃのぉ。仙境に目を付けられて、只の人間が逃げおおせることは出来ないじゃろう。太乙真人もアレで、女媧様が認めるほどの力を持っているからの」
「それと、単純に俺もパワーアップしたかったんだよね」
「パワーアップ? お館様は、不老不死になりたかったのか?」
「いや、それにはあまり興味はないかな。いや、別になりたくない、というわけじゃないけど、そこまでじゃないっていうか、よく分からないってのが正直なところかな。そうじゃなくて、神通力とか宝貝を造るとか、そっち方面に興味がある」
「ふむ。ではなぜ、英人はその力を欲するのじゃ?」
「管仲に言われたんだ。人はその力に応じた範囲でしか、誰かを幸せにすることは出来ないって。俺は風花や銀影、管仲さんに鮑叔さん、それに関わった色々な人たちを、出来るだけ幸せにしたいと思っているんだけど【思っているだけ】じゃダメだって教わった。だから俺は、強い力が欲しいんだ」
「うむ。素晴らしい考えだな。流石はお館様だ」
「うぬぅ。妾としては、英人に無理はして欲しく無いんじゃがのぉ……」
「あとはアレだ。元の時代の便利アイテムを宝貝で実現したかったんだよね。冷蔵庫とかフードプロセッサーとか? 色々できそうじゃん!」
「あー……。その方が英人らしいのじゃ。しっくりくるのぉ。安心した」
「それもそうだな」
君たち。ちょっと、俺のことを誤解していないかな?
便利アイテム作りが修行の主目的じゃないからな!
本当だよ?
それから数日間は、仙境でダラダラと過ごした。
結果として、分かったことが幾つかあった。
まず、腹が減らない。
人間もまた、仙境に満ち溢れている自然エネルギーを意識せずとも摂取しているらしく、基本的に食べなくても死なないらしい。
この環境にさらに適合が進めば、下界でも自然エネルギーを摂取出来るようになるらしく、不老不死となることが出来るらしい。
宝貝という便利アイテムも、これらの自然エネルギーを別な運動エネルギーに変換したりして可動しているらしい。
そのエネルギーの変換技術や発想が優れていれば優れているほど、強力な宝貝を造ることが出来るということだ。
俺としてはやはり、その辺の能力を磨きたいところだな。
あと、神仙……つまり女媧様や伏犠のことね。それらの居所は、仙境の中でも、さらに隔絶された場所にあるらしく、めったに女媧様や伏犠に会うことはないらしい。
会うと面倒なことになりそうだから、今後も出来れば会いたくないかな。
特に風花は、その容姿が女媧様に似ているから、注意した方が良さそうだ。
それと、仙人って意外に多い。
元始天尊と、その十二人の高弟である【崑崙十二大師】の他にも、それに匹敵する力を持つ仙人が、何人もの弟子を抱えているのだから、ちょっとした村くらいには人口が居るみたいだ。
仙人になっていない俺みたいな修行中の人間は【道士】と呼ばれるらしいが、その境目は結構曖昧で、道士の中には仙人を超える力を持つものもいるらしい。
ちなみに、道士でも不老不死になることは可能である。
あと、コレが結構面倒な話なのだが、まだ師を持たない道士は、かなり貴重な存在であるようで、ある意味でとても人気者になる。
つまり、今の俺は仙境の有名人で人気者になっているのだ。
弟子を取りたい仙人が代わる代わる俺の所に挨拶に来るものだから、気が休まらず、俺は何もしていない割に、結構疲れていた。
「英人よ。誰を師とするかは、もう決めたのかのぉ?」
「んー……。嫌だけど、ほんと嫌だけど、俺の目的と合致するのは太乙真人なんだよなぁ」
「っ!? お館様……それは……」
銀影が絶句する気持ちはよく分かる。
あの空気読まないクソ仙人を師匠と崇める、と想像しただけでゾッとする。
だけど、例えば自律型の宝貝を造ることを得意とするのは、神仙は別として、数多い仙人の中でも太乙真人が断トツらしい。
今後、風花や銀影にメンテンスが必要になることもあるかも知れないから、自律型宝貝を扱う技術は身に付けておきたいところなのだ。
それに自律型に限らず、あらゆる宝貝の研究者として太乙真人は優秀らしく、数々の強力でユニークな宝貝をたくさん生み出しているらしい。
それならば、俺の野望……未来の便利グッズのの再現にも、一役買ってくれるはずなのだ……。
「だけどなぁ……。あの性格を俺が受け入れられるかどうかだよなぁ……」
「「うーん……」」
風花や銀影にとっても、師匠の選択は他人事ではない。
仙境に浮かんでいる島々は、その一つ一つが、仙人の洞府になっているらしく、余程のことがない限り、弟子入りした道士はその同府に居を移すことになるのだ。
つまり、俺が太乙真人に弟子入りした場合、風花も銀影も、太乙真人と同居することになる、ということだ。
「何か、お迷いですかな? 道士よ」
聞き慣れない声に振り向けば、見たことのない男がそこにいた。
男……だよな?
