そんなこんなで、異民族との戦争に駆り出された
本日も1話更新となります。
なんだか戦争に行くらしいです。
ちょっとエラいことに巻き込まれそうなので、こんな時は管仲さんに相談だ!
「山戎ですか? 北方に暮らす異民族ですね。【戎】の文字の意味を考えれば、それは【未開な民族】を指しますが、これは蔑称に近いものです」
「差別されている、ということですか?」
「そうなりますね。彼らは中華の……つまり周王朝の威光の外側で生活している存在というだけで、特に劣っているわけではないのです。生活の様式や文化・思想に違いがあるだけですし、それは優劣を付けることが出来るものではありません」
「山戎とのいざこざって、結構あるものなのですか?」
「ええ、ありますね。国境を接する斉や燕は、度々その侵攻に遭っています」
ふーむ。
山戎は、周王朝を一つの国、として考えた時の【外国】にあたるわけか。
文化や思想が違うのだから、そりゃぁ争いが発生して当たり前なのかもな……。時代が時代だし。
領土的な野心もあるかもだろうし、そもそも国連みたいな組織が無いんだから、国境なんて誰が決めるっつー話だ。
あって無いような国境なのだから、どちらかが【侵入された】と思った時点で、戦争勃発ってことになる、というわけか。
「なぜ、斉と山戎の戦争に、鄭が軍を派遣しなければならないんですか?」
「当事国で対処できない、もしくは、したくないような場合、周王朝に助力を求めるのが常になります。隣国に直接救援を求める場合もありますが、緊急でない場合は、周に相談をするのが慣例となっておりますね」
ん?
じゃあ、周が軍を派遣すれば良いんじゃないのか?
「もちろん周にも軍はあります。ですが、王軍を遠方に派遣することは大事になりますから、東の揉め事は鄭に、西の揉め事は虢に対処を任せることが多いですね。今回は対処を任された鄭が、自ら派兵することにしたのでしょう」
場合によっては、周→鄭→東の諸侯、みたいな感じで、命令がなされるってわけか。
「山戎に攻められている斉は、鮑叔さんの故郷ですよね? 救援を求めるってことは、あまり強い国では無いのですか?」
「いえいえ。斉は本来強国ですよ。周の建国時の功労者である姜子牙……つまり呂尚【太公望】が封じられて生まれた国です。ゆえに周と同じ姫姓ではなく、国姓は姜ということになります。姫姓でない強国は、他に秦や楚があげられますね」
太公望は聞いたことがあるなぁ。
聞いたことがあるだけで、どんな人か詳しくは知らないけど。
「強国であっても救援を求める理由は何なのですか?」
「ふむ。一概には言えませんが、相手の軍勢が強大なのか、自国の兵を温存したいか、戦略上、他国に山戎の背後を襲わせたいか……。ただ救援を求めれば、その見返りを派兵した国に支払うのが普通ですから、自国で対処できるのであれば、そうするのが自然でしょうね。今回は恐らく山戎の軍勢が強大なのか、それか籠城の策をとるのでしょう。もしくはその両方か……」
なるほどね。
ということは、そんな強大な異民族の軍勢が攻めて来ている戦地に、俺は行かなくちゃならないってことか……。
うわっ! 行きたくねーーー!!
