尋問
旅館に帰ると、皆が驚きをもって迎え入れてくれた。
そりゃそうだ。いきなり黒井 心を連れて帰ってきたのだから驚くのも無理はない。
梓さんに連絡をつけ、帰ってくる間に急きょ、彼女……いや、彼?に話を聞くことになった。
しかし、なぜだろうか?
車座になって集まるのはわかるが、その中心で俺は座らせられている……しかも正座で。
みんなの視線が痛い。特に女性陣の視線がヤバい。京子なんかはまるで高校時代に戻ったかのように、今にも俺に罵詈雑言を放とうとするような顔つきだ。まったく悪いことをした覚えがないがなぜこんな仕打ちを受けなければならいのだろうか?訳もなく脂汗が頬をつたった。
「最低だな……見損なったぞ。大馬鹿者」
今にも切りかかってきそうなほど、ほとばしる殺気を放つ京子が、侮蔑を含んだような見下す視線と低い声で言ってきた。
「えっと……なんの話でしょうか?」
「敵とはいえ、このような乙女の体に対して裸を見せることを強要し、さらには気を失ってるあいだに脱衣所で乱暴狼藉の限りを尽くしたと聞いているが?」
「ウソッ!なんでそんな話になってるの!?」
心をよく見ると、涙をため、スンスンと小さく鼻を鳴らしながら神妙な面持ちで座っているが非常に演技がかっていた。
そういえば女性陣の部屋で身体チェックの為、色々と話していたが……まさか、その時にある事ない事吹き込んだのか!?
『こいつ!謀ったなぁ!?』
「サイテーです。弱い立場の人間を追い込んで脅すなんて悪党です」
蔑んだ視線で見下しながら言葉を紡ぐビーニャ。
「え?そうなの?たしかに、それがホントだったら悪いことだけど……なんだかなぁ、一方的すぎのような気がする」
店長はなにか納得していない風で言葉を濁す。
しかし、ビーニャが「パパは女の子の気持ちになって考えてみて!」と一喝されたため押し黙った。
……まずい。唯一の味方がいなくなってしまった。
「まてまて!俺はそんなことはしていない!強要?乱暴狼藉?何の話だ!」
「お前は武器を構えて、僕にお風呂から出るように言ったじゃないか!」
「確かに言ったが……それはっ不可抗りょ…!」
こっちの言い分を口にする前に京子が目にも止まらない速さで抜刀し、ブン!と振り上げ、言葉を遮る。
「ほう、確定か。ならば最後の情けだ。辞世の句を聞いてやろう」
「まったまった!?俺の話も!聞いてくれ!?」
「ふむ。未練ったらしい、情けない辞世の句だ。しかし、子悪党にはちょうどいい」
「えぇーーー!」
京子が無慈悲にも七色刀を大上段に構える。
その時、出入り口のふすまが開き、梓さんが入ってきた。
「……何してんの?」
少しだけ怪訝な顔だが、いたって冷静な声だった。後ろいる葵さんの方が非常に慌てている。
「これは……人の道を外れた幼馴染への最後の情けだ」
「ふ~ん。まあ、どんな理由があっても、この国じゃ人殺しは犯罪だからな。とりあえずエモノは置こうか?」
「しかし!?」
「どんな話をしてたか知らないけどさ。ここからは専門家の出番だ。素人は引っ込んでな」
「くっ!?」
京子がゆっくりと刀を鞘に納めた。
ふと、心を見ると先ほどとはうって変わって顔を真っ青にして目を泳がせながら脂汗をダラダラ流していた。
『たっ……助かった』
解き放たれた緊張感から、口から盛大に溜息が漏れた。
☆ ☆ ☆
黒井 心は3年前、異世界ホロルンに転生した。姿かたちこそ転生する前と同じ背格好だったが、唯一違ったのは13歳の少女になっていたという事だった。残念なことに身分は奴隷であり魔法適正は持っていたが、非力な少女であった為、転売に次ぐ転売で当初の1年間は人間側の街を転々としていた。
それでなくても中性的で綺麗な顔立ちの女性だったので、高額でもすぐに買い手は付いた。その状況を、輪をかけて酷いものにしたのは左目に宿る魔眼『魔性の瞳』だった。