いや、決して女っぽいといわけじゃないのだけれど、その男はどうに掴み難い存在であるように感じられた。
柔和な優しそうな微笑を浮かべる顔は、凹凸が少なくて、まるで絵画の女神のような美しさと持っていたけれど、その目には全てを見通すような知性と強さが存在しているように思えた。
無駄な力など一切入っていないような自然体で、足音がまるでしない。
そこに居るのにそこに居ない。
自然の中に完全に溶け込んでしまっているような、それはそんな存在であった。
「はじめまして、ですね。私は九仙山・桃源洞の主、広成子と申します」
風に乗って聞こえる落ち葉の音のように、自然の一部の如き声が耳に聞こえた。
なんて心地が良い声なのだろう……。
「自己紹介は……返してくれないのですか?」
困ったように、広成子と名乗った男が首を傾げた。
なんだかもう、絶対に失礼をしたくない。
そう思えて、俺は女媧様や元始天尊の時よりも緊張して、名を名乗った。
「風英と申します。本名は風見 英人ですが、その名は捨てておりますので、風英とお呼び下さい。元始天尊様より許可を頂き、仙境に入らせていただきました。ご挨拶に伺うべきところを、わざわざお出向きいただきましたこと、深く感謝いたします」
「ご丁寧に……ありがとうございます。風英道士」
男は微笑みを浮かべながら、近場の岩の上に座った。
その所作もやはり美しく、そしてその動きに合わせて鳴るべき音が、全く聞こえなかった。
「太乙真人は……素晴らしき仙人でございますよ?」
俺の迷いを見抜いた広成子は、仙人が修めるべき道について語りだした。
「道を修め、仙人が求めるべき境地は【静】です。心も体も空ににして自然に溶け込むのです。静は即ち、動を生みます。静が無ければ動は無く。動が無ければ静も無い。人は生まれながらにして動であるのだから、仙人は全てを知るために静を求めるのです。そして、全てを知った後に全てを忘れることを目指す。いや、これが中々に難しい……」
えっと、何を言っているのか分からない……けれど、俺は自然と頷いていた。
「三厭五葷……風英道士は、これをご存知ですか?」
「いえ……知りません」
「三厭とは、雁、烏魚、鱉、つまり代表的な食肉を差し、五葷とは小蒜、大蒜、韮、蕓薹、胡荽の、特に臭いの強い野菜のことを差します。これらは仙人において禁忌とされる……なぜか分かりますか?」
「えっと、食肉は殺生が絡むから、心を空に出来にくくなる……のかな? 強い臭いの野菜は、自然に溶け込むのを阻害する……とか?」
広成子は、笑って首を振った
「そう思うでしょう? ですが違うのです。まず五葷、つまり臭いの強い野菜を食べると淫欲、憤怒が起きるとされていて、禁じられています」
あー……。
精力がつく、テンションが上がるってことね。
そういや、にんにく注射とか聞いたことあるなぁ。
「次に三厭ですが、これは幾つかの理由がありますね。風英道士がおっしゃったように、殺生そのものが心に悪影響を与える、と言う者もおりますが……殺生の善し悪しは、行為そのものではなく、その理由であると言う者もおります」
確かにね。
殺生そのものが【悪】だったら、蟻を踏むのを恐れて、お外を歩けなくなっちゃうもんな。
「他にも、五葷は【陰】であり、三厭は【陽】である。五葷を食わぬのであれば、陰陽の調和をとるためにも、三厭も食わぬ方が良い。とする者もおります」
陰陽?
なんだそれは?
陰陽師とかは聞いたことあるけど、仙人って陰陽師なのかな?
「ああ、陰陽を知らないのですね? 大まかに説明しますが、この世の全ての存在は【陰】もしくは【陽】のいずれかの性質を持つのです。陰と陽は互いに反発しあいますが、一方で、陰は陽がなければ、陽は陰がなければ存在できません。この世のあらゆる事象は【陰陽】で説明知ることが出来ます。陰陽を支配することが、つまりは神通力なのです」
う、うーん。
わかったような、わからないような……?
「話がずれましたが、三厭五葷のような戒律が、仙境には色々あります。全ては陰陽を支配する存在になるためです」
「なるほど、何となく分かりました」
広成子は、僅かに頷いて微笑みを浮かべた
「太乙の素晴らしきは、それらの戒律を破りつつも陰陽を支配できるのです。例えば五葷を食して陽に傾こうとも、陰陽を支配する力に長けていれば、理論上は問題なく調和を取ることが出来るのです。しかし、それが現実的には難しいから、戒律があるのですよ」
「ってことはですよ? 太乙真人さんは肉もニンニクも食べちゃうってことですか?」
「ええ、太乙は好きな物を食べ、好きなように生きておりますよ。他の仙人から『修行もせず、遊び回っているクソ仙人』などと、陰口を言われておりますが、逆なんですよ。『修行をした結果、遊び回る力を得た至上の仙人』なのです」
なるほど。
俺から見ても、太乙真人は仙人らしからぬふざけた男だったけれど、ふざけるだけことができるほど、凄い仙人だったってわけか……。
「ゆえに、風英道士が太乙に師事するということは、良い選択だと私は思いますよ」
そう言い残して、広成子は帰ってしまった。
お陰で俺の意思は固まったけれど、広成子から弟子に誘われなかったことが、とても残念でならなかった。