「今回の戦争、管仲さんは行かないんですか?」
「さて……。私の今の身分は商人ですから。それに私は太子の覚えがよろしくない」
「んー。管仲さんが行かないのなら、俺も行きたくないなぁ。でも太子様の指名だし鮑叔さんを一人で行かせるってのもなぁ……」
「風英殿が太子忽様に指名? では、行った方が良いでしょうね。鮑叔殿の立場もありますし、断る理由を探すのが難しい……」
「まぁ、そうですよねぇ。行くしか無いか……」
「……それならば、私も同行いたしましょう。兵が増えるのですから、太子様も首を横に振ることも無いでしょう」
「良いんですか?」
「ええ。貴方に死なれては困りますから」
「と、いうことで、戦争に行くことになりました!」
住居件工場に戻った俺は、風花にそう告げる。
「はぁ? 一体どういうことじゃ!?」
「落ち着け風花。戦への同行を、お館様は太子忽様から直命されたのだ」
荒ぶる風花に、銀影が宥めるように説明をした。
「銀影! 貴様がいながら、なぜ断らなかったのじゃ! 英人を危険な目に合わせることを良しとするのか!?」
「無論、拙者もお館様に危険が及ぶのは反対だが、立場、というものがあるだろう? 鮑叔様の立場を考えてみても、お館様は無下には断ることは出来ぬはずだ」
「むむぅ……。英人はそれで良いのか?」
「良いも何も……ねぇ? 銀影の言ったとおりさ。断るわけにはいかないよ」
「ならば鮑叔の元を離れれば良いではないか? 幸い金はかなりの額が溜まっておる。妾たちだけで暮らすことも、別段、難しくはないじゃろう?」
「まぁね。それは俺も考えた。でもさ、鮑叔さん……管仲さんもだけど、もう家族みたいなもんじゃん? 今更離れるってのは、ちょっとなぁ……」
「家族……」
「そっ。俺は家族を失くしちゃっているからさ。もう二度と、家族を失いたくは無いんだよね……」
なんだか凄く楽しかったんだよね、この数ヶ月の時間がさ。
皆でワイワイ、色んなもの作って。失敗しても励まし合って、笑い合って。成功したときは、盛大に大喜びして。
金を稼げたのは、もちろん嬉しかったけど、それまでの道程の方が、俺としては嬉しかったんだ。
それに……。
鮑叔が、たまに酒に酔って語る夢の中には、俺が当たり前のように存在していたんだ。
管仲が組み上げる様々な計画の中には、その中心に俺がいることが、度々あったんだ。
あの二人にとってだって、多分だけど、俺は家族みたいな存在になっているんじゃないかなぁって思う。
というか、思いたい。
「だから、家族の命が危険に晒されているとき、自分だけ安全な場所にいるのは、俺は嫌なんだよ」
俺がそう言うと、風花も渋々ながら頷いてくれた。
「それなら、妾も戦に同行しなくてはならんのぉ」
「はぁ? なんでだよ?」
「だってそうじゃろう? 家族の命が危険にさらされるのじゃ、妾だけ安全な場所にはおられんじゃろ?」
「うっ……」
「拙者は元よりそのつもりだ。お館様の隣に侍り、お守りするのが拙者の役目だからな」
「むぅ……」
なんか墓穴を掘ったっぽいぞ。
銀影さんは強いから良いんだけれど、風花は出来れば新鄭に残って欲しかったんだが……。
そもそも、10歳くらいの見た目の女の子を、戦場に連れて行って良いもんなんかね?
これも管仲さんに相談だなぁ……。
「ふむ。流石に幼子を戦場に連れて行くわけにはいきませんね」
「ですよねー」
管仲さんの回答は、予想通りのものであった。
なんぼなんでも、風花を戦場に連れてくのは流石に無理だ。
管仲さんが言うなら、風花もきっと納得してくれるに違いない。
「……ですが、手が無いわけではありません」
「……え?」
あるんかーい!