常時『魅了』効果をまき散らすその左目は人間には絶大な威力を発揮した。
どうやら、京子やビーニャが彼の話を鵜呑みにしたのも、この魔眼による『魅了』効果が発揮されたからにほかならず、耐性を持っているはずの俺や店長でもうっかりすると変な感情が芽生えるのではないかと思われるぐらいその力は強い。
現在こそ眼帯をつけて抑制しているが、そんなアイテムを持たなかった当時の奴隷オークションでは、彼を得たいがため常に醜い争いが繰り広げられたらしい。『魅了』効果で欲望が増幅され、殺し合いに発展したことも一度や二度ではなかったとの事だった。
また、買主も魔眼の力をより近くであてられてしまい、理性のタガが外れてしまうようで彼自身、危険な目に会う事もしょっちゅうだった。
純潔だけ守れたのは不幸中の幸いで、それ以外の奴隷人生は羞恥の極みだったと彼は言葉少なげに語った。
もともとひきこもりでそこまでメンタルが強くない彼は、人間の浅ましい欲望が渦巻くその状況に心身を病んだ。
ある日、嫉妬した買主の妻から逆恨みを受け、殺されそうになったので逃げだした。無我夢中で逃げた先が異世界ホロルンの半分を支配している魔族側の支配地域だった。
当時、戦闘能力のない彼はすぐに魔族に捕まり、連行される。
『なんと運がない。これじゃあ逃げ出した意味がないじゃん。まあ、望まない愛憎の果てに人間に殺されるよりはマシか』
そう思って死を覚悟した。しかし、魔族に殺されることはなかった。
その状況を彼は懐かしむように、侮蔑を含んだ笑みを浮かべながら語った。
「結局のところ……魔族も僕の力を利用しようとして近づいてきたんだろうけどさ。それでも、彼らは魔族によるホロルン統一という目的のため、僕を本当の仲間のように扱ってくれたんだ……当初は戸惑ったさ。でも、僕を下衆な欲望のはけ口としてしか見ていなかった人間より、彼らの方がよっぽど人間らしく接してくれたんだ!僕の知っている魔法も、戦闘知識も、一般常識も……もちろん、あの漆黒のフルプレートだってっ!みんなっ!みーんな魔族がくれたものなんだからなっ!!」
そして、彼は身も心も魔族になった。
魔眼を抑えるために眼帯をし、漆黒のフルプレートを纏い、カース・オブ・マイハートという新たな名前を名乗った。
魔法適正はあったがそこまで戦闘能力が強くなかった彼は、間者として諜報能力を徹底的に鍛えた。
唯一のチートスキルである魔眼を最大限に利用し、漆黒のフルプレートを纏って人間世界を崩壊させるために暗躍する姿はいつしか『暗黒騎士』もしくは『闇世界の調整者』と呼ばれるまでになった。
3年後。異世界ホロルンは、彼の活躍もあって全土を魔族が掌握する目前まで迫っていた。しかし、最終決戦目前の諜報活動中に捕まってしまい、火あぶりの刑で公開処刑されたというのが彼の異世界ホロルンでの冒険譚の最後だった。
「死んだ?じゃあなんでここに居るの?」
梓さんが怪訝な顔で問い詰める。
流石は手練れの警察官だけあって、その質問の出し方や、硬軟織り交ぜた言い方は見事で、横で聞いている俺たちもその鮮やかな尋問に息を飲むほどだ。彼が満足げに自分の生い立ちとも呼ぶべき異世界の冒険譚を語ってくれたのも梓さんの力があってこそだと思う。
「よくは知らない。変な閉鎖空間で僕は目覚めた。そこから救ってくれた彼らが言うにはそこは『次元の狭間』と言われているところらしい」
「次元の狭間!?」
ビーニャが驚き、震える。
「なんなの?それ?」
梓さんが怪訝な顔でビーニャに聞く。
「恐ろしい禁忌の空間だと言われています。時は止まり、生きてるとも死んでるともわからない状態のまま永遠に漂い続けると私たちの世界では伝承されています。その空間から生還した例がないのであくまで推測のお話ですけど」
