急転直下
「大門 竜二は私のいとこですよ」
僕の前に座る立花 葵という若く気弱そうな姉さんの部下はそう言った。
姉さんはみんなと話があるらしく、チラッと顔を見せてどこかに行った。
僕はやるべきことをするために、とりあえず立花と世間話をすることにしたが、のっけから驚愕の事実がわかり、焦る。
しかし、背も180センチぐらいあって、筋骨隆々。冬でも半袖のワイシャツに紺色のスーツ姿。ボサボサな髪にいつも無精ひげをたくわえて豪快に笑っていたヤツとは似ても似つかない容姿を立花はしていたので心底驚いてしまった。
「竜二さんを知ってる人に、私がいとこだって話すといつもそんな顔をされますね」
立花も慣れっこのようで、苦笑いを浮かべて頬をかく。
そりゃそうだ。「豪傑と書いて大門 竜二と読む」だなんて自分から言う変わり者だ。
うちに来たらいっつも僕を無理やり外に遊びに連れ出す迷惑なヤツだったんだよ。
いきなり目隠しされて海辺に連れて行かれた時なんかは生きた心地がしなかった。
「はははっ!竜二さんらしいや。私も何回かそういう経験ありますよ」
いくら姉さんの婚約者だからって、やっていいことと悪いことがある。まあ、外出先での金は全部出してくれたし……ちょっとだけ楽しかったから許してやるけど。それに姉さんもケタケタ笑いながら喜んでたのも悪いんだからな。
「そうですね。そういうところも主任らしいですね。でも、もうずいぶん昔の話のようで懐かしい」
まあ、5年ぐらい前の話だしな。
「あの二人が活躍してた頃って私が現場に配属になったばっかりの頃でしたからねぇ。実は私は竜二さんにあこがれて警察官になったんですよ」
そりゃまた変なやつに憧れを持って道を踏み外したもんだ。あんたはいい人そうだから同情するよ。
立花は心底残念そうな苦笑いを浮かべる。
「私はそうは思っていませんけどね。まあ、こんなことおおっぴらに言ってるから主任の部下に回されたんでしょうけど」
まあそうだろうね。あんな性格の竜二や姉さんの部下になるなんて誰だって嫌だろうよ。二人とも似た者同士だからな。いっつも酒と煙草を吹かしてバカな話をしてた事しか思い出せない。
「本当にウマが合ってましたからね。『あの性格じゃ、一生独身だー!』って叔父さんは嘆いていたのに、婚約したって聞いたときは驚いたってもんじゃなかったですよ……でも、あんなことになるなんて」
あんなこと?
「ちょうど心さんが居なくなった後ぐらいの話ですよ。二人で事件を追ってたんですけど、やけっぱちになった犯人の凶弾に倒れたんです。病院で数日頑張ってたんですが、その怪我がもとで殉職しました」
そんな……。
「その後の主任は……まるで、死に急ぐ狂犬のような仕事ぶりでホントに酷かった。でも、竜二さんの手帳から遺書のような書き置きが見つかって落ち着いたんです」
書き置き?
「ええ……病室で意識が朦朧としながら書いたんでしょう。震えるような字で『弟を見つけろ』とだけ最後のページに書かれてました。本当に竜二さんらしいですよね?自分の方が大変な状況なのに、君の事を心配して思いを主任に託すだなんて」
……なんで……ホント迷惑なヤツ。
「そんな風に言わなくていいでしょう?竜二さんはホントに心配してたんですから!もちろん主任もそうですけど」
いや、迷惑だね。せっかく準備してたのに……剣が鈍っちまう。
「?」
ゴトリと手錠が外れ床に落ちる。
「!?」
ホントは立花の死体を十字架にでも縛り付けて、ヤツラに見せつけて、僕が受けた屈辱を少しでも晴らそうかと思ったけど……止めた。
「なっ!?」
立花は交渉材料に使わせてもらう。さあ、ネンネの時間だよ?
