ミリ飯を食いながら、管仲の講義をうけた
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よく考えれば当たり前なのだが、商店街に【戦車】は売っていませんでした。
ということで、鮑叔の伝を頼って、大急ぎで特注の戦車を発注することになった。
鮑叔の関係ということは、結局、太子忽の関係、となるので、俺たちが戦車で参戦しようとしていることは、恐らく伝わっているはずだ。
太子から文句が来ていないということは、戦車での参加が許可されたと考えて良いのだろう。
次に、甲冑を購入する。
この時代では、【動物の革に漆を塗った甲片】を繋ぎ合わせて造った甲冑が最上の物、と店主に聞いたので、金は惜しまずそれを購入することにした。
命を守る道具に金を惜しんではいられない。
「あとは、やっぱりミリメシだよなぁ」
「ミリメシとは何じゃ?」
家に戻って、旅の準備をしていたのだが、風花が積極的に手伝ってくれていた。
行軍に同行出来ることになったので、風花はご機嫌なのだ。
文字通り【荷物扱い】で戦車の隅に隠れてもらうことに難色を示すか? と思っていたのだけれど、一緒に行ける喜びの方が勝っていたらしく、一も二もなく、そこには同意してくれていた。
「んー【ミリタリー飯】のこと。戦闘携行食とでも言うのかね? 要するに戦争中に兵士が食う食事のことだよ」
「食料は輜重隊が支給してくれるのではないかのぉ?」
「風花、お前、戦争中に配給される飯が、そこらの飯屋と同等だと思うか? ただでさえ、この時代の飯は美味くないっていうのに……」
「うっ……。確かにそれは死活問題じゃの!!」
鄭国から斉へは通常で、50日以上の道程となる。
軍で動くことを考えれば、2~3ヶ月位は掛かるかもしれない。
それだけ掛かるのであれば、既に戦争は終わっているんじゃないか? と思ったのだけれど、山戎に攻め立てられている斉の邑は、籠城戦を行うことに決めているらしく、邑が陥落しない限りは、戦争は長引くものと予想されていた。
「とはいえ、行軍中の飯だからな、余り贅沢は出来ないよな。それ前提で出来ることをしよう!」
「そうじゃの!」
大きめの戦車を発注しているとはいえ、運べる荷の量には上限がある。
まず、味噌と醤油は壺に入れて持っていく、これは必須だ。
というか、これだけでかなりのところ、食事事情はマシになるはずだ。
専用の馬車があるってのは、かなり優位だな。
時間も限られているし、干し肉とドライフルーツを制作することにした。
干し肉は要するにビーフジャーキーだ。
ビーフジャーキーは、そのまま食っても美味いし、粥やスープに削いで入れてもイケる優れものだ。
塩、醤油、香草、黄酒でソミュール液を作り、牛肉を1日漬け込んでおく。
本当は砂糖も入れたいのだけれど、簡単に手に入れることは出来ないので、今回は目を瞑った。
漬け終わったら、30分ほど水で塩抜きしてから、乾燥させる。
天日が良いのだけれど、時間がないので、遠火で日を当てて、乾燥させることにした。
水が抜けたら、煙で燻して燻製にする。
燻製器ももちろん自作だ。
いつの間にか、当たり前に管仲が作業に参加してくれていたので、作業は思っていたより順調に進行した。
この人、無表情ながらも楽しそうに、それでいて的確に作業をしてくれるので、居てくれると非常に助かるのだ。
ドライフルーツは、市場で手に入る【ナツメ】【みかん】【すもも】を使って作っていく。
これも時間がないので、遠火で火を当てて乾燥を早めた。
乾燥ナツメは薬膳料理でスープに入っていたりするので、そのように食べようと思う。
みかんとすももは、そのまま補助食として楽しませてもらおう。
干し飯も作っておこうと思ったのだが、これは軍から米なり麦を生の状態で配給を受ければ良いので、準備しなくても大丈夫だろう。
ミリメシを作るのに全力を傾けていたら、いつの間にか出発の日が明日に迫っていた。
よく考えたら、武器も買っていないし、訓練もしていなかったなぁ。
いや、アカンやろ!
ということで、俺は急いで【戈】とかいう武器を買いに走るのであった……。
尻が痛ぇ。
俺たち【山戎討伐軍】が、新鄭を出発して既に15日が経過していた。
戦車は馬車のようなものとはいえ、快適性は追求されていない兵器なので、舗装されていない道の凹凸がダイレクトに尻に伝わってきて、結構しんどいのだ。
そういえば、俺がタイムスリップした時に居た場所である魯国の都【曲阜】は今向かっている斉からみて南にあり、斉の都である【臨淄】から、徒歩で20日も掛からない距離にある。
だから、以前に魯から鄭へと辿った道を同じく辿るのだろうと思ったら、違っていた。
鄭の北にある衛という国を抜けて、斉の北部へと向かうルートを使うらしい。
折角の長旅が一度通った道になるのは勘弁だったし、入ったことの無い国を経由できるのは心に湧くものがある。
「朝歌というのは、豊かな街なのですね」
俺たちは今、衛国の都の【朝歌】で2日程の休息を取っているところであった。
討伐軍の大将である太子忽が、衛の主である宣公に挨拶をしているらしい。
「朝歌が気に入りましたか。風英殿は【殷】のことはご存知ですか?」
暇なので、ドライフルーツを齧りながら朝歌の街を散歩していると、管仲が話しかけてきた
「殷ですか? えっと……確か周の前にあった王朝が【殷】でしたよね?」
「はい。その通りです」
――殷・周・秦・漢・三国・晋・南北朝・隋・唐・五代・宋・元・明・清・中華民国・中華人民共和国
もしもしカメよのメロディーで覚えた、中国の時代区分の名称の羅列を頭に浮かべて、何とか回答できた。
そういえば、殷の前には【夏】っていう王朝があったんだっけ?
