第二部 仙境編・開幕
第二部・仙境編の開始です。
相変わらず不定期で更新致します。
またココに来ちまったなぁ……。
小さな無数の島々が空中に浮かんでいる空間……中華風幻想郷の世界。
ここを【仙境】と呼ぶのだと、太乙真人が教えてくれた。
太乙真人と赤精子の訪問を受けた俺たち風英一家は、今まで制作した製紙の道具やら、くさび締め方式の搾油機やらを赤精子に運んでもらい、まずは工場件自宅の整理を行った。
今まで頑張ってきた成果を封印しなくてはならないことより、仲間たちと過ごした思い出を封印することに、心が痛んだ。
管仲と鮑叔には、直接会っての挨拶はしていない。
鮑叔の奥さんである節さんに
「しばらく旅に出ようと思います。いつになるかは分からないけれど、必ず斉に行きます」
と伝言を頼んだ。
いつも俺に家庭内害虫Gを見るかのごとき目線を送る節さんだったが、流石にこれには驚いたらしく『せめて夫が帰ってくるまで、待って欲しい』と懇願してくれた。
でも、管仲や鮑叔に会ったとしても、なぜ俺たちが旅に出なくちゃいけないかを説明することなど、今はまだ、できやしないのだから、節さんの願いを叶えること無く、俺たちは早々に、仙境へとやってきていたのだった。
「さぁーて、英人君。まずは元始天尊様に、挨拶しに行こっかぁ」
「太乙真人さん、俺のことは英人ではなく風英と呼んでもらえます?」
「ん、どうしてだい? 風見 英人が、君の本名だろう? 風英というのは、間に合わせの偽名なんじゃないのかなぁ?」
「俺は古代中国で生きていくことを決心しているし、風英という名前で生きていくことも決めています。風花が付けてくれた大切な名だから、オレはそう呼ばれたい」
「ふーん。分かったよぉ。それじゃぁ風英道士ってことになるねぇ」
「道士? なんですかそれ?」
太乙真人はそれには答えず、フンフン♪と鼻歌を歌って先へと進んでいく。
進む先には、緑と赤と金で彩られた、かつて元の時代で見た【孔廟大成殿】のような宮殿があった。
「仙境はいつの時代も変わらんようじゃのぉ」
風花がつまらなそうに言った。
「この時代の女媧様や伏犠様と会ったとしたら、どのような反応をされるのだろうな?」
銀影は少しずつ不安そうだ。
確かに、それは興味深い。
というか、すでに伏犠なりは、新しい宝貝を作って、この時代の伏犠に事情を説明している可能性もあるよな。
その辺どうなんだろう? と思って、タイムスリップについて、赤精子に質問してみた。
太乙真人に質問すると、面倒そうだからな。
「時間を超越するのは非常に難しく、制約も多いのだ。そもそも時間超越に属する能力を持つものは、女媧様、伏犠様、神農様、元始天尊様、それと金鰲島の通天教主様くらいではないだろうか?」
ふむ。
女媧様と伏犠以外にも使える奴が、結構いることが驚きだな。
よく今まで、世界に混乱が起きなかったものだ。
「使えたとしても使わないだろうな。その能力があるというだけで、色々と抑止力になる。時間超越の制約の話になるが、この能力は一度使ってしまうと、その効力がかなりのところ制限されてしまうのだ」
赤精子の説明を要約すると、次のような内容だった。
まず、時間超越の能力を使う場合、行使者は特定の存在に対してターゲティングを行うのだという。
赤精子は、女媧様と伏犠が時間超越の能力を行使したと知らないので、俺の補足の上での説明になるが、女媧様と伏犠は【俺】という存在にターゲティングして、能力を行使した形になるのだろう。
ターゲティングを行うと、対象を始点にして時間が流れることになり、それ以上は、時間の先行も逆行もできなくなるらしい。
つまり、女媧様はBC707年にタイムスリップさせた【俺を始点】にしている。
だからもう、女媧様はBC708年には介入できないし、もちろんそれ以上の過去にも介入することが出来なくなってしまっているのだ。