管仲さんが『出来る』って言うのなら、多分それは現実的な策に違いない。
聞きたくないなぁ……それ。
「風花殿を戦に同行させるのは、心配ですか」
「そりゃぁ、心配っすよ」
「思いますに、風花殿は、風英殿を戦場に送り出して、独り家で待つ……などということが出来ますでしょうか?」
「あー確かに。こっそり付いてきそうな感じがしますね……」
「ふふ……。私もそう思いますし、そう確信いたします。それであればいっそ、連れて行く算段をした方が良いと思います」
「……かもしれないっすね」
流石は管仲だ。風花のことをよく観ている。
風花は直情的で行動的だ。
例え止めても、なんとかして戦場に同行しようとするだろう。
なんか、その方が危険が増すような気もするよな。
「風花を戦場に連れて行く【手】とは、どんなものですか?」
「いずれにせよ、風花殿を堂々と戦場に同行させるわけにはいきません。ゆえに【隠す】必要があります」
「隠せ……ますかね?」
「戦車であれば、周りから見えないように連れて行くことも可能です」
「戦車? そんなものがあるんですか!?」
頭を一瞬【装甲戦闘車両=戦車】をよぎったが、もちろん、そんなわけは無かった。
管仲の説明によると、この時代、軍の中心的な戦力として、馬車に似た【戦車】という兵器が存在しているらしい。
戦車はつまり、4頭の馬で曳く車輪の付いた箱のことで、通常は3人で乗車して戦うとのことであった。
真ん中に乗るのは、もちろん御者であって、直接的な戦力にはならない。
右側に乗る人は【車右】と呼ばれ、【戈】という、ピッケルのような形をした長柄の武器を持って、車上からの白兵戦を担当する。
左側には【車左】が乗り、指揮を執ったり、弓での射手を担当する。
「戦車は一乗でも多いほうが良いとされていますから、戦車を持参して参戦すると言って、拒否されるようなことはないでしょう」
「なるほど……」
金はあるから、戦車を用意することは恐らく問題はない。
問題は御者だが、武芸百般に通じている銀影なら、もしかしたら馬を御する術も身に着けている可能性が高いな。
「ただ、戦車は先陣を切ることになりますので、そういう意味では、危険度は増します。相手が歩兵ならむしろ安全で問題ないのですが、山戎が相手となると……」
管仲は、眉間に皺を寄せて短く唸った。
「山戎は歩兵ではないのですか? 同じく戦車を使うとか?」
「彼らは馬に跨って戦います。機動力があり、突破力もあります」
「こちらも馬に乗って戦う、のではダメなのですか?」
「馬に乗って戦うのは野蛮とされていますので、正規の軍がそれを行うことは難しいのですよ。騎馬を相手にする場合、基本的には歩兵が束となって長柄の武器を構えて対抗するのが上策ですが、太子忽様は勇敢である事を良しとしますから、さて、どうなるものか……」
うーん。
例え不利があっても、戦車で騎馬隊に突っ込む策を取るかもしれないということか。
無駄死にするのは嫌ざんすねぇ。
「とはいえ、斉と鄭、それと恐らく他の諸侯も参戦するでしょうから、そもそもの戦力が違います。数で押して勝てるでしょう。死なないように立ち振る舞えば良いのです。私は弓も引けますから、車左として、同乗いたしましょう」
てっことは、御者が銀影、車左が管仲、俺が車右ってことになるのか……自信ねぇ!!
俺は武器なんて扱ったことがないし、まして【戈】に至っては見たこともないぞ?
「まぁ少し脅してしまいましたが、恐らく太子忽様は、風英殿を戦力とし計算はしておりますまい。ですので、たとえ戦車で参じたとしても、そこまで危険な前線への配置は無いと思われます」
「そうなんですか?」
「ええ。申し訳ないですが、風英殿が参戦してもしなくても、大局に影響は無いと思われているでしょうから」
「では、なぜ俺を同行させたいんすかね?」
「戦場の中で風英殿の能力を見極めたいのか……。もしくは自分の武勇を誇示して、鮑叔殿と風英殿に主として仕える価値のある相手だと思わせたいのか……。恐らくどちらも、なのでしょう」
「なんだか、随分と買い被られてるみたいだなぁ」
「そんなことはありませんよ。私が太子の立場であったとしても、なんとかして風英殿も鮑叔殿も手に入れようと骨を折るでしょうから」
「はは、管仲さんにそう言って貰えるのは嬉しいですけど……ね」
まぁ管仲さんがそう言うなら大丈夫か……。
戦場でも側にいてくれるらしいから、死ぬことはないだろう、と思いたい。
時間もないし、取り敢えずは戦車でも買いに行きますかねぇ。