もしカメの暗記法が作られた当時は、夏王朝の存在は伝説上のものであったけれど、後の調査で夏王朝の存在が確認されたのだと、授業で聞いた記憶がある。
「その殷の都が、この朝歌です」
「へぇ……。それを聞いてしまうと、むしろ寂しい街と感じでしまうのですけど……」
「戦いに破れ、陥落した都というのは寂しいものです。ですが朝歌は土に恵まれています。豊穣な土地というのは国を富ませますが、その地を争って戦乱も起きるものです」
「なるほど……確かに」
ふむふむ。
管仲と話すと勉強になるなー。
授業で勉強するのは退屈なのに、管仲に教えてもらうのは、むしろ楽しい。
【生きた言葉】を聞いているって感じがするんだよね。
「……そういえば以前、太乙真人を名乗る方とお会いしたことがありましたね」
「あ、はい。ありましたね、そんなとこが」
なぜにここで、あのクソ仙人のお話が?
管仲さんに俺たちの境遇を何処まで話して良いのか、判断に迷うところなんだよなぁ……。
「民衆に伝わる周の建国物語には、沢山の仙人が登場するものがあります。太乙真人もまた、その伝承の中に登場する仙人の一人です」
ああ。
確か、前に太乙真人が現れた時に『民衆に伝わる幾つかの伝奇に、崑崙山の仙人・太乙真人は登場する』とか管仲は言っていたっけ。
周の建国物語のことだったのか。
「その物語では、殷が滅亡した要因の一つに、時の殷の王であった帝辛、つまり紂王ですね。その紂王の妃である妲己があげられています。彼女は、その美貌で紂王を惑わし、国を衰退させるわけですが、彼女もまた仙人のような、妖怪のような存在であったといいますね」
「妲己……。聞いたことがありますね」
なんだっけか?
ソシャゲとかの幾つかのスマホゲームに、登場していた気がする。
確かに妖怪みたいな格好のイラストが多かったし、美人だった記憶があるな。
そんで、大抵エロい格好なのだ。
「でも、なんで妲己は殷を滅ぼそうとしたんですかね?」
「それは、紂王が女神・女媧を怒らせたからだ、ということになっています。紂王が女媧を祀る神殿を参拝した時、女媧の像の美しさにうたれ『こんなに美しい人がいるのなら、すぐさま妻に迎えるものを』といった内容の詩を、神殿の壁に書いたそうで……。それに怒った女媧が、自分の部下である妲己を紂王の元へ放った、というわけです」
げぇ!!
女媧様ってば、一体何してくれてるんですか!?
あ、でも、あの人と話したことがある俺としては、なんだかその所業も納得できるわ。
女媧様なら、やりかねん!
「ってことは、殷を滅ぼしたのは、結局のところ女媧様ってことですか?」
「いえ、それは違います。詳しくはいずれ……その物語をお聞かせいたしますが、女媧様は【ちょっと紂王を懲らしめる】くらいの腹積もりであったとか。むしろ妲己が調子に乗ってしまったのだ、と語られています。最終的には、女媧は妲己を捕縛することに尽力します」
ふぅむ。
ますます、女媧様が良い者なのか、悪者なのか分からんな……。
「これらはあくまで【物語】【伝奇】の類ですから、荒唐無稽な話なのです。ですが……私には、これが決して虚構にまみれた夢物語にすぎないとは、思えないのです」
管仲は、少し声をひそめてそう言った。
管仲のような学識の高い人からしてみれば、仙人や妖怪の登場する話を肯定するような発言は、堂々と出来るものではないのだろう。
「自称・太乙真人に会ったからですか?」
「そう……思っていたのですが、よくよく考えてみれば、私はどうしてか、昔からこの物語を何処か信じていたような気がするのですよ」
そう言いながら、自分で自分が理解できないことへの戸惑いにか、管仲は首を傾げた。
「ごほんっ。話が大きくずれてしまいました。つまりです、この朝歌という場所は元々、殷の都であったわけです。この地に住む民の祖先もまた、多くは色濃く殷の民でありました。朝歌の民たちは今、何を思い、何を願うのでしょうか? 私はこの街にいると息苦しさを感じるのです……」
管仲は深い溜め息をついて、寂しそうな表情を浮かべた。