「ふ~ん。そんなシュレティンガーの猫みたいなヤバイ所から救ってくれたのが、彼ら……破壊王ガラクノコフ・ガランゲイマルクってこと?“ら”って事はほかに誰かまだいるんだな?」
「……ちっ」
目をそらし、小さく舌打ちをする心。
「ふ~ん……その態度…私たちに協力するつもりはないって事か」
「……」
沈黙が続く。しかし、実の姉に対する敵意むき出しの目線に、その沈黙は無言の意思表示であるかのようだった。
「あんたにとって私たちは敵。……そういう事なんだね?」
「そうさ。僕はカース・オブ・マイハート。黒井 心は異世界で死んだ。だから、煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」
彼の実の肉親に会えなかった理由は壮絶で、その場は重苦しい雰囲気に包まれ無言の時が過ぎる。
大きなアイデンティティでもある性別まで変わり、知った人は誰も居ない異世界で同じ人間にはモノ以下のように扱われ、その状況を唯一救ってくれたのが魔物だった。否応が無しに運命に翻弄され、そして最後は人間に憎悪を向けられたま殺されるという心因的外傷は計り知れない。俺がもし同じ状況だったらと考えるだけで、背筋が寒くなる。だから魔族側に立ち俺達と敵対する気持ちもわからなくはない。
でも、心配して一生懸命探してくれていた実の姉に対して、異世界での不満をぶつけるのは間違っていると思う。
梓さんは今回の応援部隊の派遣の件一つとってもかなり無理をして調整していたし、これまでの私的にまとめた黒井 心に関する捜査資料を見せてもらったが、その事細かに書かれた資料の分析や考察は一冊の本にできるほどの分量があり、どれほど彼の事を思っていたかが伝わってきた。
普段は「めんどくせぇ~」とおどけて、あまりそういう風な言動を見せないが、その心痛を思うと何ともモヤモヤする悲しい話し合いだった。だから、悪いとは思いつつも声をかける。
「なあ。辛い目に会ったことはわかるが……心配してくれていた梓さんに対してもうちょっと言うべき言葉があるんじゃないのか?水神公園ですれ違いがあったかもしれないが、それでも家族だろう?」
心は俺を睨みつけ、嘲笑うかのように語りだした。
「ははっ!流石は順風満帆に異世界ライフを過ごした、ハーレム勇者は言う事が違うねぇ!お前のような幸せ者には僕の気持ちなんてわかるものか!」
その馬鹿にしたような口調に眉をしかめた京子とビーニャ。
「そんな言いぐさは無いだろう?裕次郎は心配する梓さんの気持ちを慮って言ったのだぞ?梓さんは仕事柄そう言った弱音を吐かないが、これまでを勘案するにその心痛は計り知れん」
「そーですわ!行方知れずの肉親を思う気持ちは万国共通!あなたも、異世界で辛く、寂しい思いをしたのであればわかるでしょうに!?」
「はっ!どーだか。1週間の内数日しか家に帰ってこないような人間がそんな気持ちになるもんかねぇ?大方、僕が居なくなったのをいい機会に、あの竜二っていう奴とよろしくやってたんじゃないの?」
その瞬間、梓さんが心の頬をパンッ!と叩いた。
「ったく、このバカ!ホント、めんどくせー奴!」
独り言を呟くようにそう言いながら、足早に部屋を後にした。
その瞳にはうっすらと涙が見えた。
彼女の横顔は本当に悲しそうで、心が痛む。
心は不貞腐れたように真っ赤にした頬をそのままに、俯いていた。
重苦しい沈黙が流れる。
「え~っと……みなさん。お騒がせしました。心くんは私が責任をもって保護しときますので申し訳ありませんが、いまはこの辺で解散してください」
葵さんがバツの悪そうに頭に手を当て、苦笑いを浮かべながら言った。
「ごめんね心くん。特定害獣に準ずるって事だから手錠を付けさせてもらうけど……いいかな?」
「……勝手にしろ」
ガチャリと手錠が閉まる金属の音が響く。
俺たちはあまり見ないようにその場を後にした。