さらに、例えばBC706年(つまりタイムスリップの1年後)の俺に介入しようとしたら、元の時代で同じだけの時間、つまり1年間を過ごす必要がある。
要するに、ターゲティングした存在と時間軸は違えど、同じ時間の流れを共有することになるのだ。
伏犠についても同じことが言える。
銀影を俺の元に送った時、伏犠も【その時の俺】にターゲティングしている。
だから、銀影が伏犠にとって失敗作だったからといって、銀影を派遣した時間より前に、新しい刺客の宝貝を送ることは出来ない。
例えば伏犠が、新しい刺客に宝貝作りに3年の時間を要したとすれば、俺に対してそれを送ることが出来るのは、銀影を派遣したBC707年から3年経過したBC704年、ということになるのである。
赤精子の説明を聞いて、少なくとも女媧様と伏犠は【今の俺】にしかアクションが起こせないことを知り、かなりのところ安心した。
神農、元始天尊と通天教主って人については、安心できないけれど、わざわざ俺みたいな小物に、虎の子の最終奥義を使うようなこともしないだろう。
「元始天尊様。太乙真人、並びに赤精子。仙骨を持つ人間を連れて参りました」
「よく来たのぉ。新しき同胞よ!」
宮殿に着くと、扉の前に元始天尊と思しき人物が俺たちを待ってくれていた。
……。
……そうだよ。
コレだよコレぇぇぇえええ!
仙人はこうでなくちゃダメだよな!
髪も髭も真っ白で長いおじいちゃん!!
俺が求めていた仙人像は、まさにアンタだ!!!
俺は心の中で拍手喝采しつつ、崑崙の仙人の長であるという元始天尊の前に、正座をして挨拶をした。
「元始天尊様。風英と申します。この度は仙人としての修行をつけて下さるとのこと、伏して御礼申し上げます」
「フォッフォッフォ。何とも礼儀正しき男じゃのぉ。修行は厳しいものとなるであろうが、腐らず折れず、じゃが過度な無理をせずに頑張るのじゃぞ?」
「はいっ!」
フォッフォッフォって言ったよ!
流石はテンプレ仙人!
太乙真人と赤精子とは大違いだぜぃ
「ふぅーん。儂の扱いと随分と違うねぇ……風英?」
「同意だな。太乙はともかく、オレに対してはそういう態度を取って欲しいものだ……」
二人のお偉い仙人様がそんなことを言っているけど、無視ですね!
そうして欲しければ、そちらも仙人らしくして下さい。
「フォッフォッフォ。後ろに控えておる二人が、女媧様と伏犠様が2700年後の未来で作った宝貝じゃな?」
「え!? ご存知だったんですか?」
驚く俺に、元始天尊、太乙真人、赤精子の3人が揃って頷く。
「正直、儂らは元始天尊様に聞いて知ったんだけどねぇ。まぁ風英君が未来人であることは、そんなに問題じゃないのさぁ。君はもう、この時代で生きるしか無い存在だからねぇ」
「だな。そうである以上、この時代で生きる若者となんら変わりはない。余りそのことは気にしなくて良いぞ」
まぁ、理外の力を持つ仙人たちにとっては、俺が未来人であることは、それほど考慮する必要は無いのかも知れないな。
「赤精子よ。それで管夷吾なる人物は、しっかり見定めて来たのじゃな?」
「はい、元始天尊様。太乙の睨んだ通り、管仲なる者は姜子牙の生まれ変わり、で間違いないでしょう」
は?
管仲が姜子牙の生まれ変わり?
姜子牙ってあれだろう? 斉国の創始者で、周王朝設立の功労者。
日本では太公望って名前で知られている歴史上の偉人。
「フォッフォッフォ。流石は我が弟子・姜子牙じゃ。『人間として生を全うする』などと言っておったが、我らは不老不死の仙人。どうするのか……? と思っておったが、まさか転生の術を編み出しておったとはのぉ……」
「あ、あの。口を挟んで申し訳ないのですが【転生】とはどういうことなのでしょうか?」
友人である管仲が、姜子牙の転生した姿?
管仲はそんな素振りは一切見せていなかったはず……
一体、どういうことなんだ?