魔法で強化した打撃をみぞうちに打ち込む。
「ぐっ!?」
身悶えしてうずくまる立花に、急所を外した後頭部に衝撃を加える。
「グハァッ!?」
一瞬のうちに立花は気絶した。
☆ ☆ ☆
モヤモヤとした納得できない気持ちを抱えながら、心のせいでゆっくり入れなかった風呂に入る。しかし、カラスの行水のごとく必要最低限の事だけ済ませてさっさと上がる。
部屋に帰る気乗りがせずに、外から夏の虫の合唱が聞こえてきたので民宿から漏れる明かりを頼りにフラフラ散策する。
月は三日月より細く、薄暗い。なんとか足元は見えるが森の奥は真っ暗で何も見えなかった。
ウロウロと歩き、少しだけ開けた場所に出ると、いきなり「はぁっ!」という掛け声とともにビュンッ!とバットの空スイングのような音がした。
よく見ると、京子が木刀で剣術の稽古をしていた。
近づくと、構えを解いて話しかけてきた。
「裕次郎だな。気配で分かった」
「わかるの!?」
「大体な。特にお前は付き合いが長いからな。半径3メートル以内であれば壁の向こうでもお見通しだ」
「そんなに!?」
「ぷっ!あっはっは!もちろん冗談だ!さすがの私も壁の向こうまではわからん」
「ははっ!なんだ冗談か……俺の幼馴染はいつの間にそんな超人になったのかとビックリしたよ」
「まあ、ある程度の気配でわかるのは事実だがな。それより……少しは気分が晴れたか?旅館の中で眉間に皺を寄せて歩いているのが見えたのでな。悩みがあるなら聞くぞ?」
「え!?……ははっ、まいったな。バレバレ?」
「バレバレだ。お前とは何年付き合ってると思ってるのだ?……おそらくは、心の事だろう?」
「か~!バレバレか~!……いや、さっきあんなこと言わなきゃ良かったかなって思っててさ。結局、喧嘩別れみたいな感じで終わっちゃったし。余計な事だったかな?」
「裕次郎が言わなければ、私が言っていた。それぐらい誰しも思うところだったから気に病むことではない。むしろ、あのようになるのは必然だったのだ」
「必然?そうかなぁ?」
京子は少しだけ苦笑いを浮かべ腕を組み「まあ、これは私の推測だがな」と前置きをしながら言葉を続ける。
「心はこっちの世界にいるときから日常に不満があったのではないのか?両親が早くに先立たれ、唯一の肉親である姉も仕事であまり帰ってこない。小学校から家に引きこもり仲の良い友もいない……そういう日々は、辛く、寂しいものだからな」
「……確かに」
「私の両親も仕事でいつも家には居なかったし、祖父母からは他人のように辛く厳しい修行を課せられていたのでな、状況は少し違うが何となくその寂しさは分かる気がする。……私の場合は剣術、華道、学問という目標があったし、裕次郎や麻紀たちが居てくれたおかげでまぎれたが、彼の場合は眼帯などを付け、強気に振る舞うことで虚栄心を満たしていたのではないかと思う」
「そうかもね。しかし、神様ももうちょっと配慮してくれてもいいんじゃなかったのかなぁ?……異世界の転生先がTSで奴隷だなんて」
「運命としかいいようがないな。そしてそれは時に残酷だ。3年という長い月日の中、異世界での壮絶な経験とそれによって身に着けた力は、姉弟の間に深く、悲しい溝しか生まなかったわけだ。だから、ああなるのは必然と私は愚考する」
「う~ん……魔族に心酔するのも無理ないね。出会う人がみんな身勝手すぎる!」
「まあ、魔族だから全員が悪かといえば、私はそうは思わん。現に、ビーニャの話では店長が作った国は共存共栄が成立していると聞いている。ようは彼の事を心配し、近くで助言をしてくれる存在が居なかったのが最大の問題なのだ」
「仲間が必要ってことか」
「そうだ。色々あったが私自身、彼の境遇には同情を禁じえない。彼が仲間として我々を受け入れてくれれば少しは良い方向に動くと思うが……しかし、彼にあの名前を捨てさせるのと同じように、心の闇を払う道のりは遠い。まずは梓さんとの仲を修復しなくてはな」
「そうだね」
京子はふと時計を確認する。
「おっともうこんな時間か。そろそろ戻らねば、梓さんの話し合いに遅れてしまう」
「話し合い?」
「裕次郎は聞いてないのか?本部からの連絡を伝えるために集まってほしいと部屋を回っていたぞ?」
たぶん風呂場から直接ここに来たので聞きそびれていたのであろう。たまたま京子と会えて良かった。京子に礼を言って、一緒に旅館に戻った。
☆ ☆ ☆
洋服に着替え、リビングのような場所でそれぞれが好きな場所に座る。葵さんだけは、心の監視の為に部屋にいる。
「悪いね~。夜遅くに、急に呼び出しちゃって。心のせいですっかりみんなに言いそびれちゃってさ」
全員分のインスタントのコーヒーを配りながら、梓さんが苦笑いを浮かべる。
「いえ……葵さんは大丈夫ですか?魔眼で何かされたりとかしません?」
「そう思って僕が、魅了だとかそういう類の魔法を無効化するペンダントを渡したから大丈夫!そして彼の鎧やアイテムなんかもポケットスペースに入れてるから、逃げたとしても丸腰同然だよ」
店長がエッヘンと自信満々に言った。
流石はこういう時には頼りになる人だ。
梓さんが「よっこいしょ」と言いながら真ん中付近に座り、禁煙パイプをプラプラさせた。
「さて……単刀直入にいうと、本部からは別命あるまで待機しとけって言われたよ」
ビーニャが恐る恐る口を開く。
「もしかして……大規模な作戦が準備中ですか?」
「ご名答!上層部は匙を投げて自衛隊に出動要請中だ。ただ、特対法での自衛隊出動は初ケースだから政治家の連中がもめてて時間がかかるらしい。現場は現場でそのせいで士気が下がりまくっててホント呆れるぐらい愚痴ばっかり言われたよ」
「そんなもんなんですか?」
「あったりまえだよ!民間人に犠牲者もいて、身内にけが人も出てるのにお役御免だよ?捜査権も移るし……現場のメンツ丸つぶれさ」
「なるほど」
「あ~ぁ……来て早々、鉄火場からのご退場たぁ運がないねぇ~。せめてひと暴れしたかった」
梓さんは盛大に溜息を洩らした。みんながその様子に顔を合わせ、苦笑いを浮かべる。
「まぁまぁ。危険な目に会わずに済んで良かったじゃないですか?無事に心さんも捕まえることもできたんですし」
ビーニャがそう言ったとき、違う部屋から呻き声と、ドサリと人が倒れたような音がした。
嫌な予感しかしない。
一斉に立ち上がり、葵さんが心を監視しているはずの部屋に急いだ。
引き戸を開けると、心は窓を開けて立っていた。
手錠を外し、葵さんを肩に抱え、彼はまるで俺らが来るのを待っていたかのように不敵に笑っていた。