「それは儂が説明するよぉ。多少の推測が入るけれどねぇ。太公望・姜子牙は仙人ではなくて道士だったけれどぉ、その実力は、すでに儂ら崑崙十二大師を上回っていたしぃ、不老不死の力も得ていたのさぁ。でも、姜子牙は、周王朝に関わるうちに、人としての人生を送りたくなったわけだねぇ。ここまでは、推測ではなくて、本当のことだよぉ」
「不老不死じゃ、人として生きるなんて出来ませんよね?」
「出来ないねぇ。ここからは推測だけれど、姜子牙は恐らく、転生の術を編み出したのさぁ。それを使って、未来に自分の命を飛ばしたのさぁ。そうすれば、元の肉体から、魂が抜け落ちるからねぇ、死んだことと同義になるのさぁ」
「でも、管仲さんには、太公望としての自覚はありませんでしたよ?」
「そうだねぇ。わざとそうしたのか、そうせざるを得なかったのか、それは分からないけれど、管夷吾の中には姜子牙の魂が入っていたよ? それは間違いないのさぁ……そうだろう? 赤精子」
「ああ、それは間違いない。只の人間の身体の中から、最強の仙人の魂の脈動を感じた。あれは姜子牙の魂で間違いない。只の人間の中に最強の仙人の魂があるなど、実に歪んでいて気持ちが悪かったものだ」
「だよねぇ……。ほんと、気持ち悪かったよねぇ……」
ああ、だから太乙真人は管仲を見て『気持ちが悪い』って言ってたのか。
俺には全く分からないけれど、普通の人間の身体の中に、仙人の魂が入っているってのは、すごい違和感を感じさせるものらしい。
にしても、気持ち悪いって表現は、なんかなぁ
「えっと、太乙真人さんと赤精子さんは、太公望の事が嫌いだったんですか?」
「いやいや、そんなことあるわけ無いじゃないかぁ。アイツは凄く良い奴だったもんねぇ。そう思うよね? 赤精子」
「ああ、良い奴だった。どこか飄々としていて、修行もサボってばかりだったのに、最強だったからな。それは腹立たしいこともあったが、憎めない奴であったよ。やつがこの世から姿を消したと知った時、崑崙は大きな悲しみに包まれたものだ」
「フォッフォッフォ。悲しみもそうじゃが、羨ましかったのじゃろう? 死ぬことが出来た姜子牙が……そうじゃろう? 太乙、赤精子よ」
「まぁ、そうですねぇ。儂には死ぬことも転生することも出来ませんからぁ」
「む。否定は出来ませんが、新たなる弟子を得ることが出来れば、生きることに張りも出ます。是非、風英の師にはオレを!」
「赤精子ぃ! なーにぃ抜け駆けしてんのさぁ。風英を見つけたのは儂だよぉ。師匠は儂に決まっているじゃないかぁ」
なんだか大人気だな、俺。
暇つぶしの玩具扱いされている気がしないでもないけど、まぁ悪い気はしない……かな?
「これこれ、太乙、赤精子。風英は仙境に来たばかりじゃ。そう急いで話を進めるものではない。風英、そこの二人の娘は家族なのであろう?」
元始天尊が、風花たちに慈しみを含んだ目線を送った。
風花も銀影も、膝を付いて頭を下げた状態で、さっきから固まっている。
彼女たちにとっても、元始天尊はそういう態度を取るべき存在であるようだ。
「はい。風花も銀影も俺の大切な家族です。宝貝で人じゃないけど、そんなことは関係ないです」
「フォッフォッフォ。風英は太乙に似た性格をしておるようじゃのぉ」
え!?
それは悪口ですよ? 元始天尊様!!
「太乙よ。風英とその家族が快適に過ごせそうな空き家を用意して差し上げなさい。まずは数日、体を仙境に慣らすことが先決じゃ。師匠を誰にするかは、その間に決めるとしよう」
「分かりましたぁ。それじゃあ、風英君。儂に付いてきなさ」
太乙真人は軽く元始天尊に頭を下げると、踵を返して歩いていく。
俺と、風花、銀影は、仙境の景色を楽しみつつ、その後に続いた。




